壱之拾捌 モブ、きゅうりの浅漬をもらって帰る
「と、いうわけですのよ旦那様。ちょっと旦那様と寅吉を安く見過ぎじゃない?あいつ」
なぜかお香さんに連れられて平賀のおっさんの屋敷に来てる俺です。でかいなーいいなーお屋敷。
「はじめての職人に柘植渡して腕試しって、お幸の実家でもやってなかったっけ?」
「やってましたけど! 寅吉がお相手ならそんなことさせません!」
なんだこの夫婦喧嘩。なんで俺がおっさんとお姉さまの痴話喧嘩を聞かねばならんのか。
「すまんな七海、わけわからんだろう。このお幸は大店の小間物問屋の娘でな」
「あーそれで慣れてらしたんですね。番頭さんにも気安かったですもんね」
「それで? お幸、まさか『近江屋』へ行ったんじゃなかろうな?」
お幸さんがなにやら気まずそうに顔を背けてらっしゃる。
「お前なー、元許嫁の店に俺の紹介したいやつを連れて行くなよ……」
「小さい頃に親同士が勝手に決めたことです! それに旦那様の身の回りの世話はそのお父つぁんとご老中が命じたことですよ」
元婚約者の家に旦那様扱いの男の紹介で俺連れて行ったの? 昼ドラ? これは昼ドラなの?
おっさんは若い男女の仲を引き裂く、憎きひひ爺なの?
「もう許嫁じゃないし、許嫁でなくなったときにそれなりの金品は渡してますし、今じゃただの知り合いの店です」
話を聞くとお幸さんは小間物問屋の娘として、俺を連れて行ってくれた店の長男と家同士の結婚の約束をしていたらしい。なのになんで平賀のおっさんの世話係に? こんなエグ○イルもどきの中年なのに。
「なんか失礼なこと考えてるな」
「こんなエグ○イルもどきの中年なのに、なんで婚約蹴ってまでこんな綺麗なお姉さんが世話してるんだろうとしか考えてません」
「これ以上ないほど失礼じゃねえか。俺もおっさんの自覚ぐらいはあるよ」
平賀のおっさんの説明によると、寅吉は普通、屋敷と身の回りの世話係を与えられて生活するらしい。世話係は生活力のある、割といいとこのお嬢さんが選ばれるらしい。
お幸さんのご実家は大奥へ品を納めてる程の店だそうで、その関係から次の寅吉は、商売に関する寅吉だってことを聞きつけ、喜び勇んで娘を差し出した、ということらしい。商人怖い。
でも婚約解消した割にはずいぶん惚気けてらっしゃいましたよね? 羨ま妬ま憎らしい。
「いや、俺も悪いな、と思ったし、平民の金持ちのリサーチするにはもってこいだと思ってよ、ついつい本気でお幸を接待しちまったんだよ」
「旦那さまは女の喜ぶことをよく弁えてらっしゃるし、粋な遊びをよくご存知ですの」
「お前もさっさとここ出て元許嫁と所帯持てよ。前から言ってるだろう?」
「嫌です。あんな野暮と暮らすぐらいなら、旦那様に囲われてるほうがよっぽどマシです」
そこそこいいとこのお嬢様にここまで言わせる、平賀さんの接待恐るべし。
「お師匠様と呼ばせてください」
「なんだよいきなり」
「願わくばお姉さまを虜にする極意を我に授けたまえ」
「まあ遊びに連れてってやる分には構わんよ」
やった、これで俺もお姉さまゲットだぜ! あれ、そう言えば。
「平賀さんって向こうで結婚は?」
「嫁の浮気が原因でバツイチだ。子供がいないからその分、気楽ではあったがな」
「じゃあ何も後ろめたいことなくこっちで手を出せるんですね」
「浮気の現場を見てからナニが反応しなくなったんだよ……」
ごめんなさい。おっさんのEDとか、そんなことまで聞きたくなかった。
「まあ旦那さま、お可哀そうに」
「だから反応しないんだって、お前、一通りの話は知ってるだろうに」
なんかお幸さんが色気たっぷりに平賀のおっさんにしなだれかかってる。砂糖吐いていいすか?
「なんかいい雰囲気なんでここらへんで失礼しますね。おっさんは粉塵爆発で爆ぜるか、犬の糞でも踏んで頭打ちつけて謎の死を遂げてください」
「ひどい言われようだが、気ぃつけて帰んな」
「あ、七海さん、ちょいとお待ちを」
あられもない空気を出してたお幸さんが退出する俺を呼び止める。なんでございましょ?
「お世話役の子に今朝のお礼代わりにこれ持ってってくださいな。実家仕込みの浅漬ですのよ」
家庭的、かつ色っぽいお姉さまと同居とか、羨ま妬ま憎らしい。俺が権力者なら暗殺者を雇ってもいいぐらいだ。
そんな内面はおくびにも出さず、竹の皮に包まれたきゅうりの浅漬を持っておっさんちを辞去する。
このきゅうりの浅漬があんなことを招くとは、誰にも予想できないのであった。
お急ぎでない方、毛色の変わった此の物語をまだ読んでも構わぬとお思いの方、向後に期待してやろうという方、よろしければ「ぽちっと」押してやってくださいませんか。
「ぶっくまーく」などもお気が向きましたらお願いいたします。
…誰かボスけて