壱之拾参 モブ、長屋でじいさまにも出会う
「あー、妙さん、お父さんを優先してね。その上で時間が余ったら読み書きをお願いします」
「わかりました。あたしでよければお教えしますね」
ええ子や。ホンマええ子やわ。
中学生くらいの子に字を教わるというのも、これはこれでアリかもしれない。ゾクゾクしちゃう。新しい扉、開いちゃう?
「どうにも騒がしいと思ったら、嶋田様じゃござんせんか。こちらがここに住む寅吉さんで?」
「ああ長兵衛か、この方がその寅吉で宇野殿と言う。よろしく頼む」
引き締まった体の、背筋のシャンとした白髪混じりのじいさまが出てきた。せっかく女子が出たのにまたちんこか。
ナイスオールドでテコ入れか。この物語はどこに向かっているのか。
「宇野殿、この者はこの長屋の大家で長兵衛と申す。困ったことがあれば相談されるとよろしい」
このオールドちんこは大家さんでしたか。これはご挨拶せねば。
「宇野七海と言います。こちらにお世話になります。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますよ。あんたは普通の店子として扱えと言われてるんでね、特別扱いはなしだ。それでよろしいですね?嶋田様」
「それで構わぬ。ただ市井の常識は教えて差し上げてほしい」
「ようがす。七海さんとやら、まずは着物だ。あたしと古着屋へ行くよ」
え、じいさんとショッピング?せめてロリでいいから女子とキャッキャウフフしたいんですけど?潤い成分欲しいんですけど?
妙さんは用事があるとのことで、結局じいさんと古着屋へ向かうことになったぜちくしょう。
「時に七海さんとやら」
「はい、なんでしょう?」
「あたしには寅吉ともあろう者が、長屋に住むってのがわからねえ。長屋を預かる大家としては、わけを聞きてえところなんですが。」
あーそれな。そらそうだ、この世界で俺以外の寅吉が尊敬されてるのはよくわかった。
そんな雲の上の存在が庶民の中に放り込まれて、しかも自分がその大家になるんだ、迷惑とは言わなくても、思惑の確認はできるならしときたいところだろう。まあなんもないんですけどね! 言われたからいるんですけどね! 主に大僧正に!
「ここだけの話、天海大僧正に…。」
「ようがす。皆まで聞かぬがよさそうです」
さすが年の功、ややこしい俺の立場を聞かないふりでサラッと流した。こういう保身、嫌いじゃないぜ。
「すいませんがお世話かけます。」
「なに、あたしも気兼ねなく店子として扱えるってもんですよ」
日本橋の古着屋で、楽な着流しや浴衣を大家さんに見繕ってもらって、いざ会計の段になって金を持ってないことに気づいた。
そういえばまだお手当もらってなかった。
「そんなこったろうと思いましたよ。ここはあたしが立て替えときますよ」
すんません、マジすんません。神さま仏さま大家さま。全部実在します。
「利息はトイチだよ。」
「トイチ?と言うと?」
「トイチは十日で利息一割ってこってす。冗談だよ、まさか店子からは取りませんよ」
ニヤニヤ楽しそうに笑ってらっしゃる。なんかこの大家さん、堅気じゃない気がするんだよなあ、妙に洒落者だし。落語の大家さんとはだいぶイメージが違う。
「ところで古着屋って大規模なんですね。」
めっちゃでかいフリマみたいな場所だった。
テントがわりに筵で屋根を作って、綺麗なものからボロ寸前のものまで、品数は半端なく多かった。
「綿でも絹でも仕立てができるのは、お大尽でないと無理さ。それに着物の本場はやはり上方です」
「京の着倒れ、っていうんでしたっけ?」
「そうそう。それに大坂は綿の集まるとこですからね。なにしろ桁が違いまさあ」
道すがら色々話す。こっちの常識知らずの俺にはとてもありがたいことです。それにしても食い物屋多いな。
「男が余ってますからね、わざわざ飯作る野郎なんていないのさ。家にいたら煮売や魚なんかも向こうから売りに来る。煙草もわざわざ買いには行かないねえ。」
マジすか。コンビニが向こうから来るんすか。家にいたら飯の心配しなくていいとか、引きこもりの楽園じゃないすか。てか、男余りなんすか、どっかにお姉さん落ちてないすか。
「ところでお前さん、仕事はなにを?」
「とりあえず根付作って、見てもらおうと思います」
「とりあえず、で、できるこっちゃないような気がするが、まあ当てがあるんでしょうね。居職もいいが、困ったら言ってくださいよ、仕事なら紹介しますよ」
大工など外で働く職人を出職、小物なんかを自宅で作るのを居職というらしい。俺は居職で生きていきます。外出るの面倒でござる。
着替えに食器に箱膳、これは一人用のお膳で中に食器を入れられるようになっている。これで一人ずつ食事をするらしい。へー。
歯ブラシ代わりに楊枝の先が房になってる、その名も房楊枝、これも立て替えてもらう。結構な荷物になったな。あ、そういや布団ないや。夏だしいいか。
「掻巻と蚊帳に行李は先に入れときましたよ。運ぶのが面倒だからね」
ありがとうございます。かいまきってなんすか? 着物みたいに着る綿入れ? 歩けるシュラフみたいなもんか。あれ、どういう使い方が正解なんだろね?
