47.試食会(2)
「あっ! ふぅりんだけズルい!」
「申し訳ありません! 会長! マーシーさん!」
バイロンが暴れ馬に引きずられながら、入ってきた。
例の姉妹はさすがに申し訳なさそうにしている。
「あら、貴女方のことは、よく存じておりますわ」
エリスさんが商売人モードになる。
「会長、本当に申し訳ございません!」
平謝りのバイロン。
そりゃそうだ。
商談の席に第三者が乱入しているのだから。
営業中の店でも、こんなに騒がしいのは、マズイだろう。
ゴツン!
ミリアさんは、いつも以上に重いゲンコツをカリナにお見舞いする。
この場の空気を察したようだ。
「カナン会長、ウチの者が大変無礼な振る舞いをしました! 代表者として、お詫び申し上げます!」
ミリアさんは、エリスさんに最敬礼をしている。
その後ろでは、ユリアも小さくなってしまっている。
ようやく自分の立場を理解したのか、カリナも頭を下げた。
「さすが、名だたる女騎士ミリアさんね……貴女も大変そうね」
「は、申し訳ございません。私の監督不行き届きでございます!」
「マーシー、騒がしくしてごめんなさい、この娘たちの分は、何か作れるかしら?」
「いや、それは……」
バイロンが言いかけると、
「バイロン、あなたの幼なじみなんでしょ? ここで追い返すわけには参りませんよね?」
「は、はぁ……」
バイロンは困惑顔だ。
「さっすが……」
ゴツン!
間髪入れずに、ミリアさんのゲンコツが落ちる。
「いや、今日は、ここで失礼させて……」
「俺はかまわないぜ! あのミリア嬢が食べてくれるんなら……あとでサインくれよな?」
「ご主人、本当に申し訳ない」
ミリアさんは、謝りっぱなしだ。
エリスさんと僕、サラは、そのまま店の真ん中のテーブルに座る。
バイロンとフリンと冒険者たちは、入口側のテーブルにひっそりと座った。
***
「これは、干し肉で出汁をとって、トマト、タマネギ、芋と一緒に煮込んだもの。それは、ダイコンと魚のアラを煮込んだもの、あの麺の上にかかっているのが、トマトとトウガラシとひき肉を煮込んだものだ」
ジュルリ
もう一つのテーブルから聞こえてくる。
「ちゃんとあるから、ちょっと待ってな!」
マーシーさんにまで気を遣ってもらって、僕は、かなり恥ずかしくなってきた。
「ふむ、ジェイクさん、先ほどマーシーが言っていたように、トマトという野菜の可能性は、かなり広がりそうね」
「そのようですね。生でも良し、煮ても良し、調味料としても優れものですね!」
「わたくしどもカナン商会が主体となって、大規模な農地経営を計画しています。まだまだ、青写真の段階ですが、いま少しジェイクさんのお力もかりながら、先行きが見えてきたら、ご領主タイゼン様にもご相談にあがる予定です」
エリスさんは、あのときのことを「ただの口約束」としてではなく、本気で、着々と準備してくれていたようだ。
「マジでうまいぜ、これ!」
「ガツガツガツガツ」
「「「モグモグモグモグ」」」
マーシーさんが持って来てくれた食事にがっつく五人。
確かに美味しいけど……あれは……
「ふふふ、あなたも大変ね!」
エリスさんがウインクする。
「本当に申し訳ありません……」
トマトのスープは、透き通っていて、優しい味付けになっている。
トウモロコシのスープは、甘味があるやわらかさだが、トマトのスープは、タマネギも干し肉の旨味にも負けていない。
ダイコンに魚のエキスが染み込んで、しっかりと味がついている。
生のままでは、辛みがあったが、煮込むと甘味が出てくるようだ。
きっと煮物に合う野菜なのだろう。
トウガラシは、アクセントをきかせる調味料だ。
トマトとトウガラシとひき肉を煮込み、麺と絡ませて食べると、辛さが後をひき、食欲が増す。
「おかわりっ!」
ゴツン!
三度目のゲンコツ。
村で想像していた通りの展開だ。
先日、カリナがウチでトウガラシを食べて大騒ぎをした後のこと……
――ねぇ、このトウガラシって、少しもらって帰ってもいい?
僕は、カリナならトウモロコシを欲しがるだろうと考えていたのだが、あれだけ大騒ぎをして、まさかトウガラシを欲しがるとは思わなかった。
ユリアに聞いたところ、カリナがトウガラシを持って帰った理由が2つあるらしい。
一つは、運動しなくても汗が出るから、痩せられるだろう、ということ。
もう一つは、刺激的な辛さの虜になり、母親が作るすべての料理に、トウガラシを入れているらしい。
最初は嫌がっていた母親も、積極的にトウガラシを入れるようになったという。
マーシーさんが作った、トマト&ひき肉&トウガラシのソースに、カリナが反応しないはずがない。
「エリスさん、トマトもそうですが、トウガラシの需要も高まりそうですね?」
「ええ。そう思うわ。ただ、普通の農家さんが作る品質は、それなりにしかならない……一方で、ジェイクさんが作るものは、かなり高品質なの」
「ありがとうございます……でも、すべてを作るのは難しいかもしれません」
「そうね。当然ですよ。だからこそ、大規模な農地で、それなりでも、安定して市場に出せなければ、意味がないのよ」
「そういうものなんですね……」
「そりゃそうさ! 『次にこの料理が作れるのは、いつかわかりません』じゃあ客商売はできないからな!」
マーシーさんの言う通りなのだろう。
「でも、そのためには、こうやってジェイクさんが提供してくださる作物を、きちんと価値判断をしないといけないわ」
「そうですよね。誰でも作れる作物は安くなりますし、作るのが難しいのは高くなりますからね……」
「例えば、オオバは領都周辺でしか消費されませんが、かなりの売り上げになっております。ショウガは、王都を中心に需要が広がっております」
バイロンがやってきて、説明してくれた。
「今では、そのほとんどが、わたくしどもカナン商会の手を離れて、商業ギルドが供給元になっていますの……でも、ジェイクさんのおかげで、良い商売をさせていただきましたわ! どうぞ、これからもご贔屓に願いますわね!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします! あの、また新しい作物に挑戦しても大丈夫でしょうか?」
「ジェイク! トウモロコシは?」
マーシーさんが泣きそうな顔をする。
「もちろん、キャベツ、キュウリ、トウモロコシは、僕が作りますよ?」
「新しい作物も魅力的ですが、しばらくは、その三種類とトマトとトウガラシをお願いできないかしら? あのお嬢さんも、トウガラシに目がないみたいだし……」
ふと目をやると、カリナが皿まで舐めていた。
ワイルドだなぁ……
「あはは……わかりました」
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