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男女比8対1の異世界に転移しました、防御力はレベル1です  作者: オレンジ方解石


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32

 宿の窓から夕月が見える。


「なんか、あっという間だったな。露月がこの街の出身なのは知ってたが、雲翔にまで会うとはなあ」


「私は、まだ夢を見ている気がします…………」


 こんな状況でも、友人と会って話せたことは楽しかったのだろう。まんざらでもない様子で紅霞が月を見あげる。透子はいまだに心臓が落ち着かなかった。

 雲翔や露月と一緒に昼食をとったあと。街の名士の子息である露月が宿を紹介してくれたおかげで、透子と紅霞は大きめの宿を少しお得な値段で借りることができた。

 部屋に荷物をおろし、窓を開けて、しばしゆったりと過ごす。


「私が…………『透湖』が、あんな風に言われていたなんて…………」


 なんでも『透湖』は『正体不明の期待の大型新人』ということになっているらしい。


「一作目があれだけ売れたんだ。普通なら、あちこちの雑誌や新聞に本人への取材(インタビュー)記事が載るものなのに、どこにも何もない。巷じゃ『名を明かせないほど名門の人間だ』『いや、牢の中の凶悪犯だ』と、興味津々だよ」


 そう言って露月は笑っていた。

 はあ、と透子は息を吐く。


「こんな大事になっていたなんて…………我ながら恐ろしいです」


 透子はあくまで、日本のネット小説を参考に執筆しただけなのに。


「透子の実力だろ? 堂々としていればいい」


「気楽に言ってくれるんですから…………」


「おかげで、あの雲翔(バカ)の馬鹿な誤解も解けたしな。俺は助かった」


 透子が『透湖』と判明し、露月も雲翔も「そうか、印税で返済したのか」と、すんなり納得したのだ。「めちゃくちゃ売れているからな」と。


「紅霞さん…………雲翔さんが嫌いなんですか? 露月さんはともかく、雲翔さんのことは扱いが雑ですよね?」


「嫌いっつーか、子供(ガキ)みたいな絡み方してくるから、うっとおしい」


(それは…………)


 昼間、見た光景を思い返し、透子の脳裏に一つの推測がよぎるが口には出さない。


「そろそろ寝ようぜ。明日は封鎖が解けるといいんだが」


 紅霞が言った。

 この世界は日本ほど安価な照明が普及していない。ろうそくは庶民にも浸透しているが、そこそこの値段なので、用がなければ日没後はさっさと寝るのが普通だ。宿でも灯りは有料となっている。

 昨日よりきれいな衝立をはさんで、透子と紅霞はそれぞれの寝台に横になった。

 すずさんは透子の枕元に置かれた、手ぬぐいを丸めた巣で寝るのが定位置だ。


「おやすみなさい」


 そう言って灯りを吹き消し、互いに眠りについた…………はずだったが。


(…………寒い)


 深夜。急速に冷えだして、透子は目が覚めた。足をこすり合わせる。

 季節は冬。昼間はそこまでではなかったが、夜になったら冷え込みがきつい。


(有料の火鉢を借りたのに…………)


 昨日より広い部屋が仇になった。広い分、透子と紅霞の寝台の距離が離れており、間に小さな火鉢一つを置いただけでは温めきれない。


(もう一つ借りたいけど…………この時間だと、宿の人達も寝ているだろうし)


 夜勤の受付がいればいいが、期待はできない。


(火鉢をもっと近づける? でも、それだと紅霞さんが寒くなるし)


 冷気がどんどん足もとから這いあがってくる。

 困った透子は、駄目もとで手ぬぐいの巣をかるくゆらした。スズメを起こし、ぴょこぴょこ動く小さな頭にささやく。


「すずさん、起こしてすみません。ちょっと寒いんです。すずさんの女神の力で、どうにかなりませんか?

この際、すずさんが巨大化して羽毛で温めてくれるのでもかまいません」


『知らん』


 即答だった。さすがに透子も言わずにおれない。


「もうちょっと考えてくれませんか?

