36.(目→鱗)
セロリを植えていたところに、芋類を植えようと思い、スキルを確認していると、毒抜きや灰汁抜きをしなければならないものがあった。
コンニャクイモやキャッサバという芋類は、処理が難しそうなので、カンショという名前の芋を選んだ。
そういえば、今まで両親が育ててきた芋はなんて言うんだろう?
(トゥダオまたは、マーリンジウという芋じゃ。馬鈴薯、ぽ・ていとぉう、あるいはジャガイモとも呼ばれておる)
シンノウさんが、いろいろな呼び方を教えてくれた。
芋類だけでもたくさんあるのに、呼び方まで覚えられるだろうか?
僕としては、今まで、芋と呼んできたから、ジャガイモがしっくりくるかもしれない。
(土壌改良)
(自動施肥)
を念じながら、畑の一区画を耕していく。
――種カンショを植えますか?
もちろん、はい。
耕し終わり、湿らせる程度に雨を降らせた。
ゴルリディア蝶に暴れられたせいで、キュウリとキャベツを再び作り直さなければならなかった。
キュウリの畑には、細い柱を立て、蔓が伸びるようにし、キャベツの畑は畝の間の溝を深く掘って、水浸しにならないように工夫した。
キュウリやキャベツを料理してみてわかったことだが、キュウリは生で食べるのが一番だ。
美味しく食べられる調理法を知らないだけだが、キュウリは、塩をつけてかじるべきだと思う。
キャベツは、生のまま刻んだら、ワイルドボアのステーキとうまくマッチした。
他にも、キャベツにちょっと焦げがつくまで焼いたり、炒めたりすると、とても食べやすかった。
茹でるだけだと、決して美味しいとは言えないが、お肉などと一緒に煮込むと、味が染みて美味しいかもしれない。
***
「エリスさん、以上が僕なりに考えた調理法です」
今、カナン商会の応接室の机の上には、多少萎れたオオバとセロリ、まだみずみずしさが残るキャベツとキュウリ、ショウガの塊が置いてある。
エリスさんは、じっと腕を組んで考え込んでいる。
「あの……会長?」
バイロンが心配そうに声をかける。
「大丈夫よ」
エリスさんが、右手を挙げる。
「失礼しました。ジェイクさん……さて、もう、正直に申し上げましょう……」
「「?」」
僕もバイロンも首をかしげる。
「わたくしのスキルをもってしても、これらの作物の価値が、はっきりとわからないのです。わたくし自身、戸惑っております」
「それは、申し訳ありません」
「いえ、決してジェイクさんの責任ではございません。わたくしの不徳の致すところです……これまで、多くのものを口にしてきたつもりでした。まだまだ修業が足りなかったようです」
「……」
エリスさんに、そのような言葉を言わせたかったわけではない。
今後の作物の方向性を考えるために、相談しにきたのに……。
「ジェイクさん、そんな顔をなさらないでください!」
エリスさんは、はっきり力強く言う。
「わたくしは、自らの不甲斐なさを恥じてはおりますが、これほどのものを見せていただき、商売人としての魂に火をつけられたのですよ、ジェイクさん、あなたのおかげで!」
「いえ、そんな……」
「先ほど、ジェイクさんが仰った料理を食べてみようと思います! バイロン、臨時休業の札をかけて、マーシーの店を貸し切ってきて頂戴!」
「はい、かしこまりました。会長!」
バイロンは、滑らかな動きで、応接室を出ていった。
「あの、エリスさん?」
「心配なさらないで。マーシーは料理の腕も、口の堅さも、どちらも信頼できる男です。ジェイクさんも一緒に来ていただいて、これからのことをお話ししませんか?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
***
「……お、オレの負けだ」
マーシーさんが、まな板の上に両手をついてうなだれている。
「あら、マーシー、珍しいじゃない! あなたが敗北宣言なんて!」
僕とバイロンも、テーブルの上にある様々な料理に舌つづみを打っていた。
「マーシーさん、本当にうまいですよ! 俺、マジで感動してます!」
バイロンの地が出てしまっている。
提案した僕自身、ビックリするくらい本当に美味しいのだ。
ワイルドボアの脂身をオオバで巻いて焼き上げたもの。
キュウリを薄切りにし塩でもんだもの。
臭みの強い動物や魚の肉が、ショウガやセロリによって、見事に食べやすくなったもの。
などなど……。
マーシーさんが涙を拭いながら、
「オレは慢心してたよ、エリスさん。世の中には、こんなにすごい食材があることを知らずに、偉そうに能書きたれてた……」
「マーシー、実は私もよ……いっぱしの商人でいたつもりだったけど、今日からはまた新たな気持ちで取り組むつもりよ?」
エリスさんも地が出てしまっているようだ。
人生の先輩方に、申し訳ない。
「お前、ジェイクと言ったか?」
「はい」
「お前のおかげで、新しい世界が開けたよ! ありがとな!」
マーシーさんは、僕の手を強く握ってくれた。
***
食事の後、エリスさんが話してくれたことは、
・庶民の食事は、芋や麦など、安価で腹に溜まるものが好まれる。
・栽培しやすいオオバやショウガは、知り合いの農家に紹介して栽培してもらい、販路を広げる。
・ある程度裕福な人は、オオバ巻きやセロリスープなど、酒を飲みながらのつまみなどとして食べるだろう。
・生で食べる習慣がないため、ボルドー辺境伯領で、食文化として根付くまでに時間がかかるだろうが、キャベツやキュウリなどはマーシーや仲間の料理人がメニューとして採用してくれる。
その結果、しばらくの間、カナン商会にはキュウリとキャベツを納入してほしいと頼まれた。
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