49.死の石
「俺たち鍛冶師の間で、伝えれてきた昔話があってな……」
遠い遠い昔のこと。
勇者アリスが生まれるもっと前。
おそらく、この半島ができるよりももっと昔のことだろうよ。
その頃はまだ、人々は、自分が何の仕事に向いているかなんて、知ることもなかった。
洗礼なんて仕組みはなかったし、誰かが教えてくれるわけでもなかった。
それぞれの集落で、田畑を耕す者、家畜を育てる者、生活に必要な道具を作る者がいた。
今とは違って、その家族はずっと同じ職業だ。
それを世襲っていうんだな。
個人の適性なんか関係ない、カエルの子はカエルだ。
農家の子どもは、農家を継ぐし、鍛冶師の子どもは鍛冶師というわけだ。
そんな中、トンビがタカを生むようなことが起きた。
とある木こりの家族の話だ。
父親も母親も、木こりの家系で、子どもは、男・女・男と三人いたらしい。
上の二人は物心がつくと、すぐに両親の仕事を手伝い始めた。
それが当たり前だったからな。
ところが、末っ子のアタルだけは、木を切ることや枝を打つことよりも、斧や鎌や鋸にしか興味を示さない。
幼いアタルは、父親が斧を修理したり、鎌を研いだりする姿を見ては、キャッキャと喜んで真似をしていた。
アタルは、成長しても、鍛冶師の真似事しかしない子どもだったそうだ。
木こりの両親は、村の年老いた鍛冶師を訪ねた。
老鍛冶師には、一人娘がいた。
その娘が、他の村の鍛冶師の家へ嫁いでしまい、後継ぎがいなくて困っていた。
アタルの両親と老鍛冶師は話し合って、アタルを鍛冶師の養子とした。
それからアタルは、どんどん技術を吸収していく。
鍛冶師がやったことを、次の瞬間には完璧にこなして見せた。
鍛冶師は大喜びし、アタルも毎日毎晩一生懸命に働いた。
さらに、アタルにはすごい能力があったのだ。
金属を鋳溶かす炎も、金属を鍛造する炎も、全て最適な火力をコントロールできたらしい。
昔話だから真偽の程はわからねぇが、アタルは火の神の化身だったと言われている。
二人にとっては、鍛冶師として働くことが幸せだった。
そのうち、二人の評判が他の町や村にも伝わり、依頼も増え、店も大きくなった。
そんな二人のもとへ、見たこともない素材を手にした人物が現れた。
「これを使って、剣を打て。暗闇を照らす一筋の光とならん」
その人物は、そう言うとすぅっと消えていったらしい。
老鍛冶師とアタルは、仕事が終わると、毎晩その素材の研究をした。
最適な温度、最適な割合、打ち叩く回数など、気が遠くなるほどの試行錯誤を繰り返した。
そうして、ようやく一本の剣を作り上げた。
二人の努力の結晶とでも言うべき、その剣は、ロウソクのような弱い光さえも、太陽の光のような明るさで反射させたらしい。
そして、その剣は「光の剣」と名付けられた。
ところが、鍛冶師の娘と夫が、その噂を聞きつけ、二人の研究ノートと光の剣を強奪していった。
その後まもなく、鍛冶師は死んでしまう。
高齢と、娘に裏切られたショックでな。
アタルは鄭重に養父である鍛冶師を弔い、その夜、注文されていた商品を一晩ですべて打ち上げ、誰にも行き先を告げずに去ったそうだ。
***
「ふん。なんか聞いたことがある話ね。それで、どうしてほしいの?」
サラが素っ気なく言う。
「俺も鍛冶師の端くれだ。鍛冶師になったからにゃ、一生に一度は光の剣くらいの業物をこさえてぇ。だからよ、俺に炎をコントロールする力を分けてほしいんだ! 頼む! このとおりだ!」
マゴローさんは、テーブルに額をこすりつける。
サラが少し困ったような表情で、僕の顔を見る。
「マゴローさん、頭を上げてください!」
「あのね、火をコントロールする力は、そもそも人間は手にできないの。きっと、そのアタルっていう人は、火の神様からの直接寵愛を受けたか、ジェイクと同じように精霊と契約をしたんじゃないかしら? オルタ迷宮の深層に潜れば、精霊と契約できるかもしれないわよ?」
「どれくらいの深さなんだ?」
「うーん……まだ、人間が足を踏み入れてないくらいのところ!」
マゴローさんはがっくりとうなだれ、
「はぁぁぁぁ……」
と深いため息をつく。
今度は僕が、サラの顔を見る。
(どうにかしてあげられない?)
「ただ、方法はないことはないのよ? これ、なんて言うの?」
「熔解炉か? 熔解窯のことか?」
マゴローさんが顔を上げて、目をキラキラと輝かせ始めた。
「そう、その大きい方が、超高温でも耐えられるようにするくらいなら、手伝ってあげてもいいわ?」
「ああ! ありがてぇ! で、どうすれば良いんだ?」
「ベーマイトって知っている? ギブサイトでも良いけど?」
「……あぁ」
マゴローさんのテンションが急激に下がった。
「マゴローさん、どうしたんですか?」
「ベーマイトもギブサイトも、死の石って言われてんだよ……」
「死の石?!」
「そうよ。人間が手にすると、必ず命が短くなるのよね?」
サラが飄々と言うので、僕は背筋が寒くなった。
「……そうだ! 石ってことは、探して掘り出せば、いいんですよね?」
「アンタバカじゃないの? 死にたいの?」
「おまえバカじゃないか? 死にたいのか?」
ほぼ同時に、二人に怒鳴られた。
「なんか、すみません……僕も、なんか良い方法を探してみます……」
その後、マゴローさんには普段の仕事に戻ってもらうよう話をした。
帰り際に、マゴローさんから「あまり、無茶なことをするんじゃねぇぞ!」と言われてしまった。
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