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 晴れ渡った初夏の空。白いチャペル。家族や友人達の祝福。

 純白のベールとドレスをまとい、白いタキシードを着た愛する男性ひとの隣に立って。

 水瀬みなせ透子とうこは人生最高の日を迎えるはずだった。

 ただ一人の乱入者さえいなければ。


謙人けんと!!」


 高い天井に甲高い女の声が響く。

 今日の新郎、透子の夫である工藤謙人がふりむく。


愛美あみ!?」


 透子はむろん、チャペル内の参列者全員の注目を集める中、現れた女はヴァージンロードを駆け抜け、花嫁の前で新郎にしがみついた。隅で進行を見守っていたウェディングプランナーが制止する間もない。


「愛しているわ、謙人!! 結婚なんかしないで! あなたと結婚できないなら、あたし、死ぬから!!」


 乱入者の女は潤んだ瞳で新郎を、透子の夫を見あげた。


「ええ!?」「どういうことだ!?」と参列席からどよめきがあがる。「ちょっと、あなた…………!」とウェディングプランナーもいそいで駆け寄る。

 透子もあ然としていた。

 とんでもないアクシデントだ。

 けれど、この時点ではまだ「カバーできるトラブルだ」と信じて、落ち着きは失っていなかった。


「すまない、愛美」


 新郎が、謙人が体ごと女に向きあう。

 透子は信じていた。この時まで。

 謙人は――――自分の夫は、自分を裏切らないと――――


「君が…………こんなにも俺を愛していたなんて――――」


「謙人?」


 謙人の声と表情ににじむ喜びに、透子は違和感を覚える。


「全然、わからなかった。てっきり、君はあのモデルか、サークルの男と付き合っているとばかり――――」


「タクもヒロトも、ただの友達よ! あたしが愛しているのは、あなたよ! お願い謙人、他の女と結婚なんて、やめて!! あたしと逃げて!!」


「愛美――――!!」


 謙人は抱きしめた。『愛美』と呼ぶ、若い女を。


「謙人!?」


「謙人君!?」「工藤さん!?」


 透子は目を丸くし、参列者達も口々に驚愕の声をあげる。

 謙人はしっかりと愛美を抱きしめたまま、顔だけ透子にむけた。


「悪い、透子。お前とは結婚できない。俺が愛しているのは愛美なんだ。お前とは結婚できない。俺が愛しているのは、お前じゃないんだ」


「謙人…………!!」


 喜びに潤んだ瞳で、愛美が謙人の腕の中から彼を見あげる。

 透子はなにが起きているのか理解できなかった。

 透子の目の前で、透子の夫のはずの男が、透子の知らない女を抱きしめ、透子以外の女を『愛している』と言う。


「謙人君!! いったいこれは、どういう…………!!」


「いったん、その方は外に…………!」


 参列席から透子の父が立ちあがり、ウェディングプランナーも乱入者を新郎から引き離そうとする。参列者達も顔を見合わせ、一秒ごとにざわめきが大きくなっていく。

 謙人は愛美を見た。


「行くぞ、愛美。俺について来い」


「ええ、謙人。世界の果てまでついていくわ。あたし達、永遠に一緒よ」


 謙人は透子に背をむけ、愛美の肩を抱いたままチャペルの大扉へと歩き出す。


「待って、謙人! どういうこと…………!?」


 とっさに透子が伸ばした白い手袋の手は、ぱしっ、と乱入者に払われた。


「触らないで! 謙人はあたしのものよ! 謙人が愛しているのは、あたしなんだから!! 三十のババァのくせに、二度と謙人に近づかないで!!」


 愛美は、ぐい、と手を引く。透子の手を払った際に、偶然だが彼女のベールの端に長い爪を引っかけていたのだ。


「あっ…………!」


 愛美はそのまま手を引いて、透子のセットされた頭から白いベールと、パールの並んだティアラを奪う。痛みに声をあげた透子にかまわず、花嫁のものであるそれを無造作に自分の頭に載せると、「行きましょ」と謙人をうながして二人で走り出した。


「ドラマみたい! こういう風に、結婚式から好きな人と逃げ出すの、憧れてたの!! 愛してるわ、謙人!! 最高!!」


「俺もだ、愛美! 愛している!!」


 悲鳴のような驚愕の声が、参列者達の中からあがる。焦りや非難の声にも、野次馬根性丸出しの黄色い歓声にも聞こえる声だ。

 新郎と乱入者はなんの迷いもなくチャペルを飛び出し、二人の世界へと走り去っていく。どちらの顔も、望んだ愛を得た幸福と明日への期待に輝やいている。

 愛美がかぶっていた透子のベールはふわりと、チャペルの外の石畳に捨てられて残った。


「どういうこと?」「どうなっているんだ!!」「工藤さん、まさか…………」


 参列者達の声がチャペル内に響く。

 一部は二人を追ってチャペルを飛び出したが、間一髪で、愛美が待たせていたタクシーに乗り込まれて終わった。

 ベールを失い、セットの乱れた髪で、透子は呆然とその場にたたずむ。

 息苦しい。ドレスが重くて動けない。


「透子! しっかりしなさい、透子!!」


 姉の凜子りんこが透子の肩をつかんで呼ぶが、その感触がとても遠い。


「透子!?」


 透子は生まれて初めて『気が遠くなる』という経験を味わい、その場に倒れた。




 水瀬透子は信じていた。

 今日が人生最高の一日になることを。

 自分達が幸せになれることを。

 夫となった人が自分を愛してくれていて、けして自分を裏切らないことを。

 この時までは。

 信じていたのだ――――

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