壱之壱 モブ、お江戸でござる
チョーン!チョン、チョンチョン……(柝の音)
東西、東おぉぉ西!(黒子の口上)
チョーン!
さてこれに、発しまするは、異世界に、招かれまするも、ちーとなく、魔法も使えず知恵もなく、少しの加護と業前で、生きる他なき、もぶのお話
東西、東おぉぉ西!
このもぶは、宇野七海と申すれば、特筆を、すべきものなく、おかしげに、縁ばかりを結ぼれて、流れ流され、物語、もぶの行方や如何にせん
東西、東おぉぉ西!
拙き物の語りなれど、皆皆様の慰めに、鷹揚ご寛恕くだされば、これ幸いと、
チョン!
伏して御礼申し上げ、奉りまするうぅぅ
チョーン!
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「お主にはこの世界で大衆として生きてもらう」
目が覚めるような鮮やかな生地に、ふんだんに金の模様が織り出された、絢爛な冠とラグジュアリーな装束を身にまとった少年は、俺に確かにそう言った。
「いやっほおおおおうううい!!! 大得意ジャンルだぜええ!!!」
こうして俺は異世界でモブとして生きることになりました。
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これは多分ドッキリなんだろう。うん間違いないね。
俺にぶつかって転んでる、天秤?だっけか、棹の両端に桶吊るして肩に担ぐやつ。どいたどいたーって時代劇でよく見るやつ。
魚がいっぱい入ってたそれを担いでたお兄さんを眺めながら考える。
ここはきっと江戸村だろう。だってみんな着物着てるし、髷結ってるし、道は土だし、空は青いし、犬のうんこいっぱい落ちてるし。
時々モヒカンとか、ミニの着物の女の子とか、忍んでない忍者とかいるけど江戸村だよね?
そもそもなぜこんな事になったのか、思い出す。
俺の所属する大学の模型サークルで、模型展示即売会に審査出品するための原型作りをしていたら、集中しすぎていつのまにか朝になってた。
模型しない人には何がなんだかな説明ですね。いわゆる同人の立体版です。著作権者の事前審査があるのですよ。
熱中するとすぐ徹夜するのは、我ながら悪い癖だとは思う。思うけど、徹夜明けの変なテンションめっちゃ楽しいです。
早朝で誰も見てないことをいいことに、ウヒョーとか踊りながら日課の近所の神社参りに繰り出した。
まあまあ信心深い親父が、いつからか日課にしていた朝の神社参りに、ガキの頃は体が弱かった俺もイヤイヤながら付き合わされてた。
小さいときは長く辛く思えた道も、いつしか普通のこととなり、それなりに体力もついた。
御利益と早起きと健康増進、これで一石三鳥だ! さらに出世神社だったら倍率ドン! とほざいてたダディは罰が当たればいいと思うのです。
そんないつものお参りをこなし、さて、と帰ろうとした時、不意に視界が白くなったのですよ。
霧かな? それとも寝不足で脳に不具合生じたかな? こりゃヤバいかな?けど、どうしようもないなー、と思ってたら、また不意に視界が晴れてきて、この江戸村っぽいとこにいつの間にか俺降臨。
高い建物がないから見通しがすげーいい。
おや、雲の合間にほら、富士山がこんにちは。こんにちはじゃねえ!
驚いて急いで鳥居をくぐったら出合い頭に魚屋のお兄さんとエンカウントという次第。
やっぱりこれ、ドッキリじゃないかな。
寝不足だかなんだかで倒れた俺を拉致ってハイエースでそのまま江戸村へ。この推理、アリじゃね?
こんなことは以前にもあった。高3の時です。
友人どもに誕生日を祝われてたはずなのに、寝て起きたら、着の身着のままでなぜか新潟の糸魚川の河口でしたとさ。
バカなの?なんで糸魚川なの?
