壱之拾肆 モブ、寿司を振る舞われる
夜になって平賀さんが寿司折持って引っ越し祝いにきてくれた。
「なに、お妙ちゃんとこはもちろん、長屋の皆に振る舞ってるさ。まあ食って呑め」
ちょ、俺未成なんですが。
「未成年?お前の年じゃ元服なんぞ、とっくに終わってんだよ、そもそも飲酒の法律なんざこっちにゃねえ。てか、大学生なら呑んだことあるだろ?」
ははは、舐めないでいただきたい。我がサークルは模型に100%注力の混じりっけなしのガチ勢である。呑んでる暇があるなら手を動かし、酒に使う金があるなら模型や工具、材料を買う。
喋る労力すら惜しみ、エアコンプレッサーが唸るサークル部屋では、必要なことはハンドサインで伝えていた。呑み会なぞイベント(もちろん模型イベント)の打ち上げで、年に数えるほどもないと聞く。少なくとも大学一年の俺にはまだその機会はない。
なんであんなとこ入ったんだろ。
「呑んだことないんです。うちは呑み会やらが少なくて」
「大学生ならサークルじゃなくても合コンやらなんやらがあるだろ?」
合コン。キラキラウェーイと眩しい響き。それは失われたエルドラド。
最初はクラスメイトから色々誘われもしたが、俺が模型サークルの人間だと知られるや、ストイック変態のレッテルが貼られ、誘われることもなくなった。
なんだストイック変態て。先輩方、なにをしたんすか。
「合コン…」
我知らず遠い目になる。これは誰も悪くないんだ。きっとそうだ。
「あー、なんだ、そうじゃない真面目な学生さんもいる、よ、な?」
平賀さんも俺の態度から何かを察したんだろう、微妙なフォローを入れてきた。
「まあ食おうぜ、この時代の寿司は気取ってなくていい」
「すいません。いただきます」
合掌して箱膳から箸を出す。
当たり前だけど近海ものしかない時代の寿司はうまかった。シャリがデカくて甘みがないけどさっぱりして美味い。
「これが数百年したら世界で食の芸術扱いだもんな。日本人は改めておかしいな」
「内向きの競走パワー、半端ないっすよね」
閉じた環境で、仲間よりもクオリティを上げることだけに集中するのは、国民性なんだろうか。そんなことだから、外国人にあいつら未来に生きてんな、とか言われるんだろう。
うちのスジボリ先輩もそうだ。どんな複雑なラインもフリーハンドで仕上げる、神のスジボリストと呼ばれ、なんでそんなことができるのかと聞いたら、本人曰く、
「やってたらできるようになる。できないのは甘え」
などとのたまう。
いや、できねーよ、なんで定規もなしに均等な線をPカッターで引けるんだよ、普通の人間は曲面に左右対称な直線引けねーよ、スジボリの深さまで揃ってるじゃねーか。あんたはフライス旋盤かなんかか。
そうか。こういうとこがストイック変態なのか。先輩方、いや国民性のせいであったか。
「お前さんも大概だと思うがな」
「なんでですか。俺はスジボリには曲面定規使うし、パテ盛って一発で形状出せないし、塗装でもグラデーションがなかなかうまくいかないし、普通の腕です」
「そういうこっちゃねえ。異世界に来て、いきなり模型いじってた肚の据わり具合の話だよ」
「だって暇だったし。暇あったら手を動かすでしょ?」
「そういうとこが大概なんだがな。ま、当人にゃわからねえか」
模型趣味じゃない人の感覚はよくわからないな。道具と模型と時間があったら、普通いじると思うんだけど。
あ、そうだ、これ聞いとかなきゃ。
「あの、妙さんて幼く見えますけど、おいくつなんですか?」
「あの子は数えで十三だったかな。俺らの満年齢の数え方だと十一か十二のはずだ。年がどうかしたか?」
やっぱり幼かった。小六か中一くらいなのか、いくら給料出るとはいえ、そんな年の子に世話させていいんだろうか。
「いや、中学生に大学生の世話させてるようなもんじゃないですか。こっちの常識的にありなんですか?」
「数えの十三なら奉公に出てもおかしくない年だ、実際、父親が怪我する前にゃ、奉公先…就職先も決まってたみたいだしな」
なんと、就職先まで決まってたのか。お父さんの怪我で…、あれお母さんは?
「まあ少し前、流行り病でな」
流行病。衛生意識の低いこの世界じゃ、ひとたまりもないだろう。いたましいことだ。苦労してたんだな、あの子。
「オケケモサモサにかかってな、今は専門の山寺に治療のためにこもってるはずだ。」
生きてたー! しかも謎の奇病だったー!
「なんですかその病気、オケケモサモサて! ネーミングひどい!」
「あらゆる毛穴から、それはもう太い毛が生えて、全身モサモサになる病だ。別名、毛羽毛現の病。隔離された静養所みたいなとこにいるよ。時間が経てば治る病気だから心配すんな」
いたましく思った俺の心痛を返して欲しい。なんだその面白病気。いや、当事者からしたら笑えないか。かかった人、全員モサモサになるんだもんな。毛の質で個人が判別できたりするんだろうか。あら奥様、今日もツヤが素敵ね、みたいに。
それにしても太い毛が万遍なく生えるとかハゲ大勝利ではないか。
「ちなみに死んだ毛根からは生えないらしい」
ハゲ大敗北だった。
「だから大丈夫だ。それよりお前さん、女にゃ気をつけな。月に十両、年に百二十両は庶民はもちろん、侍にも安くはねえ」
「なんの話でしょう?」
「お前さんを騙そうとするのもいる、つう話だ。ハニートラップとかな。お妙ちゃんはその限りでないがな」
いや、そりゃないでしょ。あの子ちっちゃいし。でもなあ、お姉さんなら考えてもいいな。異世界で見つける姉さん女房。これは滾る!
あれ、そう言えば。
「この体、仮のものなんですよね? 年とらないんじゃ? 姉さん女房ができても、姉さんが年下になるのは勘弁して欲しいです」
「なんの心配してんだ、お前さんは。こっちで本気で骨埋める気になったら、体ごと召喚してくださるよ。そういう寅吉も、もういるしな」
こっちで所帯持った人もいるんだ。元の世界捨ててもいいほどの伴侶見つけたんだ。ならば俺もどうにかしてやんよ。
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