1.門出
10月42日の早朝。この年の最後の日の朝。
あの日から1年あまりが過ぎた。
まだ夜が明けきれないマロネ村の広場には、僕と同じく、翌年に15歳になる4人の子どもたちが集められていた。
4人の中でいちばん身体が大きなバイロンが、
「俺は《勇者》になりたいなあ。そしてミリアさんのパーティーに入れてもらうんだ!」
「たとえ《勇者》の洗礼を授けられても、ミリアお姉様は、あんたなんか相手にしないわ」
そう言って、気が強いカリナがバイロンにかみついている。
ミリアはユリアの姉で、5年前の洗礼で《ナイト》を授けられ、領都でも知らない人がいない優秀な冒険者となっていた。
村一番の美人で、僕の初恋の人だった。
いや、村中の男の子たちが恋心を抱いているに違いない。女の子でさえ、憧れる女性だ。
「カリナはどんな職業がいいの?」
とユリアが聞くと、カリナは待ってましたとばかりに、
「私は、ぜ~~ったいに、美しさを手に入れる! 美の神の力を授けていただきたいの! そしてミリアお姉様と一緒に領都で稼ぐわ!」
「なんだよ、それ……」
バイロンが呆れている。
「それじゃあ、君たち、出発しようか」
領都から派遣された領軍の兵士が声をかけてきた。
毎年行われる洗礼の儀式のために、2人の兵士が、「まだ」未成年の僕たちを引率してくれる。
辺境伯領に点在する小さな町や村に、14歳の子どもがいれば、道中の安全のために、必ず領兵が派遣される。
今、僕たちを引率する兵士たちも、洗礼の儀式の前に連れて行ってもらったはずだ。
そして、成人して村へ戻ったり、他のところで職に就いたりしてきたのだろう。
そうやって伝統が受け継がれていくのだろうな、と少し感傷的になってしまう。
村を出てしばらくすると、年配の領兵が、
「今年は、ボルドー様のご子息カイル様も洗礼をお受けになる。粗相のないようにな」
「「「「はーい」」」」
カリナが領兵に聞こえないように、
「カイル様って、とっても気さくで、素敵な方なんでしょう? 是非一度お目にかかってみたいわ!」
「あー、父ちゃんが領都に行商に行ったときに、ふつうに市場で買い物してたらしいぜ」
バイロンの両親は《プランター》の洗礼を受けており、大規模な農業を得意としていたため、街へ作物を持って行くことが多いのだろう。
カイル様だけでなく、ボルドー伯自身も、ふらっと市街地に顔を出して、領民の生活の様子や困っていることがないかを視察しているらしい。
そのような噂は各地方にも伝わっており、不世出の領主として称えられていた。
「ジェイク、緊張してるの?」
ユリアが尋ねてきた。
「うん、まぁ、ちょっとね。」
「ジェイクはがんばってたから、きっと冒険者になれるよ!」
「うん、ありがとう。《戦士》でも《魔術師》でも《斥候》でもいいから、冒険者としてふさわしい洗礼を授かりたいんだけど……」
「だけど?」
「父さんも母さんも《ファーマー》だったから、僕は、本当に、冒険者になれるのかなって……」
ユリアとの会話に若い領兵が加わった。
「おまえ、ジェイクっていうのか? 俺んとこも、両親が《フィッシャーマン》だったんだけど、漁師の跡継ぎにはなりたくなくって、洗礼を受けたら《ガード》をもらっちゃって、今じゃこんなことしてるぜ」
「じゃあ、両親の仕事は関係ないんですか?」
「親と同じ職業になるやつもたくさんいるけど、そうじゃないやつもいるってことだ。洗礼ってのは、神様の気まぐれだからな……どうなるかわからないことにビビっても仕方ねぇだろ?」
若い領兵は、僕の背中をポンッとたたいた。
「あれ? おまえ、結構しっかりした身体してんじゃん!」
「ジェイクはすごいんですよ! 一年くらい毎日、雨の日も風の日も耕し続けてきたんですからね! きっとそこらの冒険者よりもすごいんですから!」
急に歯が浮くようなこと言い始めるユリア。
「いや、ユリア、僕はそんなんじゃないって……」
「ねぇ、バイロン、なんでジェイクってあんなに残念なの?」
カリナが小声で聞くと、
「あぁ、真面目なやつなんだけどな……」
バイロンもつぶやき返した。
僕たちは、領都までの道を進んでいった。
この先に待ち受ける魔物のことなど、全く思いもよらずに。
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