17 体調不良
「どういうことです?」
家に帰るとアリアの出迎えはなく、彼女は体調を崩して寝ているという。今まで体調崩すことはたまにはあったが、この男が来てからというもの、変調を来すことが多くなったような気がする。
「急にふらっと倒れ込んだから寝室に運んだけど、その後魘されているみたいだ。頭が痛いと譫言を言っていたから、額に濡れタオルを置いたんだけど、そしたら多少良くなったみたいだよ。今はぐっすり寝ている」
「そうですか」
「特に熱はなさそうだったけど、何か魔法の影響とかあるのかな?俺はそういうのに詳しくなくて」
病気で体調を崩すことはあれど、今までこのように寝込むことなど初めてだ。魔力暴走も起きてるわけでなし、特にこれと言って思い当たることはなかった。強いて言えば……
(私がゴードンと会っていたことも、影響があるのか?)
魔力変化などがあっただろうか、元はゴードンの使い魔。彼と接触したことで、魔力の質が変わることも考えられなくはない。
とりあえず様子見をしよう。魔力補充も、当分の間はお預けだな。
「分かりました。あとは私が見ますので。どうもありがとうございました」
事務的に挨拶すると購入した食品などを片付け、アリアの元へ向かう。まだ寝ているのか、一応ノックをしてみるが反応はなかった。
そのまま入室すると、アリアが静かに眠っていた。特に具合が悪そうでもなく、ただ寝息を立てているだけに、少しだけホッとする。近くに腰掛け、落ちかけてるタオルを元の位置に戻すと、ゆっくりと手を握る。その手先はほんの少しだけ、冷えている気がした。
「……ゴード、ン?」
まさかの人物に間違えられて、動揺して思わず固まってしまった。反応が遅れること数秒、ゆっくりと目蓋が開くアリアの瞳を見つめる。
「あ、イミュ。おはよう」
「おはよう、じゃありませんよ。どうしたんです?頭が痛いとか……何か考えすぎて知恵熱でも出したのではないですか?」
あえて、自分がゴードンと間違えられたことは言わない。藪蛇になっても困るのと、きっと寝ぼけていたのだろうとの配慮だった。いつもの軽口を言えば、アリアの口元が小さい弧を描いた。
「そう、なのかなぁ……。そうかも」
「夜中の読書もほどほどにしてくださいね」
「え、イミュ気づいてたの?」
「寧ろよく気づかないと思いましたね」
若者が、いかがわしい本を隠すような場所に隠されていた絵物語。見たことがある表紙のそれは、アリアが特にお気に入りの本だった。一体いつ買ったのか、なんて、何となく想像はつく。
そして、わざと自分にバレないように隠したのだろう、ということも分かっていた。
(そこまで私も鬼ではありませんよ)
彼女がこの話を最も好きなことは、誰よりも知っている。だからあえて特に追及することなく、気にしていないふりをして過ごしていた。
普段から誰が布団を整えていることが分かっていれば、私が気づいていることなど分かりそうなものだが、結局アリアはそこまで想像がいかなかったらしい。全く、どうしてこうもこの少女は抜けているのだろうか。
「とにかく、早く体調を整えてください。あと近日中に引っ越しを考えていますので、そのつもりで」
「え、どうしたの?何かあった?」
「街で城の衛兵達を見ましたので、追手かと。もしかしたら、アレスを追ってきている連中ではないですか?」
嘘八百をペラペラと吐く。アリアは少し思案気な顔をすると、口を小さく開けた。
「あの、さ……」
「何でしょう?」
「もう逃げるのやめようかなー、って」
「は?」
この少女は一体何を言い出すのだ、と目を見張る。そんな私の様子を気にもせず、アリアは続けた。
「逃げるのやめるっていうか、ゴードンから逃げるのをやめるっていうか。城には戻りたくないけど、一度ゴードンと話したいなー、って」
「話して何になると言うんです?」
語気がつい荒らげる。なぜこの少女は変化を求めるのか、今のままでいいではないか。アレスは邪魔だが、この穏やかの生活を捨てることなどないじゃないか。
今まで感じたことのないわだかまりが胸のところで痞える。胸が苦しい。頭が痛い。息が上手くできない。
「イミュ?」
声をかけられ、ハッとする。アリアを見れば、不安げな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫?具合悪い??」
「体調不良の人に心配されるほど、落ちぶれてはいませんよ」
「すぐそういう意地の悪いことを言う」
なんだかんだ減らず口を叩いてしまう自分だが、アリアはもう勝手知ったるもんで、口元を押さえて笑う。その姿もなんとなく愛しいと思ってしまうのは、使い魔とあるまじきことである。私は少しバグってしまっているのかもしれない。
「おいで、イミュ」
手を広げられ、特に反抗する理由もなく、その腕に納まる。すると、彼女の唇が軽く触れる。その口付けで、少しだけ魔力が補われていることに気づいた。
「今は本調子じゃないから、これくらいしか別けられないけど」
「こんなもんじゃ全然足りないです」
あぁ、彼女のこういうとこが好きだなぁ、となんとなく思う。
「だから早く治して、魔力をたっぷりと補充してください」と嘯けば、「えっち」とカラカラと笑う声が返ってきた。




