弐之弐拾 モブ、根付が高値で売れて少しビビる
「こ、こりゃ日本橋のご隠居。今日はどんなご用向きで?」
「アレさ、ご隠居じゃないですか、今日もご機嫌よろしゅう」
お幸さんと番頭さんがなにやら改まった態度で、謎のご老人に向き直る。ほんと誰?
「そこのお若い方がこれを?」
「はい、この方は新しい寅吉で七海さんとおっしゃいますの。七海さん、こちら日本橋の小間物の大店の先代白井屋徳兵衛さん。今は隠居なすってらっしゃるの」
お幸さんが得意げに説明なさる。
なんだろ、同業のお偉い方なんだろうか。業界のリーディングカンパニーの会長って感じなのかな?
「はじめまして、七海と申します。なんとお呼びすればよろしいですか?」
「こりゃ腰の低い寅吉さんでいらっしゃる。隠居爺とでも気軽に呼んでくだされ」
偉い人なのに俺なんかに丁寧に答えてくださる。この人、対応を間違えたら怖いことになる人だ。なにより番頭さんのビビり具合が半端ない。
バイト先のお客にもこういう人いたわ。丁寧な口調で楽しそうに模型の話してくれるんだけど、黒塗りのセダンに運転手付きで店に来てた。ヤクザかどこかの有力者だって噂されてたけど、なぜか俺には名刺をくれて、拝見したらちょっと腰砕けになるくらい偉い人だったことがある。
驚いて口調を改めたら「趣味仲間に肩書きで敬遠されるのは非常に寂しいから改めないで欲しい」と言われて元に戻した。
あのお客さん、最近見てないけど元気かな。
「それよりご隠居、これに一分出すって本気ですか?」
「喜助さん、あんた目利きはできても新しい値打ち物にはとんと目開きでないね」
「と、おっしゃいますと?」
ちらりとカメレオンの根付と地図を見て、
「誰も見たことのない細工物に、それを裏付ける地図。それも世界地図ともなれば、いくらでも出す人はいるでしょうね。しかもこれを作れるのはこのお若い方のみ、それも寅吉と来た。仙境仕込みの細工物と聞けば」
「価値は天井知らずですわね」
お幸さんがご隠居のセリフを引き継ぐ。いや、そんなすごい評価もらっても困ります。物なりの値段でお願いします。
「あの、一分ってどのくらいの価値なんですか?」
江戸のお金の相場って、そう言えば知らないや。こういうのってだいたい序盤で知ろうとするもんだよね。まったく調べなかった俺が悪いんだけれども。蕎麦が十六文ってのは知ってる。馬場かよって思ったからね。
「四分で金一両となる。なので一両の四半分です、お若い方。七海さんと言いましたかな?」
えっと、一両って結構な金額じゃないっけ。俺ほとんど金使ってないから実感がないけど。
「すいません、まだこちらに不慣れなもので。でも、こんな駆け出しの作品にずいぶん高値をつけてくださるんですね」
「高値ですか」
「自惚れるような腕ではないのは、自分が一番知ってますので」
「うむ、いい心がけです」
ご隠居が番頭さんに向き直る。本当は水戸のご老公とかじゃないですよね?
「喜助さん、きつい言いようで悪いが、それでは暖簾は分けてもらえませんよ。人の目利きも、先の目付けも商売にゃ必要だ」
「お言葉、肝に銘じます」
なんだよ、この番頭さん。まともな接客もできるんじゃん。前回、お幸さんが俺を連れてきた時も、ご隠居さんが来る前もイマイチ愛想悪かったのに。
なんだかなあ、人によって態度変える人に作品委託するのちょっといやだな。
「さて喜助さん、代金の一分だ。ここはきちんと近江屋さんへ義理を通すよ」
「ありがとうございます。ほれ寅吉さん、半分の八朱だ、ちゃんと渡したよ」
「材料代はいいんですか?」
それを今言うな、とでも言いたげに渋い顔をする番頭さん。
「いいよ、気にしなさんな。たしかにお代は渡したからね」
「まあ、この質では値段など誤差みたいなものでしょうな。ところでお幸さんに七海さん、少しこの年寄りに付き合っちゃくれませんか」
この出会いも俺の加護のせいなんだろうな、きっと。ところで猫神使はご一緒してもいいんだろうか。
「あの、ご覧の通り、猫を連れてるんですが大丈夫ですか?」
「受持神のご神使だね、以前に拝見したことがありますよ。お久しゅうございます」
「久方ぶりである」
猫神使とも知り合いなのかよ。ほんとにご老公とかじゃないよね?
「それと、この七海さんの物はうちで扱います。文句があるなら若旦那がいらっしゃい」
あれ?俺、知らないうちにトレードされてる?
「七海、お礼は…そのやりきった顔はなんじゃ」
「ふひひ、まんまと逃げおおせてやりましたよ! セルフ通報からの職質スルー&ダッシュ、さらに用意しておいた自転車での華麗な逃走劇ですよ! 三度目の拘束はありません!」
「…お主が良いならそれで良い」
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評価をいただければ、七海が喜んで五体投地でお礼に参ります。
ただ、捕まってるか、逃亡してる場合、いつ伺えるかは定かではありませんのでご了承ください。




