最終話
次女が役所へ届けを出しに行った、その日の夕方。
水瀬家は警察から連絡が来た。
次女が事故に遭ったという連絡だった。
仰天した母親が夫と駆けつければ、案内されたのは霊安室。
「ほぼ即死だったと思われます」
それが警官の言葉だった。
トラックの運転手が運転中にガチャを回し、レアキャラが出て舞いあがった結果だった。
家族は悲嘆に暮れた。
両親も姉も、次女に懐いていた甥も泣いた。
次女が離婚届を出す直前だった、というタイミングも彼らの悲嘆に拍車をかけた。
たった三十年間の人生を、あんな結婚式と夫を最後に、しめくくらなければならないのか。
父も母も姉も、次女の夫に対する怒りと恨みが募る。
が、家族は夢を見た。
次女が家に帰ってきて、大好物のケーキを切り分けている。
『おかえなさい、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。今、切っているところだから、座って。お父さんとお姉ちゃんはコーヒー、お母さんは紅茶よね。食べながらでいいから、聞いてね。私、結婚する。海外に移住することにしたの』
次女はいつもの明るい笑顔で報告してくる。
『懲りない、って思う? 私も思う。でも決めたの。すっごく好きになった人なの。なにが遭っても○○さんと一緒に生きていく、って約束したんだ。○○さんとね』
決意を秘めた瞳で幸せそうに語る次女の、相手の名前だけが聞きとれない。
『だからね。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、勝手を言うようだけど、私のことは心配しないで。私はいつだって幸せだし、自分の選択を後悔していない。それだけ信じて。そしてお金にはこだわらないで』
お金? と、とうとつな単語に家族は首をひねる。
『大事なのは健康だから。お金が手に入ったら、すぐにお母さんと颯太の治療をはじめて。病気が治りさえすればいい、って割り切って。間違っても、むこうには一円も渡したくない、なんて意地をはらないで。みんなが私のために怒ってくれるのは嬉しい。でも、もめごとに時間をとられるより、さっさと病気を治して、健康に長生きしてほしいの。だから絶対に治療を優先して! 約束!!』
切り分けられるケーキはいくつ食べてもおかわりが出てきて、終わりがない。
『最後に会って話せて良かった。女神様のサービスなの。じゃあ…………元気でね。私はもう会えないかもしれないけど、でも、ずっとみんなのことを覚えている。この家族に生まれて、良かった。私は元気でいるから、みんなも元気でいてね――――』
とてもとてもリアルな、現実感のある夢で。
けれど目が覚めた時、次女の笑顔はどこにもなかった。
不思議な夢だった。
けれどもっと不思議だったのは、夢で次女が忠告したとおりになったこと。
次女はなんと三億円の当選金を得ていた。
そして、それを知った次女を捨てた男とその両親は、
「離婚は成立していないのだから、配偶者であるこちらには相続権がある」
と主張してきた。
しかも主張するのは、三億円のうちの三分の二。
「法律上はそれが取り分だ」
というのが、夫側の言い分だった。
しばらくもめた。
当然だ。夫は最低最悪な方法で次女を捨て、他の女に走った。
慰謝料を払いこそすれ多額の遺産を要求するなど、厚顔無恥にもほどがある。
最初、家族は徹底抗戦を考えた。
しかし土壇場で夢での次女の言葉を思い出し、断腸の思いでそれを断念した。
遺産は法律にのっとって分配され、相続税も支払われ、元夫は喜び勇んで帰っていった。
家族はその背を刺してやりたい衝動をこらえながら、残った一億円を手に、甥を連れて病院に駆け込む。
そして数ヶ月後。母も甥も無事、手術が成功して退院したのだった。
追記が二話あります。




