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男女比8対1の異世界に転移しました、防御力はレベル1です  作者: オレンジ方解石


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 しばし普通の食事がつづいた。

 紅霞も透子も夕蓮とはやや異なる味付けを楽しみ、雲翔が仕事でまわった街の話をして、露月は箸を動かしつつも、さり気なく酒を注いだり空になった皿をどけたり、気を配っている。

 第一印象どおり露月は『いいとこの坊ちゃん』で、彼の実家はこの街で一、二を争う名士らしい。露月は夕蓮の学校に、いわば『留学』していたのだ。そして帰ってきた今は、父の仕事を手伝っている。


「てっきり、夕蓮で仕事を探すと思ってた」


「私もそのつもりだったが、父に『家業を手伝え』と呼び戻されたんだ。今は毎日、帳簿つけだの客の応対だの、雑用ばかりで肩が凝る。まあでも、この街はこの街で面白いさ」


 隣国と国境を接しているだけあって、この街は交易が盛んであり、人口も多い。そういう街で名士で通っているからには、露月の家はかなりの名家なのだろう。

 帳簿を任されているということは、露月は跡取りか、それに近い立場ではないのだろうか。客の応対というのも、お茶くみなどではなく、主人である父親に代わって商談などを担当しているのかもしれない。


(女性のほうが優遇されている世界といっても、男性は男性でちゃんと働いて暮らしているんだ。むしろ紅霞さんが、平均より下だったのかも。…………《四姫神》さんのおかげで)


 袖の中のすずさんに米粒を与えながら、透子は考える。

 その《四姫神》の話題となった。


「そういや、どうやつて《四姫神》の借金を返したんだ?」


 酒杯片手に、さらりと雲翔が訊いてくる。

「忘れていれば良かったのに」と紅霞の表情が語っている。

 透子がなにか言おうとする前に、紅霞が明言した。


「借金は完全に返した。《四姫神》には、もう追われない」


「完済!?」


 雲翔と露月がまじまじと紅霞の白皙の美貌を凝視する。


「いったいどうやって。たしか相当な金額だったろう?」


「それは――――まあ秘密だ。とにかく完済したんで、夕蓮を出て来た」


「秘密って…………」


 呆然とする露月を無視して紅霞は饅頭を食べるが、はたと雲翔がなにかに思い当たる。


「そうか…………お前、そこまで追いつめられてたんか…………」


「ん?」


「すごい金額だったもんな…………お前の()()でも、かなり大変だったろ。いや、お前だったからこの程度で済んだのか? とにかく大変だったな。そんなに《四姫神》から逃げたかったんか。そりゃ翠柳がいるもんな…………いや、翠柳が忘れられないのに、よくそんな方法で…………」


「ちょっと待て」


 紅霞が半眼で雲翔の言葉をさえぎる。透子も嫌な予想がよぎった。


「お前、何を考えている」


「なにも言うな。明日は俺は非番だし、今夜はとことん付き合ってやる。よし、呑め!」


「だから、俺の言ったことを、どう解釈した!?」


「言わんでいい! 俺も、友人が身売りして金作ったなんて話、聞きたくもな――――」


 この日もっとも力を込めた紅霞の拳が、雲翔の顔を襲った。雲翔は椅子ごと床に倒れかけ、危うくひっくり返りそうになった卓を、とっさに透子と露月が押さえて、料理が大惨事になるのを防ぐ。