後日、友人どもを問い詰めたら、地学志望のやつがヒスイの原石が欲しかったから糸魚川に運んだ、などと供述しており。
寝た俺を取り立ての免許で運んだあとは、みんなでわいわい楽しくヒスイ探してたらしい。
ヒスイのついでに友人放置してんじゃねえよ。
リアルに「すいません、ここはどこですか?」と言わされた俺の気持ちも考えて欲しい。もうサプライズじゃなくて案件だよ。
「なにボーッとしてやがんだ、この唐変木!」
「すいません! 考えごとしてました!」
唐変木って初めて言われちゃった。転んだ魚屋のお兄さんが腕まくりしながら怒ってらっしゃる。よくよく見たら入れ墨入ってるじゃん、怖い。怖いけど手を差し伸べようと一歩踏み出す。
「あ、えっとすいません、よそ見してました」
「な、なんだオメエ、貧相な癖にデケエな」
魚屋のお兄さんが若干引いてらっしゃる。あなたが小さいんですよ。見た感じ150㎝くらい? 小さいけどめっちゃムキムキですね。
ざわめく周りの人垣もよく見ると小さい。せいぜい150〜160㎝くらいじゃなかろうか。
デカいと言われても、俺は170cmちょいで大してデカくはないんですが。その上猫背です。ニャー。
お兄さんを引き起こしながら質問する。
「あの、ここはどこなんでしょうか?」
このセリフ、二回目だよ。俺の人生どうなってんの。
「ああ?ここが公方様のお膝元、江戸市中だと知らねえのか!オメエはどこの山だしだ!」
口悪いな、このお兄さん。でも質問には答えてくれてるのは江戸っ子気質ってやつだな。
ところでクボーサマってなんだろう。江戸シチューって魚介たっぷりぽくて美味そうだ。ブイヤベース的なものだろうか。小松菜とかも入ってるかな?
「やい、てめえ、せっかく仕入れた魚が台無しじゃねえか! すっぱり支払うか、番所へ行くか、とっとと選びやがれ!」
お兄さんが気色ばんでらっしゃる。
番所ってなんだっけ、刀差したお侍のいる交番みたいなとこだっけか。やだよ、斬られたらどうすんの。
「えっと、すいません、持ち合わせが少なくて…」
「なんだ、えらく綺麗な摺物だが、どこの藩札だこりゃ? それにこの白い丸い銭? 銀じゃねえな、これも見たことねえ」
千円札と百円玉に興味津々でいらっしゃる。良かった、とりあえず怒りの矛先はそらせたみたいだ。しかしここはひょっとして、万が一にもないと思うが江戸時代なのか。いや、まだだ、まだわからんよ。
あの格好…まさか寅吉…でもこんな所に…
なんかオーディエンスの皆さんがザワザワしてますね。話の内容がよくわかりませんけど、どなたか助けてくださいましよ。
「御用! 御用である!」
オーディエンスの皆さんの人垣が、さあっと割れて、十人ほどの鉢巻にたすき掛けのお侍方が現れた。どう見ても目線が俺に向いてますよね。ついでにT字形の棒にトゲトゲついてるのや、刺股にトゲトゲついてるものが向けられてる。あれ? 世紀末ですか? 色々と急展開すぎませんか?
俺を囲むお侍のあまりの視線の鋭さに咄嗟にホールドアップの姿勢をとる。怖い。長いものには巻かれたい所存。
だのにお侍さんはと言えば、
「こやつ、柔の心得があるやも知れぬ! 油断せぬよう!」
お偉いっぽい方が十手を構えて姿勢を低く構えておられる。いかん、余計に警戒させてしまった。
ここはアレしかないな。
ホールドアップの姿勢から流れるように土下座る。我が土下座三段の身のこなしを見よ。
気分は代官に懇願する農民ロールプレイだぜ!この種籾だけはお許しくだせえ!
ここ、ほんとに江戸時代だったらどうしよう!
初投稿です。どうぞ、気楽にごゆるりとお楽しみくださいませ。