肆之参拾伍 彼法、強襲を受けて崩壊す
※七海の一人称ではありません。衛人の彼法カチコミの顛末です。
ぐちぐちり、ぬちり、と不快で粘着質な音が四方から聞こえ、それらは一向に止む気配がない。草深く打ち捨てられた荒れ寺の破れた堂内から男女問わずの嬌声が響き続けている。
もうすぐだ。
血のようなもので描かれた曼荼羅の中心で女とまぐわい、その精を壇上の髑髏に塗り付けながら彼はそう感じていた。もうすぐ髑髏本尊が完成し、荼枳尼天が顕現される。我らの悲願が叶うのだ、と。
「こんにちはー!なんか雰囲気暗いですね、ここ。うわ、くっせ! 臭い上になんかクラクラしますね、この匂い。あれ、皆さん裸じゃないですか、寒くありません?」
満面の笑顔の闖入者が間の抜けた声でのたまう。
「誰だ! どうやってここに入った!」
他者が入れぬよう施した火焔結界は? 結界を守る者どもはどうしたというのか。
「あ、結界なら破りました。七海さんの結界に比べたら紙でしたよ紙。門番? さんたちは気絶させました。斬ってみたかったんですけど、殺したらダメだって幕府の人に言われたんで。峰打ちなんで安心してくださいね。あとはあなた方だけですんで、抵抗はなしで…いや、ちょっとは抵抗してくださいね。歯ごたえないんで」
小具足の拵えに抜き身を担いだ小僧がにこやかに言い放つ。
こやつ幕府の犬か。だが犬如きに遅れを取る者などいないはず。選りすぐりの術師を外に配していたはずだ。
「あなた達程度の術は効かないよー。あなた達とは授かってる加護が違い過ぎるからねー。もちろん法力もねー。外法使いごときに抑えられるとは思わないでねー」
総髪の尼が間延びした声でそう言い放つ。おのれ、東密か台密の験者か。高野山か比叡山が動いたか。
「この様子は我が式神によって逐一、天海大僧正がご覧になっておられる。外法使いよ、観念せよ」
こやつは陰陽師か。天海と通じているとは土御門の本流か、本流に近い傍系か。打ち払いたいがこれも相手が悪すぎる。
「外法には親しみを感じるけど、外道の私でもこれは引くわあ。あなた、この曼荼羅にどれくらいの犠牲を払ってこの外法に込めたのお?」
こやつは天狗であることを隠そうともしていない。異形の翼を広げ、錫杖で手当たり次第に打っている。
犠牲など我らの悲願の前では無意味。数えるまでもないし、教える必要もない。
「そう言えば手前に廃村がありましたね。うわ、まさかこいつら村人を? あ、クマラ師匠、俺にも任せてくださいよ。俺の分がなくなるじゃないですか」
こちらに向き直り、抜身を向ける小僧。
「さて、そういうことなんで、できれば抵抗してくださいね。その方が楽しいんで」
そう言いながら男も女も問わず打擲していく。
この四人は我らを狩る猟犬ということか。だが一歩遅かったな、髑髏本尊は今、完成する。最後の精の一塗りを終え、印を組み、真言を高らかに唱える。
一天俄かにかき曇り、秀頼のされこうべが周りの者を喰らい、ムクムクと醜悪に受肉してゆく。そこに顕れたのは、
「我は荼枳尼天なり。下天の者よ、何を望むか」
「うわーこれが荼枳尼さんか。そんじゃあすいませんね。ちょっと手加減できない剣を使いますけど怖いから仕方ないですね。では、七星剣よ、来れ!」
闖入者の手に輝きが集まったかと思えば、北斗七星の象嵌が施された直刃の剣が顕れる。あれはまさか太子佩刀の?!
そこからはただの蹂躙だった。受肉した髑髏本尊は眉間を貫かれ、返す刀で首を刎ねられていた。そんな馬鹿な、我らの千年に亘る怨讐がこのような形で潰えるとは。
「ではあなたが最後ですので、さようなら」
首に衝撃を受けたと思ったら意識が遠くなっていく。ああ、我らは失敗したのか、だがこれは手始めに過ぎない。我らまつろわぬ民の復讐は始まったばかりだ……おのれ…幕府ども…朝廷ども……おの、れ…天、海……。
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