58.勧誘
「ジェイク君、君には『声』が聞こえたかい?」
テーブルの向かい側に座っているカイル様の表情は、夢の中に現れたアタルのように柔和で、親しげに見える。
だが、実際にこうやって直接話をするのは初めてだし、まだ僕には距離感がつかめない。
「は、はい。それよりも、カイル様。ジェイクとお呼びください」
「では、ジェイク。私のこともカイルと呼んでくれ」
外に待機している、あの兵士たちの前で、「カイル」と呼び捨てにすると、問答無用で斬られそうだ……。
「いや、それは……領主様のご子息様ですし……」
「ジェイク、私の父は辺境伯だが、私は違う。兄たちも違う。まあ……残念ながら……こちらが望んでもいない≪勇者≫になったわけだが……何より、君とは一人の人間として対等に付き合いたいんだ」
そうか。
カイルも神様の気まぐれで≪勇者≫になったのか。
もしかしたら、僕と同じように、与えられた役割やスキルの意味を自問し続けたのだろう。
「ありがとうございます。でも、どうして僕なのでしょうか?」
「君にも『声』が聞こえたろう? 私たちは、何度も何度も出逢いと別れを繰り返してきた宿命を課せられているようだ……いや、私がカイルとして生を受け、物心がつくと同時に君の噂を耳にするようになった。父と一緒に訪れた市場で、街路で、なぜか耳に入ってくるんだ……ジェイク、君の名前が」
カイルは、熱く訴えてくるが、僕にはそのような感覚――繋がった糸を手繰り寄せるような気持ち――は、今まで一度も感じたことはなかった。
あえて言えば、洗礼の際のワガママ君退治で、カイルよりも出遅れた感じだったが。
僕が出ていったところで、何の解決にもならなかったんだろうけれど……。
確かに、夢を見るまえに、久闊を述べるような声は聞こえた。
また、それを懐かしく感じた。
「君は、倒れた後、夢を見なかったかい?」
「!」
「やっぱり……そこにいたのは、大魔王と勇者アリスではなかったかい?」
「はい」
「君はアリスで、僕は大魔王だった。その前は……」
「鍛冶師と弟子ですね?」
カイルが頷く。
「時には宿敵として、時には親子のように……ジェイクと私は、共に生きてきたんじゃないかな?」
「……」
カイルの言うことはもっともだ。
だが、ハイそうですか、と簡単に受け入れられるような話ではない。
ましてや相手は、≪勇者≫様だ。
世界を救うために、≪魔王≫を討伐しなければならない。
前の世界では、僕がカイルを殺したことになっているはずだ。
カイルは、そんなに簡単に割りきれることなのだろうか?
「父やミラ司教が話していたが、今のジェイクは神と同等のスキルを持っているらしいね? しかも、そのスキルで稼いだ金を、惜しげもなく慈善事業に寄付したらしいじゃないか!」
「まあ、はい……」
「この世界には、私利私欲にまみれた汚い人間がいる。でも、君は違う。苦しい環境に置かれても、腐らず、他人に敬意を払い、真っ直ぐに生きてきた……私が理想とする生き方そのものなんだ!」
「あ、ありがとうございます……」
僕は両親の生き方しか知らなかったが、領主の子息ともなれば、いろんな人間を見てきたに違いない。
エリスさんも、悪賢い商人などがいると、僕に忠告してくれた。
「そこで、だ。私と一緒に、魔王を討伐する旅に出てはくれないか?」
「え? えぇぇぇっ?? ぼ、僕はファーマーですよ?」
「いやいや、今さら謙遜すると、逆に嫌味っぽくなるぞ? 精霊の寵愛を受けて、メガコングやクロコーディルを瞬殺できるのだろう?」
ミリアさんたちが、こちらへ向かう馬車の中で、盛りに盛って話したのだろう。
サラがいたから出来た芸当、いや、サラの能力を借りたに過ぎないのに。
「ち、ちなみに魔王の居場所は検討がついているのですか?」
「ああ。おそらく、サングーン山脈の向こう。ノボルト火山だろう」
カイルは南を指差した。
確かに、サングーン山脈あたりから魔物たちがやってきているように感じるし、先日やってきた二人組の冒険者たちも同じようなことを言っていた。
「僕は……どうすれば?」
「まずは、父たちの計画通りに、このマロネ村を街に格上げし、冒険者たちのベースとなるようにしなければならない……」
カイルは、タイゼン伯が言っていたこととほぼ同じ計画を話した。
僕がやるべきことは、城壁づくりと作物づくりの補助だ。
「できれば同時に私たちのレベルアップや武器・武具の機能向上も図りたい」
「レベルアップというのは? 僕には、まだマロネ村でやらなきゃいけないことがあるのですが……」
「もちろん聞いている。だが、それらが終われば、ジェイクも動けるはずだ。実際に魔物と戦いながら、レベルアップをしていきたい。たとえば、オルタ迷宮の下層まで潜ってみてもいいと思う」
「「……オルタ迷宮?」」
サラも僕と同じタイミングで驚いた。
サラにとっては帰りたくない故郷だろう。
また、下層は、人類未踏の地である。
僕たちがどこまで攻略できるのだろうか。
「ちょっと考えさせてください」
僕はカイルにそう答えることしかできなかった。
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