「この鶏頭!! どこをどうしたら、そんな結論が出る!!」


 こちらでも『鶏頭』は『馬鹿』の意味なのか。あるいは透子に与えられた翻訳機能が、勝手にそう単語を置き換えているのか。それはさておき。


「あの金額を、こんな短期間で完済したと聞いたら、普通はそう考える!!」


 見事な一撃をくらった雲翔は、それでも元気いっぱい反論してくる。この打たれ強さこそが、紅霞との付き合いが長続きしている一因かもしれない。


「そんなわけあるか!!」


「じゃあ、どうやって返済したんだ」


 紅霞は怒鳴ったが、露月に冷静に問われて返事に窮する。


「身売りではないにせよ、まさか悪事に手を染めたんじゃないだろうな?」


 露月は真剣なまなざしで紅霞を見据えた。この辺はいかにも『学生時代は優等生だった』という雰囲気があり、この三人の力関係がうかがえる。

 たぶん、やんちゃ気味の紅霞と雲翔を少し離れた位置から露月が見守って、ここぞという時には彼が引っぱって来たのだ。


「…………ヤバいことはやつてない。真っ当に稼いだ金だ」


「真っ当に働いて、あれだけの金額が用意できるか?」


 ぐっ、と紅霞は言葉に詰まる。友人二人の視線が彼を突き刺す。


「二人には関係ない。とにかく、おかしな金じゃない」


「おかしくない金なら、俺達に教えられるだろ?」


 雲翔にまで指摘されてしまった。紅霞の苛立ちと焦りが伝わってくる。

 ちなみに透子の袖の中のすずさんは、お腹がふくれて眠気をもよおしているようだ。


「あの。わたし、いえ、俺が立て替えたんです」


 見かねて透子が口をはさんだ。


「透子!?」


 紅霞はうろたえ、雲翔と露月も、ずっとおとなしく箸を動かしていた小柄な少年(と二人は思い込んでいる)に注目する。


「待て、透子。そのことは――――」


「隠しても怪しまれるだけですよ。常識で考えて、あんな大金、すぐに返済できるほうがおかしいんですから。別に悪い事はしていないんですし、話しても大丈夫ですよ」


 言って、透子は雲翔と露月に向き直った。


「実はその、俺、小説を書いていて。それが入賞したんです」


「小説?」


「へえ、すごいじゃないか。どこのどんな賞か、訊いてもいいかな?」


「えっと『透湖』という筆名で『死んだら聖なる泉にいて勇者と呼ばれ…………」


「は!?」


「え!? あの話!?」


 自分でも(長くて全部覚えていないな…………)と思う題名を述べている最中に、二人の若者が驚愕の声をあげた。


「なんだ、二人も知って――――」


「知らないわけないだろう、大人気作だ!! 夕蓮から離れたこの街ですら、店頭に並んだ途端に売り切れ続出だ!!」


 露月が腰を浮かせて力説し、雲翔は椅子を蹴とばして立ちあがり、隅にまとめた服だの新聞の束だのをかきわけはじめる。一まとめにした山が崩れて、紅霞が「なにやってんだ」と怒ったが頓着しない。


「あった! これだろ!? 職場のやつらがあまりに面白い面白い言うんで、俺も買った!!」


 ご主人様が投げたボールをとってきた犬のようにきらきら輝く笑顔で、雲翔は見覚えある表紙の本を透子へ突き出した。


「私も持っている! 弟達が借りたまま返さないんで、新しく自分用に買ったばかりだ」


 同じ表紙の本を、露月も自分の荷物からとり出して見せた。

 透子は顔に熱と血が集中した。洪水のような羞恥に襲われる。それでいて誇らしくもあり、夢の中をさ迷っている気分になった。

 たしかに学生時代には、自分の書いた小説が紙の本として出版される夢を描いた覚えはあるけれど、三十歳も過ぎてから異世界で現実になるとは想像もしなかった。


「本当に!? 本当にこの本を、この坊主が買いたのか!?」


 雲翔が興奮しながら透子と本を交互に指差す。


「本当だぜ?

