弐之拾漆 モブ、河童にきゅうりをやる
寅吉にまつわる衝撃の事実を知った俺はふらふらと長屋へ帰る。
この体が罪人とはいえ、人の犠牲の上で出来てたなんて知りたくなかった。いや、わざわざ聞きに行ったの俺だけど。
ただ大僧正は罪人たちの死後の救いになる、と自信ありげに言ってたからそれを信じよう。せめて合掌して冥福を祈る。一モブとしてはそれ以上できることはないだろう。
帰って作業しよう。手を動かして迷いを棚に上げよう。人は悩みを棚に上げるために模型に没頭するのかもしれない。
とりあえず大まかに形は取れたから、あとは楽しい楽しいディテール工程だ。歩きながら作業工程を考えてたら、悩みなんか割とどうでも良くなってきた。それはそれだし、これはこれ!
我ながら思考回路がクズだけど俺に実害ないからそれでいいや!
道すがら、ふと思いついて、通りの八百屋できゅうりを買って合羽橋へ向かう。
「すいません、きゅうりくださいな。ところでこのきゅうりはどこで採れたんですか?」
「ああ、砂村で採れたもんだよ、この辺じゃきゅうりと言えば砂村だ、それ以外からは入らないねえ」
がっしりした八百屋のおかみさんが笑いながら教えくれた。あ、そういう単品特化の農家さんがいるんだね。まあすぐ近くに莫大な消費地があるんだから、そうなるか。
「河童、きゅうり持ってきてやったぞ」
合羽橋の全身緑色に声をかける。なんで皆さん、これが見えないんだろね?
「寅吉か、それは名のあるきゅうりか?」
「そうだ、砂村きゅうりという、名のあるきゅうりだ、存分に楽しむといい」
適当に名前つけたけど問題ないよね? 加茂茄子とか万願寺とうがらしとか小松村の小松菜のノリなんだけど。
「そうか……これが名のあるきゅうり……この形、ツヤ、深い緑色、痛いまでの棘は新鮮な証か。素晴らしい、さすがは名のあるきゅうり……」
なにやら感慨深げにきゅうりを見つめる河童。いいから食えよ。
「いいきゅうりを頂戴した。水のことで困ったことがあれば、言うといい。この河太郎が力になろう」
そんなことそうそうないよ。
「なんなら水妖の誼で人魚を紹介しても良い。肉を食せば八百年命を永らえる」
怖いよ、なんで紹介した相手をいきなり食わそうとするんだよ。いいよ、俺死なないらしいし。
きゅうりを食べながら、なにやら俺をじーっと観察する河童。
「寅吉よ、よくよく見ればお主もこの河太郎と同じ、作られた体であるな?」
え? あっ! そういえば作られた仮の体に憑いてるって、発想自体は同じか!いや、しかし、
「でも俺の魂はオリジナルのものだぜ?」
「オリジナルというのはわからんが、この河太郎も理外から来た固有のものぞ」
そうだったね、チクショウ言い返せねえ! え、嘘、俺ってこの河童と同じようなもんなの?
「安心するのじゃ!」
「その声は!」
スパーンと空間を開けて登場するキツネ。今日も監視業務お疲れ様です、ストーカーやめてくんない?
「七海の体は天海と土御門による高度な術によるもの。さらに加護持ちという、仙境より選ばれし魂! そこな水虎とは訳が違うのじゃ!」
ババーンとばかりに河童に指を突きつけるキツネ。
「でも発想自体は同じだよね?」
「せっかく違いを言ってるのに! なんで七海がそういうこと言うのじゃ!」
そうかー、俺の存在、河童と変わらないのかー。
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