閑話
部屋に戻った紅霞は寝台に腰をおろし、卓の上の写真立てを手にとる。
写っているのは十八歳の紅霞と十六歳の翠柳。
結婚の記念に撮影したものだ。
結婚といっても、艶梅国では男同士の結婚は公には認められていないので、これは非公式というか、『真似事』になるのだろう。
天と国が認める結婚はあくまで『男女』のものであり、《世界樹》の怒りによって女が激減し、人口の減少に歯止めがかからない現在、世間のその考えはますます強固なものになっている。
男同士が許されているのは掟でも教義でもなんでもなく、ただ現状、男は余ってしまうので『お目こぼし』されているだけなのだ。『黙認』である。
だが、それは紅霞にはどうでもいいことだったし、翠柳にとっても同じだったと思う。
要は「一生を二人で共に生きていきたいと思った」、それだけだ。
だから結婚した。
『義弟』とか『伴侶』とか、肩書はどうでもよかった。
共にいられれば、それで。
目頭に熱を感じて、紅霞は意識を写真からそらす。
透子に悪いことをした。
せっかく作ってくれたのに、涙を見られたくないばかりに、子供っぽい態度をとってしまった。彼女は悪くないのに。
翠柳がいたら、きっと怒るだろう。
『明日、ちゃんと謝りなね』
そう言う、翠柳の声も表情も思い浮かべることができる。
「お前が根を詰めたのが悪いんだろ…………」
薄暗い寝室でぼそりとこぼした。
『あと少しだから』『もうちょっとだから』『これだけ終わらせたら』『頼まれたんだ。今回だけだよ』『お給料も増えるし…………』
そう、くりかえして。
体調が優れないのに、無理を重ねて。
気づいた時には、ほぼ手遅れだった。
『僕は大丈夫。これでも若いんだから』『ただの風邪だよ、心配しないで』『紅霞は心配し過ぎだよ…………』
全然、大丈夫じゃなかった。ただの風邪でもなかった。心配のしすぎではなかったのだ。
(あの時、もっと早く…………)
何千回、何万回とくりかえした後悔を、今夜もなぞりながら眠りにつく。
この夜はいったい、いつ明けるのだろう。
この後悔や寂しさにも終わりがあるのだろうか。
今はまったく信じることができない。
紅霞は写真を卓に戻し、灯りを消した。
真っ暗な天井を見あげながら、思う。
(透子がいてよかった)
そばにいなくとも、誰かが同じ屋根の下にいると思えば。
少なくとも今、この場で死ぬ道を選ぼうとは思わない。
透子は《無印》な上に金銭感覚的にも頼りなくて危なっかしくて遠慮がちで、いい奴だからこそ、彼女を放り出して死んではならない。
今、紅霞が手を放せば、透子は一人、なんの守りもない状態で危険にさらされる羽目になる。
少なくとも透子を任せられる誰かが見つかるまでは、紅霞は翠柳のあとを追うわけにはいかなかった。
家事だけでなく、そういう形でも紅霞は彼女に助けられていた。
(今はまだ…………駄目だ…………)
透子の迎えが来てから。
あるいは、透子を任せられる誰かが見つかってから。
(そのあとは…………)
紅霞は考えるのをやめ、毛布の中で目を閉じる。




