壱之弐 モブ、怪しいおっさんと邂逅す
「うん? その召物は? まさかそなた…」
俺の服装を見てお侍さんがなぜか少し警戒をゆるめた。口調も少し柔らかくなった?の?
「え…いやあの、もしやそなた、寅吉殿ではあるまいか」
「いえ、宇野七海と申しますが…?」
ワッツハップン?
ワッツとらきち?
「左様か。あいすまぬが奉行所まで同行願いたい」
周りのトゲトゲした得物持ってるお侍方もザワザワしてる。
いやもう何が何だかわからないんです。罪人扱いじゃなければ、なんでもいいっす。どなたか俺に安心をくださいましよ。
拘束されるでもなく、でも警戒もされながら、お侍に囲まれて奉行所に到着した。
爺ちゃんが時代劇好きだったな。俺も小さい頃、爺ちゃんの膝の上でよく見てた。いっぺんお白州で申し開きしてみてえもんだ、なんて言ってたなあ。
あなたの夢はこの孫が叶えますよ、ガチのお白州で。
ところで俺は七海なんて名前ですが、当然ながら男の子でありまして。
両親ともに船舶関係でもなければ、海上自衛隊でも、海上保安庁でもない。七つの海、まるで関係ない。
占いもやってる怪しい親戚のおばちゃんに、
「この名前にしなさい、画数がいいの、なんと言っても画数が。ねえ?画数よ」と熱心に勧められて、そっかー画数いいのかーと採用しちゃったらしい。もうちょい考えようぜ、両親。俺、長男だよ?
そんな俺は少し中性めいた、そこそこ綺麗めよりの普通の顔だちをしてる、が、名前も相まって、
「あんた見てるとカップリング捗るわw wゴチw w」だの、
「お前男だけどまあギリいけるか?」だの、
「へえ、アンタもナナっていうんだ」だの。
いや、最後のは違うか、まあそんなことはよく言われてた。
何が言いたいのかと言うと、
「宇野七海、面を上げい」
現実逃避してました。
だってお奉行様じゃん、お白州じゃん、長い棒持って制圧する気満々の制圧侍が四方にいらっしゃるじゃん?
警視庁でも見たよ、こういうの。なんなの?長い棒持つのは日本の美しい伝統なの?
ポッケの中まで全部取り上げられた俺はどうしようもなく、身の証を立てるものもなく、生きる術もなく、おそらくチートもない。
だってさっきから心の中で、
(ステータス! ウインドウ! プロパティ! オープンだってばよおおおん!)
って叫んでるもん。何も反応しない。
これはこのまま時の漂流者として江戸の闇に消えるしかないのか? そう思うと体が震えてどうしようもないのです。
怖いよ、なんとかならないものか、でも時の漂流者ってちょっとカッコよくない?
そんな現実と逃避の狭間で揺れていたら、
「よお、お前さん西暦何年からきた?」
突然ジーンズ姿のおっさんが現れた。
ジャケットを羽織り、髪をツーブロックにしたそのおっさんは確かに「西暦」と言った。言ったはず。言ったよね?
「あの、21世紀からです、日本です、東京です、信じてください」
「21世紀の日本ね、大体みんなそうだ。オッケーオッケー」
俺に向かって落ち着けのジェスチャーをしてからお奉行に向かい、
「生稲殿、お知らせ頂いて有り難い。この者はこちらの案件にござる」
「左様か、もしやと思い人を走らせ申したが、見立違いではござりませなんだか」
あれ? お奉行様、微妙にホッとしてない?
「やはり寅吉殿にござったか、まさか市中にお出でになるとは」
「これはこれでまあ、故あることでして。さあ寅吉七番、荷物受け取りな、行くぞ」
俺、ちゃんと名乗ったよね?
ちょいちょい出てくる寅吉ってなんなの。そんでどこ行くの。
「ほう、久方ぶりの寅吉かと思えば七番とは。とうとう欠番がいらっしゃったか」
お奉行様が珍しいもん見たわー、みたいな顔してらっしゃる。さっきの魚屋のお兄さんといい、好奇心強すぎませんか?
この時代にSNSあったら絶対バズり期待で投稿してるだろ、このお方。
長い棒持ってた制圧侍が、申し訳なさそうに俺の荷物を持ってきてくれる。
いやいや、あなたお侍でしょ。その気になれば、お腰のもので庶民なんざ、ズンバラリと斬れるでしょ。
いえ、もちろん、気を遣っていただく分にはありがたいんですが。
「よし、じゃあ俺らのアジトに行くぞ。着いてきな」
このおっさん、信じていいんだろうか。でも東京やアジトという言葉は江戸時代にはなかったはずだから、このおっさんは俺に降りかかった事態を先に体験してる、とも考えられる。
ここが本当に江戸だと思いはじめてる俺には、これ以上ない先達となるはずだ。なるの?
「あの、失礼ですがお名前は…」
「おうすまん、忘れてたな、俺は寅吉十九番こと、平賀源内だ」
今、このおっさん、なんつった?