5.538年ぶりの勇者
その後、マロネの村の四人で大聖堂に向かった。
既に多くの子どもたちと、その親たちが入口から長蛇の列を成している。
子どもたちだけで、二~三百人くらいだろうか。
「大人になるための儀式」で親がついてくるのもどうかと思うが、跡取りの問題などが心配なのだろう。
洗礼はこの国の伝統の儀式で、《天啓》の能力を持った専門の神官が行う。
神官は、1月1日に各領都に赴き、この年に15歳になる者たちへ「天啓」の内容を伝える。
洗礼における「天啓」の内容とは、つまり、職業である。
洗礼を受けると、本人の脳内だけに、映像が浮かぶように「与えられた能力や技術」がわかるようになるらしい。
父さんたちにも尋ねたことがあるが、どのような仕組みなのか、うまく説明できないもののようだ。
たとえば、《ファーマー》を授かっても、農業だけとは限らない。牛や馬、豚や羊など、「与えられた能力」によって、専門分野が分かれるのだという。
僕が知っている生産系のものは、《ファーマー》、《プランター》、《グロワー》、《ブリーダー》など。
冒険者であれば、《ナイト》、《ウォーリアー》、《ファイター》、《ガード》など。
どちらでもやっていけそうなものは、《ハンドラー》や《テイマー》、《アルケミスト》などだ。
その他にも、鍛冶や金融・商売に関わるものなど、この国の15歳以上の者たち、つまり大人は、何かしらの専門的な能力や技能を有していることになる。
神様の気まぐれであっても、この世界がうまく回るようにできているのだから、やっぱりすごいと思う。
なかなか進まない行列から、大聖堂の入り口の方を見遣やっていると、
「「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」」
という腹に響くような歓声が聞こえてきた。
まもなく、大聖堂の出入口から二人の男性が飛び出し、一人は領主の館の方へ、一人は街の中へ消えて行った。
マロネ村のメンバーは、建物の外にいるため、全く大聖堂内の様子を伺い知ることができない。
カリナは、
「なに? 何があったの?」
と好奇心を抑えられない様子。
やがて、行列の前方から、ザワつき始めた。
「……だって!」
「なんと! 500年ぶり……!」
その時、バイロンが何かに気づいたらしく、
「500年ぶり、ってことは、今年の洗礼で、《勇者》が出たのか?」
バイロンが膝から崩れ落ちる。
無理もない。
バイロンは長い間《勇者》に憧れ、そうなりたいと願っていたのだから。
まして、二人も三人も《勇者》になれるはずがない。
この世界で、唯一の《勇者》だろうから。
直後、大聖堂から神官が現れ、落ち込むバイロンに追い打ちをかけるように、
「今年の洗礼において、538年ぶりに《勇者》が誕生いたしましたっ! 領主ボルドー様のご子息、カイル様に《勇者》の称号を授けられました!」
うおおおおおっ!
パチパチパチパチ
行列に並んでいた人々はもちろん、領都の人々も盛大に歓声をあげ、拍手をした。
人々の興奮が冷めやらぬ中へ、白馬4頭に牽かれた式典用の黒塗りの馬車がやって来て、大聖堂の前に止まった。
側面には、ボルドー辺境伯家の家紋があしらわれている。
馬車の周囲には、かなり屈強そうな領兵が付き従っている。
大聖堂から、爽やかな笑顔で、手を振りながらカイルが出てきた。
「ありがとう、ありがとう、みなさん。」
そう言いながら、馬車に乗り込む。
キャーーーッ
黄色い歓声があがる。
窓越しにも手を振り続けるカイル。
「素敵ねぇ」
街中の女性たちからため息がもれる。
馬車は、領主の館とは反対側へ向かった。
「あれ? どこに行ってんの?」
カリナが不思議そうにしていると、僕たちの後ろに並んでいた子どもの父親が、
「おそらく、国王陛下へご報告に出発なさったのでしょう」
と教えてくれた。
「そうなのね。やっぱり《勇者》ってレアだから、王女様の結婚のお相手ってことかしら……」
「カリナ、それは違うと思うわ」
すかさずユリアが否定する。
「たぶん違うよね。もっと大事なことだと思うよ」
と、僕たちが話をしていると、落胆していたバイロンが立ち上がり、
「カリナもこの国の《勇者》の伝説くらいは聞いたことがあるだろ?」
「えぇ、もちろん。《勇者》は三人の仲間と共に大魔王を倒すんでしょ?」
「あぁ、それだよ。昔むかし……」
なぜかバイロンが宙を見つめながら語り始めた。
昔むかし、神の洗礼を受け、一人の《勇者》が誕生した。
彼女の名前はアリス。
アリスは神官から恐ろしい事実を告げられる。
《勇者》の誕生と同時に、この世界のどこかに《魔王》も誕生した。
各地に散らばった神器、光の剣、光の盾、光の鎧を身につけ、《魔王》を倒して欲しい、と。
アリスは旅に出て、仲間と神器を探した。
旅は10年にも及び、その間に《魔王》は人間界へ侵略と蹂躙を続け、大魔王となった。
《勇者》アリスと仲間たちは、大魔王と剣を交えた。
とどめを刺す直前、大魔王の「お前に世界の半分をやろう」というささやきに心が揺れたものの、とうとう最後は大魔王をやっつけたのだった。
「どうだ、すごいよな?」
ぱち……ぱち……
周囲から、乾いた拍手が聞こえる。
バイロンは我に変えると、目の前にいたのは見ず知らずの親子や子どもたち。
ジェイクたちは、間もなく、大聖堂へ入ろうとしていた。
「おーい、待ってくれよーっ!」
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