39.火の精霊
キュウリとキャベツをカナン商会に納め、早上がりを許されたバイロン、ミリアさん、ユリア、カリナ、スイと空の荷馬車でおしゃべりをしながら領都を歩いていると、冒険者らしき人が走って来た。
「大変だぁっ! サラマンダーが逃げ出して、領都に向かっているらしいっ!」
「ボブさん?」
ミリアさんがその男に声をかける。
「あっ! ミリア嬢! 大変なんだよ!」
「ボブさん、落ち着いてください。何があったんですか?」
「お、オルタ迷宮から、サラマンダーが逃げ出したんだ! アイツが動き回るたびに、草や木に火をつけて行きやがる! 手分けして消火活動をしているが、どうも領都に向かって来ているらしいんだ!」
「ミリアさん、サラマンダーって?」
好奇心女王カリナが尋ねる。
「あぁ、サラマンダーは火の精霊とも言われている。私も見たことがないのだが、身体中に炎をまとった大型のトカゲのようなものらしい。普段は、オルタ迷宮の下層に住んでいる、と聞いていたんだが……」
「あぁ、ミリア嬢の言う通りだ! と、とにかく、討伐しないと、領都の森も街も燃やし尽くされちまう!」
うなずくミリアさん。
「バイロン君、ジェイク君、君たちはココで待っていてくれ!」
そう言うと、三人はすぐに駆け出して行った。
「バイロン、ちょっと気になるから、僕も行って来るよ。スイを頼んだよ! スイも、おとなしくしてるんだよ?」
「あ、ああ……」
「ご主人様! お気をつけて!」
僕は、領都の森へ向かって走った。
***
北の方角から煙が立ち上っているのが見える。
たしか、オルタ迷宮がある方角だ。
炎を身にまとっているならば、きっとすぐにわかるはずだ。
ボブという冒険者が言っていたように、あちこちを燃やして、炎の道ができるだろう。
煙も炎も見えないし、今のところ、この辺りまでは近づいてはいないようだ。
森の奥へと歩を進める。
ガサッ、ガサガサッ
草むらから音がする。
僕は、ナイフを手に持って身構える。
ガサ、ガサッ
こちらへ近づいて来ているようだ。
ガサッ
草むらから、子犬くらいの大きさの赤いトカゲが顔を出した。
そのトカゲは、僕がナイフを構えているのを見て、
キィーーッ!
と、ひと鳴きすると、突然、大型犬ような大きさになり、身体中に炎をまとった。
どうしよう……とりあえず(給水!)と念じてみる。
大量の水が放出される。
ギィーーッ! ギィーーッ!
その水がサラマンダーにかかり、サラマンダーが苦しそうにのたうちまわる。
[飼育調教(中)]
僕の目の前にスキルが映し出された。
スキルがレベルアップしているようだ。
(調教!)
と念じたものの、
――精霊ハ調教デキマセン
「……仕方ない。じゃあ、飼育っ!」
そう言うと、サラマンダーの身体から火が消え、だんだん小さくなっていく。
給水、というより、放水を止めてみた。
大人しくなったサラマンダーを見ていると、あの声が聞こえてきた。
――名前ヲ決メテクダサイ
「サラマンダーだから……サラ!」
光を放ちながら、子犬より一回り小さな、手に乗せられるくらいのサイズまで小さくなっていった。
「なんで、アンタはそんなことができんのよ?」
どこからともなく声が聞こえる。
「!」
カリナがいるのかと思い、辺りを見回す。
「どこ見てんのよ?」
「え?」
目の前には、トカゲではなく、小さな人型の「なにか」がいる。
気持ち悪いので、後ずさる。
「え? 待って! 置いて行かないでよおっ!」
チョコチョコとこちらへ近づいてきた。
「うわっ!」
「『うわっ!』って何よ! 人をこんな身体にしておいて!」
「こんな身体って、君は、サラマンダーなの?」
「なんでその名前で呼ぶのよ?! さっき……かわいらしい名前をつけてくれたのに……」
「さ、サラ?」
と僕が呼ぶと、人型なのに、身体中にボッと火がついた。
「な、なによ! に、人間のくせに、呼び捨てする気?」
「さ、サラさん、でいい?」
と言うと、炎が小さくなる。
「なんで、主人が、さん付けするのよ!」
めんどくさいな。
たぶん、[飼育]の効果で、人型になったのだろうが、よくわからない性格をしているようだ。
どう扱えばいいのだろう?
「サラ、君は火の精霊だね?」
「ええ、そうよ。文句ある?」
「オルタ迷宮からやってきたのかい?」
「そ、そうよ。人間のくせに、詳しいじゃない!」
「迷宮に連れて帰ろうか?」
「それは、イヤ!」
「じゃあ、これからどうするの?」
「アンタが、責任持って、面倒を見てよね!」
「責任取れって言うなら、オルタ迷宮に連れて行って、解除するよ?」
グス、グス……
泣いてる??
手のひらにサラを乗せ、
「な、なんで泣いてるんだよ?」
「だって、アンタが酷いこと言うから……もう、迷宮には戻りたくないのに……うぇーん!」
どうしたらいいんだ?
「え? ジェイク君? こんなところで何をしているんだ?」
ミリアさんを先頭に、ユリア、カリナはもちろん、腕っぷしの強そうな冒険者たちがぞろぞろとやってきた。
僕は、あわててサラを服の内側に入れた。
「あ、いや、ミリアさんたちが戻ってこないので、探しに……」
「ジェイク、誰かと話してなかった?」
カリナが鋭い質問をする。
「いや、独り言だよ、森の中で、ちょっと心細くなってきちゃって……」
男の冒険者たちが、僕を睨む。
不審者と思われているのかもしれない。
「あ、じゃあ、みんな大丈夫そうだし、領都に戻って、待ってるね!」
僕は、そう言い残して、ダッシュで森を出た。
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