8 変身
「お待たせしました」
一応、余所行きの服装をする。いくら魔法で姿形を変えられるとはいえ、なんとなく、自分でできる部分は自分でしようというのが乙女心である。
「よくお似合いです」
「わざわざお世辞を述べなくても大丈夫ですよ」
ついつい嫌味なことを言ってしまえば、彼は困ったように笑う。アレスを困らせたいわけではなかったが、慣れない言葉ばかりで、つい態度がぎこちなくなってしまう。
「気分を害されたなら申し訳ありません。率直な気持ちを申し上げただけなのですが、いかんせん私は言葉を紡ぐのが苦手なようで。女性は皇女殿下くらいしか接する機会がなかったものですから、アリアが望む言葉を言えず面目無いです」
「謝らないでください。すみません、意地悪でした。というか、別に私が望むとか望まないとか気にしないでください。嫌だったわけじゃないんですが、言われ慣れてなくて。こういう扱いされたことなかったから……」
自分でも何を言っているのだろう、と自己嫌悪に陥る。一体何に言い訳をしてるのだろうか。こういったやりとりなど本に書いてなかった。ゴードンも教えてくれなかった。
絵物語では、キザなセリフを言う王子や騎士とそれを素直に受け入れる姫やヒロインばかりで、このように抵抗する者などいなかった。
素直にお礼を言えばいいのだろうが、なんとなく恥ずかしくて抵抗してしまう。こういうところが、あの使い魔のいう「可愛げがない」というやつなのだろう。
この胸が、モヤモヤしてムズムズするような感覚に、不安を覚えながら俯くと、視界に彼が映り込む。アレスが跪いて自分を見上げていることに気づいて、後ろに一歩下がった。胸が早鐘を打って痛い。
「私も女性の扱いには慣れぬ身。もし良ければ、同じ慣れぬ者同士で慣れていきませんか?」
まさに絵物語の王子様のようで、今私は白昼夢でも見ているのではないかというような錯覚に陥る。自分の頬を抓ってみるが、痛いので夢ではないことは確かだ。
「よ、よろしくお願いします?」
「こちらこそ」
せっかく一緒に暮らすのであれば、仰々しいのはなしにしましょう。あと、言いたいことがあれば隠さず言ってください、と言われ頷く。
なんとなく彼に主導権を握られているような気がする。でも、それがどことなく心地よくもある。今までない感覚に、不思議な心地だ。
「え、と……とりあえず!まずは出掛けましょう。アレス、両手を出してください」
「はい」
「今から魔法をかけますので、目を閉じて深呼吸をしてください」
アレスが目を閉じたことを確認すると、彼が出した両手を握り、自身も目を瞑る。頭の中で過去に読んだ絵物語を思い出し、登場人物を想像しながら、彼の容姿に当てはめていく。
魔力を流し、軽く力を放出させると辺りに光の粒子がパラパラと散った。
「終わりですか?」
「はい。鏡、見てみます?」
鏡を渡すとびっくりした様子で食い入るように自分を見ている。それもそのはず、元の容姿からまるっきり異なっており、今のアレスは茶色の髪に金色の瞳。髪も少し長く、高く結わえている。
「魔法って本当に便利ですね」
「そう長くは保たないから、あまり長時間は外出できないけど」
「なるほど」
自らにも魔法で容姿を変え、金髪にアメジストの瞳、髪はウェーブのかかった猫っ毛にした。
「まるで別人ですね」
「では行きましょうか」
そう言うと腕を出される。いわゆる、エスコートというやつだ。
「え、と……?」
「このような形の方が不自然ではないでしょう?」
確かに一理ある。男女で街へ行くのに、基本的に夫婦か恋人、主従関係の者が多い。この感じからしてこの中で一番そつなくこなせるのは恐らく恋人関係であろう。だが、なんとなく抵抗がある。というかエスコートされるなんて人生初だ。
「今から?」
「街へはそう遠くないのでしょう?街で急に寄り添ったところで付け焼き刃。ならば、せめてここからこのように振る舞った方が慣れるのではないでしょうか」
正論である。アレスはこう、正論で攻めてくるタイプのようである。そして、有無を言わさぬ圧がある。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、案内よろしくお願いします」
硬いしっかりした腕に自分の腕を絡める。身体を寄せられ、鼓動が早くなるのを感じながら街へと向かった。
この早鐘がどうかアレスにバレませんように、と祈りながら、そこまで長くない道のりを寄り添いながら歩くのだった。




