48.腕をつかんだだけなのに
トマトとトウガラシ、トウモロコシをカナン商会に納入し、久しぶりに、マゴローさんの鍛冶工房に顔を出す。
「こんにちは!」
と声をかけると、今年から見習いで雇われているフィリーという女性が店先に顔を出した。
「あ、こんにちは……」
ん? 何か表情が暗いな……
「どうかしましたか? マゴローさんはどちらですか?」
「師匠なら、一週間籠もりっきりだよ……まったく、だれかさんが持って来た石のせいだよ……」
皮肉たっぷりにフィリーさんが言う。
「すみません。ちょっとマゴローさんにお会いしたいのですが……」
「奥の炉の所にいるから、行ってみな。たぶん、話しなんてできやしないだろうけど!」
フィリーさんが親指をあげて、工房の奥を指す。
「ありがとうございます」
僕はそう言って、奥へ向かった。
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……
マゴローさんが真っ赤に燃えている炉に向かって何か呟いている。
「マゴローさん?」
「燃えろ萌えろもえろエロエロエロ……」
近づいて耳を澄まして聴くと、呪文のように同じ言葉を繰り返す声だった。
僕は思い切って、マゴローさんの袖を引っ張る。
「うをいっ! 驚かせやがって! 誰だ! 邪魔すんじゃねぇ!」
黒い丸眼鏡のようなものをつけたマゴローさんが、怒鳴りながら振り返る。
「こんにちは。ジェイクです!」
「おお! ジェイクか! すまねぇが、今ちょっと手が離せねぇんだ!」
「どうしたんですか? 変な呪文を唱えていらっしゃったようですが……」
マゴローさんは丸眼鏡を外しながら、
「この炉は、鉄でも、銅でも、お前が持って来てくれたほとんどの鉱石を溶かすことができるんだ。ただ、唯一、ウォル……なんとかってヤツだけは、真っ赤になるだけで、溶けてくれねぇんだよ! きっと、温度が低いからだろうと思うが、俺にはこれ以上の炉は作れねぇ! 火の神様でも降りて来てくれねぇかと祈ってたところだ……」
マゴローさんは、再び黒い丸眼鏡をかけて、
「燃えろ萌えろもえろエロエロエロ……」
と呟き始めた。
(ねえ、サラ、なんとかできない?)
僕は小さな声で、ポケットの中でソワソワしているサラに声をかけた。
「なんとかって何よ? いつもどおり、イメージしてくれたら、その通りにやってあげるわよっ?!」
(あ、そういうことか……)
僕は、炎の温度が高くなるようにイメージする。
離れた場所にいる僕にも熱気が襲ってきた。
「うわっ! ヤバいぞ、こりゃあ! ジェイク、逃げろ!」
マゴローさんがそう叫ぶと、炉も窯も赤熱し始めた。
しかし、マゴローさんは、じっとその場を離れようとしない。
「こっちが先に溶けちまいそうだぜ!」
「ジェイク、これ以上やると、この辺り一帯が溶けるわよ? いいの?」
(いや、よくない……サラ、一度、止めてくれる?)
「あれ? どうした? 温度が下がってやがる! 燃えろ萌えろもえろエロエロエロ……」
マゴローさんが慌てて、意味不明な呪文を唱える。
しかし、みるみるうちに炎の勢いが小さくなっていき、窯の外側から変形し始めた。
「こんなんじゃ、さっきの温度に耐えられるはずないじゃん! どうせ壊れそうだから、私が消すわよ?」
(ああ、頼む!)
すると、先ほどまで激しく燃えていた炎が一瞬で消えた。
急激に冷えた窯や炉は、テチテチという独特な音をたてながら、縮み、歪んでいく。
「ああああ……また失敗か……」
ガックリと肩を落とすマゴローさん。
「あの、マゴローさん?」
「……なんだ?」
「僕にはよくわからないので、火の精霊に話を聞いてみませんか?」
「あっはっはっは! おいおい、ジェイク、熱でおかしくなったのか?」
「何よ! あんた、ジェイクを馬鹿にする気?」
もちろん、サラのクレームは、マゴローさんには聞こえていない。
僕は、左手の手のひらにサラを乗せ、マゴローさんの赤茶けた、太い手首を右手で掴む。
「!!!」
マゴローさんは、サラを見て、顎が外れんばかりに驚いている。
「な、なんだ、こりゃあ?」
「私が火の精霊よ! 文句ある?」
「名前は、サラと言います。オルタ迷宮からやって来たようです」
「へ? じゃあ、しばらく前に、サラマンダーが逃げ出したってのは、本当だったのか?」
「別に、逃げ出したわけじゃないわよ! 失礼だわ!」
「……本当のことです」
ズザザッとマゴローさんが跪く。
「お願いだ! 俺に力を貸してくれ!」
「マゴローさん、あそこのテーブルの所で話しませんか?」
僕は、工房の中庭にあるテーブルを指さす。
テーブルの上にサラを乗せ、マゴローさんと横並びで椅子に座る。
サラの姿と声は、僕に触れた人しか見られないようなので、再び、僕がマゴローさんの太い腕を掴む。
様子を見に来たフィリーさんは、小さな声で「うげっ」と言って、店先に戻って行った。
サラは、チラリと僕の顔を見る。
僕は、黙って頷いた。
「この私に、何を望むの?」
サラがマゴローさんに尋ねる。
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