だいたい、すずさん、昼間はずっと私の肩か袖の中にいて歩かないし、ご飯は私がわけているし、こんな時季ですから羽毛をわけてくれるくらい、いいと思いませんか? 私は《仮枝》ですよね? もっと体調に気を遣ってくれても――――」


「断られたのか? 透子」


 予期せず声をかけられ、透子はかるく心臓が跳ねた。


「紅霞さん。すみません、うるさかったですか?」


「いや。俺も寒くて起きた。どうしようかと考えてたら、透子の声が聞こえたんだ。すずさんは駄目だったか」


「はい。『知らん』だそうです」


「マジで使えないな…………というか、使えないのを『知らん』でごまかしてるんじゃないか?」


 衝立の向こうからの呆れた声に対し、小鳥から強烈な殺気が放たれるのを透子は感知する。


「あ、あの、紅霞さん」


「――――こっち来るか?」


「あまり、すずさんを怒らせないで――――え?」


「一緒に寝るか? せまいけど、一人で寝るよりは温かいだろ。透子の服を持ってこいよ」


「!?」


 透子は絶句した。一時的に思考がショートする。


(え? え? 一緒に、って…………一緒に!?)


 衝立をはさんで、しばし沈黙が室内を満たす。


「いや、別に嫌なら無理とは言わないけどよ」


「あ、いえ、嫌というわけでは――――…………」


 鼓動が勝手に速まる。が、はたと気づいた。


(そうだ。紅霞さんは翠柳さん――――同性が好きな男性だし。女の私は対象外なんだから…………一緒に寝ても安心では?)


 落ち着いた。

 すると一時忘れていた寒さが戻ってきて、身震いする。


「じゃあ…………お言葉に甘えていいですか?」


「おう」


 透子はおずおずと寝台を降り、枕と服を抱えて衝立の向こうに移動した。

 紅霞は火鉢を自分の寝台のほうへ移動させ、横向きに寝て寝台の壁際に寄り、透子の場所をあけてくれる。


「おじゃまします…………」


 なんと言えばいいかわからず、そんな台詞が出てきた。

 ちなみにすずさんは、自分が透子を温めることは拒否したくせに、透子が移動すると当然のようについてきて、横になった透子の枕元にちょこんと陣取った。


「大丈夫か? 落ちないか?」


「平気です」


 透子は衣装をかけた。

 こちらでは日本のような布団一式は高級品で、庶民は薄い敷布団か、藁を編んだ茣蓙(ござ)やむしろの上に寝る。掛布団は富裕層の持ち物で、庶民は服を脱いでかけるのだ。

 互いの体温と、そばに寄せた火鉢。

 さっきよりぐんと温かくなったが、火のせいばかりとも思えない。

 透子も横向きに寝ているため、紅霞の鎖骨がすぐ目の前にあった。


「じゃあ、おやすみなさい、紅霞さん」


「おやすみ」


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。気まずいような居心地悪いような、それでいて温かくてくすぐったいような。


(ね、寝よう!)


 透子は思った。


(眠気よ、さっさと来て! というか紅霞さん、さっさと寝てください! いっそ、すずさんが何かしゃべるのでもかまわないから!!)


 ああああ、と脳内に悲鳴がこだまする。と。


「なあ」


 とうとつに呼びかけられ、透子は心臓が口から飛び出しそうになった。


「は、はい!?」


「透子の家族って、どんなだ?」


「私の家族、ですか?」


 透子は視線を紅霞の顔に移動させる。


「あまり聞いたことない気がして。どういう人達なんだ?」


「そうですね…………」


 透子は思いつくままにしゃべりはじめる。


「うちは、私の国では、ごく一般的な家庭だと思います。特別お金持ちでも偉くもない、庶民ですね。両親と姉が一人の、四人家族です」


「それだけか?」


「はい。私の国では男女がほぼ同数ですから。一人の女性が複数の男性と結婚することはありませんし、国からのお金を目当てに、女の子が生まれるまで何度も出産を、ということもありません」


「そうか。そうだな、同数だった」


 うんうん、と紅霞がうなずく気配が伝わる。

 真っ暗な中で、やや声をひそめての会話がつづく。

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