弐之壱 モブ、河童の名前を聞き忘れる
七海くんの日常回が終わり、新しい日常が始まります。
お幸さんの浅漬けを朝食代わりにかじりながら、散策をする。江戸って移動手段が歩きしかないのな。駕籠屋も結局は歩きだし。
自転車欲しい。マウンテンバイクとは言わないけど、シクロクロスかグラベルが欲しい。電動アシスト付ならもっといい。持ってきたら怒られるかな、怒られるんだろうな。
ほんのりした旨味とシャキシャキ食感、飲み込んだあとのかすかな酸味。この浅漬けマジで美味い。いいお嫁さんになりますよ、お幸さん。できれば俺の姉さん女房になって欲しかった。
そんなことを考えてたら橋に上がった所で河童と会った。びっくりした。
「うわ河童だ、こんなんもいるのか、この世界。浅漬けだけどきゅうり食う?」
「河童ではない、名のある水虎である。名のある人の子よ、我は人に協力してこの橋を架けたのだ。橋の名を合羽橋という」
大体、人は名前あるよ。そんでやっぱり河童じゃん。
「繰り返すが河童ではない。名のある水虎である。きゅうりは貰う。浅漬けもうまいが生ならもっと良い」
うるせえ皿割るぞこの河童。寿司でも握ってろ。
「だから河童ではない。だがこのきゅうりはうまい。さぞかし名のあるきゅうりであろう」
妖怪の価値規準がわからん。なんだ、名のあるきゅうりって。名があることにどういう執着あるんだよ。そして河童は橋から飛び降り、川に入って遠ざかっていった。なんだったんだ。
結局あの河童、名前なんていうんだろ?
昼過ぎまでテクテク散歩して空きっ腹抱えて長屋へ帰ったら、小僧さん姿の大僧正とキツネがいた。なんでいるの?
「邪魔しておるぞ、七海。慣れぬ暮らしで苦労はないか?」
「妾は近所の稲荷にお主を監視するよう伝えに来たのじゃ!」
優しさと徳の低さが形をとって並んでおられる。どっちもあなた方が来るほどのことでもないでしょうに。
「長屋の寅吉は初めてじゃからの! 妾じきじきに来てやったのじゃ!」
キツネ、今俺の心読んだね? よろしい、ならばキツネキングフェスだ。
キツネキング先輩の言動をこと細かに思い出す。
先輩ならばキツネを秒で拉致った後、めちゃくちゃモフり回して泣いている狐の顔鑑賞会を開催するだろう。あの人ならワイン片手に泣き顔鑑賞余裕です。
ぜひ時空を超えて今ここに現れてくれないだろうか。
「ひっ!」
俺の心を読んだのか、キツネが硬直してる。ざまあである。
「若一様、わざわざありがとうございます。ですが、心を読むのはいかがなものでしょう?」
オラオラ、そちらが心を読むなら思う存分キツネキング地獄を堪能するがよいわ。先輩のキツネ性癖は誰もが引くほどのものぞ、やつの妄想を心ゆくまで味わえ。思い出してるだけの俺にも大ダメージが来てるけどな!
「ひっ! 読まぬ! ちゃんと言葉でやりとりするからそれをやめい!」
「やめろと? まだ覗いていますね?」
「わかったごめんお願いやめてもうしない!」
泣きそうになられておる。しかし言質は取った。ここでもう一押しドン!
「親しき仲にも礼儀ありと言います。若一様におかれましては、大衆に混ざる俺をただ見守ってくださいますように。」
遠回しに今後しょうもない干渉したら泣かす宣言をした。
「こやつ、言葉使いは普通なのに心中はほんに恐ろしい…」
「ほほ、仲が良いの。それで七海よ、今日はどうじゃった」
「はい、朝から平賀さんの紹介で……」
今日あったことをつらつら話す。
「待て、合羽橋で河童を見たと?」
「河童じゃない、すいこ? だとか自分では言ってましたね」
「天海、やつらか?」
「儂は聞いておらぬの。だが代が降れば約定も破らるるか、ふむ」
大僧正が小さな紙切れを取り出してふっと息を吹きかけ、なにやら唱えられる。見る間に形を変えた紙切れが白い鳥の姿で羽ばたき始めた。
「土御門へ言伝じゃ、物部のいざなぎ流が江戸へ入ったようである、とな」
キツネも興奮してか尻尾が逆だってる。なに? このバトル物みたいな緊張感は。
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