弐之拾捌 モブ、再び作業に戻る
人を犠牲にしてまで作られた術が、この目の前の河童と同じレベルの話だった。これは広く寅吉界に知らせるべき事実ではなかろうか。
自分でも何言ってんだか、よくわかんない。どうやら俺は混乱してるようだ。
よし、心の棚を宇宙空間に作ろう。成層圏を超えた高さに置いておこう、でもきゅうり見るたび思い出しそう。
ますます何言ってんだかわかんない。混乱がひどい。落ち着くためにはここから離れるべきだろう。
「じゃあ河童、またな」
「また来るがよい。きゅうりはいつでも拒まぬ」
「七海が酷くどんよりしておるのじゃ!」
河童と別れ、長屋へ足を向け歩いてく。長屋の門を潜るところで気がついた。
「キツネ、なんでいるの」
「うむ! お主の仕事っぷりを見ていくのじゃ!」
こいつ、改めて見ると顔のつくりは整ってるんだな。キツネだから生理的に無理だけど。じっと見てると嬉しそうに尻尾パタパタさせてやがる。
「むふふ、見惚れておるのかや?」
「それはないです」
「見惚れんかや!」
ねえよ。嘘偽りなく、キツネキング先輩に誓って、ねえよ。
「いてもいいけど邪魔すんなよ。邪魔したら尻尾毟るぞ」
「当たりがキツイのじゃ!」
そんなこんなで家に帰るとなぜか猫神使がいらっしゃった。
「邪魔しておるぞ、我が神の氏子の寅吉」
なんでいるの? 戸はどうやって開けたの? そう思っていたらお向かいの戸が開いて、お妙さんがおずおずと言う。
「家の前で鳴いてたから七海さんの飼い猫かと…違うのでしたらすいません」
「飼い猫ではないですけど大丈夫ですよ。ありがとうございます」
そっか、飼い猫と思っちゃったかー。飼いたいですけどね、三毛の猫又なんですけどね、さらに神使なんですけどね。なんでまた普通の猫ムーブしてるんですか、猫神使。
「猫も行くと言ったであろう。ほれ、キツネも来ておるではないか。なに、猫の事は気にせずとも良い」
勝手に来ておいてこの言いぐさ。自由だなー、さすが猫。ところでお座りの座布団は俺の作業用なんですが。そいつは譲れませんよ。
ガサゴソと荷物を漁って目当ての物を取り出す。暇つぶし用のヨーヨーだ。
「猫神使、落ち着いてらっしゃるところ、申し訳ありませんが、これの魅力に抗えますかな?」
シャーッとヨーヨーを操る。基本中の基本『犬の散歩』である。猫神使が一瞬ビクッと目を見開いた後、後ろ足を踏み変え、腰が上がり、頭を低くする、これすなわち猫の臨戦態勢である。猫神使、興味持ちましたね?
畳の上を転がるヨーヨー。猫神使が捕まえそうになるとクンッと手元に戻す。何回か繰り返すと猫神使が本気になってきたのがわかる。
この時点で勝利である。犬の散歩から、素早く糸を指から離して、部屋の隅にヨーヨーを走らせる。猫神使もヨーヨーを追ってすっ飛んでいく。
座布団は無事、俺の管轄に戻ってきた。
さて、改めて作業である。今回の造形はエボシカメレオン、君に決めた!いや、もう作業は進めてるんですけどね。
大まかなアタリは済んでいるので細かな造形に入る。細い手足と巻いた尻尾は太い枝に捕まる形で表現する。枝に浮き彫りになってる感じだな。
全体としては半分に切った枝を抱える格好だ。引っかかりのないよう、枝部分は楕円に整え、角を滑らかにする。
そしてカメレオン特有の、特徴ある頭部はやや大きくデフォルメしておく。
机、と言っても作業台のような大きいものでなく、書き物をする小さなもの、文机と呼ばれるものの上に置いて、少し離れて全体のバランスを見る。
背中をもう少し丸めて、頭の烏帽子と呼ばれる大きな張り出しはもう少し角度を立てるか。その方が見慣れたトカゲと差別化できるだろう。
「ほう、職人ぽいのじゃ」
「座らぬのなら座布団を寄越すがよい」
ちょっと黙ってて、神使ーズ。でもこれ、トカゲの一種って言われて江戸の人はわかるんだろうか。
「これ、実在するトカゲなんだけど、どう思う?」
スマホの図鑑を神使二人に見せる。人に見せるなって言われたけど、神使だから人じゃないよね?
「…これがトカゲ…この世にこんなトカゲが…こんな食べにくそうな…」
猫神使が独特な衝撃を受けてらっしゃる。キツネはというと。
「わはははは! 奇妙じゃのう! 珍奇じゃのう!」
うん、多分だけど、お江戸の人の好奇心に近いなこいつ。このリアクションならいけそうだな。
「七海よ、ぽいんとをまた下されたようじゃぞ」
「いや、五体投地はホント勘弁してください。前回の職質から拘束までのなんとスムーズだったことか。なんでこっちとあっちで捕縛されないといけないの」
「準備は儂の護法童子に任せるが良い」
「あっ! いつの間にか準備が完了させられてる!」
「では喜んでお礼に行くが良い」
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評価をいただければ、七海が喜んで五体投地でお礼に参ります。