ところでさっきから強面のお兄さん方に挨拶されてるのはなぜなんでしょう。皆さん目線が大家さんに向いてますよね?
「なに、昔に世話した連中ですよ。あれで心根はいい奴らなんです」
うん、いやそうじゃなくて。この大家さんはホント何者なんだろう。だって挨拶してくるお兄さん方、皆さん入れ墨入ってる。服装や髪型も普通の人と違うのはさすがに俺にもわかる。一言で言うと世紀末っぽいアレンジ入った奴凧みたいな格好してらっしゃる。
「皆さん傾奇者ですか?」
「はは、えらく古い言葉をご存知で。そんな上等なもんじゃない、旗本の中間ですよ」
またまた未知ワード。ちゅうげん。つーか傾奇者って古いのか。安土桃山から江戸初期の言葉だっけか?阿国傾奇とか日本史で習った気がする。そういえば今はいつなんだろう。
「ところで今の将軍様はどなたなんですか?」
「え?」
びっくりされた。だよねー常識ですよねー。だけど、こちとら召喚されたばっかりなんだ、400年ぐらい続いた幕府の、今がいつなのかわからないんです、神仏よどうか俺にこの世界の常識をインストールプリーズ。
「今の公方様は吉宗公でいらっしゃいますが、あんまりひとがいるとこで、こういう話は感心しませんよ」
暴れん坊の時代か!そんでクボーサマは将軍のことなのか。さりげなく、常識なしの発言は人前では控えろと言われた。だって江戸初心者だもん、二日目だもん、生まれたての赤ん坊と一緒だもん、バブー。
大家さんとのお買い物タイムが終わって長屋に帰ってきた。大家さんにお礼を言い、とりあえずの我が家で寝っ転がって伸びをする〜ん。はあ、色々疲れた。めちゃくちゃな二日間だった、よく俺の精神もってんな。ラノベの主人公ってこれよりきつい境遇なのか、あいつらすげえな。
「七海さん、おいでですか?」
おっとお妙さんが呼んでる。はい、おいでですよ。
「あ、お帰りでしたね。お昼は済みました?」
「まだです。どこかへ食べに行こうかと。」
嘘です。どこかへ食べに行くほど近所は知らないし、正直、日常が遠すぎて食欲がありません。こう見えてぼくはセンシティブなんだ。
「そうですか、もし良かったらうちでお昼を食べません?」
ああもう! この子が年上のお姉さんだったらなあ! 地面で飯食うのも吝かではないですよ。
「ありがとうございます。お呼ばれします」
「もう、他人行儀はよしてくださいな。お世話はお役目ですけど、ご一緒したいのは本当ですよ」
やばい、転びそう。いかん、これはアレだ、異世界に来たストレスで吊り橋効果がブーストかかってるんだ。軌道修正せねば。
「ところでこの辺で綺麗なお姉さんがいるとこ知りませんか?」
ゴミを見る目を頂戴した次第。
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