弐之玖 モブ、木工道具が気になる
「ところで木工が専門なんだよね? 工具見せてほしいんだけど」
「この話の流れでなぜ工具? まあ見せる分には構わんぜよ」
だってこっちの工具って見たことないもん。木工が専門なら根付作る参考になるじゃん? 手持ちにはプラやレジン向けの工具しかないから、木工に使えるかどうか知りたい。
「いや、見鬼や結界に入る能力のほうが大事だと思う……大僧正、某間違ってる?」
何故かお姉さまが涙目で大僧正に訴える。いえ、工具一つで作業時間も仕上がりも変わるんですから、非常に大事なことですよ?
「これがうちの道具ぜよ」
頭陀袋をおろして中身を見せてくれる。切り出しナイフっぽいのが一つ。大きめの彫刻刀みたいなのが何種類か。指ほどの小さい、これカンナか? がいくつか。それに手入れ用の油と砥石が数種類。いろんな太さのヤスリも。それに表面がザラザラした枯れた草の束。
「草の束? なにこれ」
「砥草を知らんぜな? 仕上げ磨きに使うのぜよ」
なるほど、触った感じ800番のペーパーぐらい? 木の仕上げになら十分使えるな。
「思ったより少ないのな」
「修行中で旅の身ならこんなもんぜよ。轆轤や特殊な道具は里に置いてきた」
「触っても?」
さえちゃんが頷いたので、彫刻刀みたいな一本を手に取り、刃先を爪に当てて切れ具合を確認する。しっとりと爪に刺さった。うわ、これめっちゃ研いである。
「すげえ丁寧に手入れしてあるなー」
「当然ぜよ。道具は手の延長、手を大事にしない職人などいないぜよ。しかしその手付き、おんしも職人か?」
「職人見習いってとこかな」
まだ原型も作成途中だし、作品を売ったこともない。
先輩やOBの中には模型やフィギュアのキットを組み立てて、塗装して仕上げたものをネットオークションで売る副業をしてる人もいるし、メーカーから頼まれてフィギュアを塗装して仕上げる、いわゆるフィニッシャーのバイトをしてる人もいる。ぱんつ先輩のことです。
そんなレベルから比べれば俺は見習いもいいとこだろう。精進せねば。
「道具の説明はいるぜよ?」
「お願いできる?」
「右から切り出し、細工刀一式、豆鉋、菜種油に荒砥、中砥、仕上げ砥、ヤスリ。砥草はさっき説明したぜな?」
「根付に使う道具ってどれ?」
「ないぞ?」
ないの? なんで?
「いや、手入れ道具やヤスリは別にして、豆鉋は使わんだろうし、細工刀は根付用のものがあったはず。確か左刃とか聞いたぜな?」
「マジか、じゃあこれ加工できる?」
小間物屋でもらった四角い木の材を見せる。
「柘植の材ぜな、質は……中の下? あまり良くはないぜよ」
「それって高い?」
「詰まった材ならそれなりだけど、これは安物ぜよ。細かい細工には向いてない」
良かった、失敗して弁償しなきゃならなくなっても大した負担でもなさそうだ。えっ、細かい細工に向いてない?
「細工に向いてないの?」
「質が良くないから彫りやすいけど脆いぜよ」
「小間物屋に腕見たいからって渡されたんだけど」
「なら多分、材の目利きも兼ねとるぜよ。材に向いてない細工するような職人は未熟と見られるぜな」
じゃああんまりエッジ効いたのや突起のある造形は良くないのか。塗装もできないし、ちょっとプランを考え直さなきゃいけないな。
「ふむ、職人の顔をしとるの」
「なんでさっきまでより、そんな道具の話に真剣なの……」
あ、大僧正にお姉様。忘れてた。
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