0.ものがたりのはじまり
新しい作品を書き始めました。
みなさん、どうぞよろしくお願いします。
「泣いていいんだよ」
「……」
肩をふるわせる少年に、少女がそっとハンカチを差し出した。
領都からやってきた神官が、葬送の祈りを捧げる。
神官の祈りの後、村の男たちが棺に結ばれたロープを持ち、二つの棺を地中にゆっくりと下ろしていく。
ロープから手を離した男たちは、その手を胸に当て、一言、二言つぶやき、スコップを手にとって掘り出した土を棺の上にかけはじめる。
「うわぁぁぁぁ」
少年は跪き、地面を拳で殴りつけながら大きな声で叫んだ。
マロネ村に住むすべての人々は、この少年に突然訪れた不幸を哀れんだ。
***
どれくらい時間がたったのだろうか、木で作られた小さな墓標の前には、その瞳に強い意志を宿した少年とシクシクと泣き続ける少女が座っていた。
「ありがとう、ユリア。僕はもう大丈夫だよ」
「……でも」
「……うん。父さんも母さんも亡くなってしまったことは悲しいよ。そして、二人を襲った魔物も憎い!」
少年は立ち上がり、服についた土を払った。
「だけど、父さんも母さんもいつも『前を向きなさい』と言ってくれたから、前を向くしかないんだ」
「……ジェイクは強いね」
「いや、ぜんぜん強くはないよ。僕に力がなかったから二人を死なせてしまった。だけど、来年は洗礼を受けられる。洗礼を受けて、力の神様に認めてもらって、冒険者になろうと思うんだ」
「あー、わかった! ミリアお姉ちゃんと一緒に冒険しようと思ってるんでしょ!」
ユリアが勢いよく立ち上がって、ジェイクに突っかかる。
「あ、いや、そんなこと、ないよ。」
ユリアが生温かい目でジェイクを睨む。
ユリアは服についた土を払いながら、
「ジェイクは、もう、おじさんたちみたいに麦を作ったり、芋を作ったりはしないの?」
「来年まではがんばるよ、そうしないと食べていけないからね」
「そっか。じゃあ、あたしが《ファーマー》か《グロワー》になってジェイクの……」
だんだんと声が小さくなっていくユリア。
「え? 僕がなに?」
再びジェイクを睨むユリア。
「なんでもない!」
頬をふくらませて墓地から出ようとするユリア。
「どうしたの? 一緒に帰ろうよぉ」
ジェイクは慌ててユリアを追いかけた。
***
数日後、搬送や埋葬を手伝ってもらった村の人々に挨拶をし、ジェイクは家の裏にある畑に出て、鍬をふり下ろしながら、
「がんばって、耕して、力を付けて、冒険者に、なるんだ!」
とその胸に決意を刻んでいた。
ジェイクが住むマロネ村はボルドー辺境伯領のはずれにある、人口50人ほどの、ごく小さな村である。
辺境伯領は土地が広く、この村から領主タイゼン・ド・ボルドーが屋敷を構える領都までは、徒歩か、ロバに曳かせる荷車などを利用して、1日かけて移動するしかない。
整備された街道は、ところどころに休憩エリアがあり、常時魔物は駆逐されているので、「ジェイクの両親は本当に不運だった」とマロネ村の人々は口々に言い合っていた。
1週間あまり前、ジェイクの両親は、収穫した作物を領都まで売りに出かけ、戻ってくる途中に魔物に襲われた。
村では収穫できない肉や野菜と自分たちの作物とを交換をしたり、購入した日用品などを荷車に載せて戻ってきていた。
両親はもとより、ロバも襲われたため、傷ついた荷車といくつかの日用品だけがジェイクの元に届けられた。
ボルドー辺境伯は、領民が魔物に襲われたという一報を聞きつけると、すぐに冒険者ギルドに「街道の魔物討伐」を依頼した。
家族ぐるみでつきあいのあった、ユリアの姉である冒険者ミリアもすぐに駆けつけ、ジェイクの両親の仇をとった。
ミリアから話を聞いたユリアによると、普段、街道で見かけることのない、メガティガーという、凶暴な肉食の魔物が現れたとのこと。
なぜ大型化した凶暴な魔物が現れたのか、ギルドと辺境伯領軍の斥候部隊が原因を調査しているという。
いつもであれば、街道に出てくる魔物で、最も恐ろしいといわれているのはワイルドボアだが、直線的な動きしかしないため、あえてその進路を妨害しなければ、人間が襲われることはなかった。
晴れた日に、馬車など利用すれば、領都まで子どもを連れ行くこともできた。
「ふつう」だったら、貴族たちは、なんの利益にもならないことに自軍を派遣したり、ギルドに金を落とすようなことなど考えられない。
この世界にも、私腹を肥やすことだけを考え、選民思想のカタマリのような貴族が多い。
しかし、タイゼン・ド・ボルドー辺境伯は、洗礼を受けた際に《智者》という権能を与えられ、非常に優れた政治手腕を発揮していた。
立派な屋敷に住んではいるが、贅をこらした家具や装飾よりも、村や道路などのインフラ整備、治療所などの社会福祉を重視している。
領都のような市街地では、農業や畜産などをすることができないため、辺境伯は、《ファーマー》や《ブリーダー》など生産系の洗礼を受けた者たちのために村を作り、街道を整備した。
そのようなことが可能なのは、辺境伯領は広大な土地に地下迷宮や鉱山などを多数有しており、その利益を領地運営に充てているためだ。
したがって、他の貴族領とは異なり、年貢や税金といった上納金制度はない。
庶民にとっては非常に暮らしやすい環境にあった。
「がんばって、耕して、力を付けて、冒険者に、なるんだ!」
その日から毎日、ジェイクは畑に出て仕事をした。
土を耕し、種を蒔き、水を撒き、草を刈り、農作物を大切に育てた。
収穫したものは、村の人々が他の作物と交換したり、街へ持って行って販売してくれたりした。
ジェイクが洗礼を受けていないため、つまり未成年であるため、売りに行くことができなかった。
洗礼とは、毎年1月1日に領都の大聖堂で行われる「成人の儀式」だ。
新しい年に15歳を迎える子どもたちが、洗礼を受けた後は大人として扱われる。
特殊なスキルを持った神官が、子どもたちに授けられる力を、神の啓示をとして受け渡す。
実際には、本人にしかスキルはわからないため、神官は、大まかな職種を伝えてくれるという。
ジェイクの両親は、《ファーマー》として洗礼を受け、農作物の育成に特化したスキルを有していた。
そのため、両親の遺産は、小さな家とその裏の農地だけであった。
それでもジェイクは、愚痴や泣き言を言わずに働き続けた。
マロネ村に住む誰もが、この不幸な少年ジェイクが立派な冒険者になれることを願ってやまなかった。
「神様、あたしに《ファーマー》の洗礼をお授けください。そして、彼と添い遂げさせてください……うふふ、きゃっ!」
そう言うとユリアは布団を頭からかぶり、ベッドの上で一人、身もだえしていた。
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