毎晩、夜遅くまで原稿用紙と格闘してたんだ。賞をやっている出版社の編集長が顔見知りなんだが、入賞が決定したら、わざわざ俺の所に知らせに来たくらいだ」


 何故か紅霞のほうが誇らしげに説明する。

 透子は(やめてくださいぃ)と身悶えした。「恥ずかしさで死ねる」とは、こういうことか。


「そうか、坊主がなあ…………」


 本を手に、雲翔と露月がしげしげと透子を見た。透子はひたすら落ち着かない。いったん「タイム!!」と叫んで部屋を出て行きたいくらいだ。


「若いのに、しっかりした文章を書くんだね。普段から本をたくさん読んでいるのかい?」


「てっきりオッサンだと思っていたのに、こんな坊主とはなあ」


 露月と雲翔の言葉に紅霞が横槍を入れる。


「坊主って。透子は二十歳だぞ?」


「二十歳!?」


「十五、六歳だとばかり…………」


 雲翔と露月が目を丸くした。

 透子も少し驚いたが、そんなものかもしれない。

 透子の実年齢は三十歳だが、肉体が交通事故により激しく破損したため、すずさんの本体である女神が新しい肉体を一から創って、そこに魂を移した。その新しい肉体が二十歳前後で、今は男装もしている。

 特別童顔ではないが男として見れば小柄で線も細く、十代半ばと推測するのは自然かもしれなかった。


「いや、申し訳なかった。てっきり学生かと…………」


「二十歳には見えんなぁ。翠柳といい、童顔と女顔の一族なのか?」


「おい、いい加減にしろ」


 冷や汗をかく透子をかばって、紅霞が不機嫌な声音で割り込む。


「透子に失礼だろ。人の顔をあれこれ言うな」


「たしかに紅霞の言うとおりだな。透子君、失礼した」


 露月が律儀に謝罪する。透子も「お気になさらず」と返したが、雲翔はふてくされたように紅霞に反論した。


「だってお前、あんなに翠柳翠柳いってたし、やっぱり翠柳の後釜じゃないかと…………」


 紅霞の裏拳が雲翔の頬を襲った。雲翔は頬を押さえて抗議する。


「お前、人の顔をぽんぽん殴りおってからに、俺の顔を布団かなにかと勘違いしてないか!?」


「殴られるようなことを言うのが悪いんだろうが、この鳥頭! いっそ嘴でもつけるか!? しゃべりにくくなって、ちょうどいいんじゃないか!?」


 胸倉をつかみあっての罵りあいとなる。

 とはいえ、紅霞の艶麗な美貌は友人に対しても効力を発揮するようで、顔を近づけての口喧嘩では雲翔のほうが今一つ遠慮しているというか、本気になりきれていない感がある。


「あの、紅霞さん、雲翔さん」


「放っておいていいよ。あの二人はいつもああだから」


 露月は心配する風もなく「それより」と購入したての本を突き出してきた。


「良ければ、署名(サイン)をいただけないかな?」


「えっ」


「あっ、露月! お前、一人だけ先に!」


 雲翔が気づいて、紅霞の襟を離して自分も本を突き出してくる。


「俺もほしい。ついでに俺の名前も入れてくれ」


 二冊の本を突き出され、透子は生まれて初めて「自分の書いた本にサインをねだられる」経験を味わった。

 その後、透子は二人の本に署名した。紅霞からも「せっかくだから、してやってくれ」と頼まれ、透子はふるえる手で荷物から万年筆をとり出す。紅霞の家で原稿を書いていた時、愛用していた一本だ。


「えっと…………署名って、どう書くのが正しいんですか?」


 脳内をさらってみるが、署名の仕方については知識を授かっていない。


「正式な形式は決まっていないが…………こういう書き方が一般的かな」


 露月はその辺の書き損じの紙を引きよせ、見本を書いて見せてくれた。

 透子は要らない紙で何度か練習し、手のふるえをどうにかこうにか堪えて、二冊の本にそれぞれの持ち主の名を添えて『透湖』と筆名を署名する。


「すごいぞ! 『透湖』の署名を初めてもらったのが俺達なんて、職場のやつら、知ったら仰天するだろな!」


「ありがとう、透子君。大事にするよ」


 雲翔が中学生のようにはしゃぎ、露月からもていねいに感謝されて、透子は恥ずかしいやら誇らしいやら。一生分の幸運が降り注いだ気がした。

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