壱之拾肆 モブ、土下座アゲイン
そのまま夕飯もいただき、次の朝、住む予定の長屋へ行くことになった。平賀のおっさんは昨夜のうちに自分の屋敷へ帰ったらしい。
身支度を整えていると、迎えが来たと若いお坊さんが知らせてくれた。礼を言って寺を出てみると洒脱なお侍さんが迎えに来ていらした。
「寅吉七番殿、迎えに参った。…なぜ平伏を?」
オロオロと片ひざをつきながら俺を気遣うお侍さん。
だってアナタ、昨日俺を捕まえた人じゃん。今日も羽織袴姿だけど、あんまり威圧感のない格好してらっしゃるけど。それでも刀差してるから怖いけど。
土下座から何事もなかったように立ち上がりつつ、
「おはようございます。奉行所の方、ですよね?」
「昨日は寅吉殿と知らず失礼致した。召喚の大体の時間と場所は知らされていたものの、寅吉殿がどこに顕現されるか、皆目見当もつきませぬで探しており申したところ、そこに町人が揉めているとの知らせが入った次第。重ねて詫びたい」
「いえ、お役目ならお気になさらず」
「かたじけない」
固いなー。まあ上から客人(異世界未来物件)をエスコートしろって言われたら、どう対処していいかわからんもんな。丁重にしとけば問題ない、てな感じかな。
「そういえば昨日、俺と揉めてたお兄さんには弁償しないとですね」
「あの棒手振り…行商にはお奉行から金子を渡してござるゆえ、安心召されよ」
あ、こっちの不慣れを察して言い換えてくれた。いい人っぽい。
「俺は宇野七海と言います。失礼ですがお名前は?」
「これは失礼致した宇野殿。拙者、北町奉行所与力、嶋田善右衛門と申す。今後、上との繋ぎになるゆえ、見知りおかれたい」
この人が幕府? からの連絡係になるのか。えっと与力って結構な役職じゃないっけ。そんな人でいいの?
「奉行所の方ですよね? 俺なんかにかまけて大丈夫ですか?」
「それが…」
語ってくれたのは、寅吉全員が幕府ナンバーツーの老中預かりの身分だということ、その中でも市井のみに混じる寅吉は初めてであり、俺の生活は町方に一任されているとのこと。つまりどう扱っていいか、町方でも持て余してること。
「すんません! マジすんません!」
大僧正やら神使やらに会って身分とかわからなくなってます!江戸は身分社会!押忍!
さらっと土下座る俺に嶋田様は、
「ところで宇野殿はなぜすぐに平伏なさるのか」
「えっと、俺ら寅吉は別の日本の未来から来てるというのは、ご存知ですよね?」
江戸を舞台にした時代劇…芝居があること、その芝居ではお侍に無礼のあった町人は問答無用で斬られること、それを回避するためにまずは土下座でGO! を実践してること、を伝える。
「突然の無礼討ちなど切腹覚悟でないとできませぬ。まず書式を整え、沙汰を待った上で初めてできることにござる。その場で町人を問答無用で切るなど、お家断絶で済めばよろしいが」
こっちが首を捻られてるよ。お腰の刀は飾りなの? 飾りの方向でなにとぞ一つ。
てか、無礼討ちも書類提出が前提なの?
「宇野殿の知る江戸は、そのように士分が勝手次第な江戸でござったか」
「芝居なので、俺も実際どうだったかまではわからないです。こちらではお侍にも厳しいのですね」
例えるなら警察官僚が気に入らないからと一般人を撃つようなもんか。そりゃ駄目だ。普通に罰せられるわ。
ただ身分の違いは頭に叩き込んでおかねばならない。問題を起こしてからでは遅い。彼らは世襲の官僚にして軍人階級だ。
「そういえば、宇野殿のあの構えのようなものは一体?」
「昨日、取り囲まれたときのアレですか?」
いやー面目ないって顔してらっしゃる。
それでも俺が飽きないように気を使って話してくれてるのがわかる。
「あれは俺らの世界では降伏のサイン…身振りなんですよ」
「ほう、頭の横に両手を上げるのが降伏と」
「ホールドアップと申しましてね、銃、つまり短い鉄砲ですね、あれに対する身振りです。何も攻撃するものは持ってないという印ですね」
「ほうるどあっぷというのですな。これは次に備えて申し送りを徹底せねば」
何回も小さな声で、ほうるどあっぷ、と繰り返すイケメン侍の嶋田様。
俺も腐ってたら、こういうのに萌えられたんだろうか。
お急ぎでない方、毛色の変わった此の物語をまだ読んでも構わぬとお思いの方、向後に期待してやろうという方、よろしければ「ぽちっと」押してやってくださいませんか。
「ぶっくまーく」などもお気が向きましたらお願いいたします。




