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15 本当の気持ち

家に帰るや否や、それはもう烈火のごとく怒られた、イミュに。


実際こんな遅くに帰ってきたのなんて初めてだし、怒るのも無理はない。続けざまにアレスにも怒っていて、イミュがお母さんに見えた。


そしてアレスとのギクシャクは、彼が紳士だったおかげか、翌日には解消していた。こちらが意識し過ぎていたのではないかと不安になるくらい呆気ない終わりに、前夜の悩んだ時間がまったくもって無駄だった。


「今日は私が街に行ってきますので、下手な行動はされぬように。分かりましたね、アリア」

「はーい」


あれから3ヶ月が過ぎた。アレスはだいぶこの生活に慣れたようで、買い出しや庭いじり、料理や家事など実に手慣れた様子でこなしていた。


「本当器用だよね、アレスって」

「そうかな?でもアリアの方がいつも上手だと思っているよ」


この3ヶ月で敬語は取れ、何となく距離は近づいたような気がする。未だに口が上手く、持ち上げ上手なのは変わっていないが、これはきっと彼の気質なのだろう。


「アレスって人たらしだよね」

「人聞き悪いなぁ」


言いながらも口元は笑っていた。やはりこうして女の子を口説きまくっていたのだろう、きっとそうだ。確か以前読んだ本にもこんなキャラクターがいたはず……


「……っ」


ザザっ……と頭にノイズが走る。今まで感じたことのない痛みに、思わず頭を押さえる。すると、アリアの様子に気づいたアレスがすぐさま寄ってきてくれた。


「どうかしましたか?」

「ううん、大丈夫、だと思う……」

「念のため、安静にしていたほうがいい。部屋まで運ぶよ」


いつぞやのように姫抱きにされる。恥ずかしいは恥ずかしいが、今は誰も見ていないので素直に甘えることにした。


「ありがとう、アレス」

「いくら有名な翠玉の魔女といえど、無理は禁物だよ。また、イミュさんにも叱られるしね」


ははは、と世話焼きな使い魔の小言を言う様子を思い浮かべて笑う。ゆっくりと自室のベッドへ降ろされると、彼はそのまま退室するため背を向ける。


「待って、アレス」

「どうかした?」

「ちょっとだけ、手を握っててもらえる?」

「もちろん」


今日は珍しく甘えてくるね、なんて軽口を言われて羞恥に顔を染めるが、なんとなく昔を思い出して甘えたい気分だった。


あれはもう、いつのことだっただろうか。具合が悪かったとき、ゴードンに手を握ってもらった思い出。彼はいつも、なんだかんだ私を中心に過ごしてくれた。


「アリア、不躾だけど1つ確認してもいいかい?」

「うん、何?」

「君は国を消すくらいすごい魔法使いなのに、どうして逃げたのかな、って気になってて。あぁ、答えたくないのならいいのだけど」


沈黙が流れる。


(私は何で逃げ出したのだろう)


正直、私はこの問題から逃げていた。確かに私の魔力を持ってすれば、探されて連れ戻されそうになったとしても、ゴードンなんて返り討ちにできる。私以上の魔法使いなんていないと、自負もしている。


(では、なぜ?)


私に罪を犯させた悪い人。でも、……嫌いにはなれない大切な人。


まさに彼は自分を構築してくれた人である。私の感性、知識、好奇心などは彼によって与えられたものばかりだ。


あの時のゴードンは、今まで見たことないくらい恐かった。私のことを見てくれてない。私をただの兵器としか見てないように思えた。


それが、とてつもなく嫌だった。私の存在は彼にとってなんだったのか、と今までの信頼関係が根幹から崩れるような気がして恐怖したのだ。


(だから、逃げ出した)


彼と一緒にいるのが恐かった。私はゴードンに言われたら、言われるがままに言うことを聞いてしまいそうで。あれは間違いだと言われたら許してしまいそうで。ゴードンという存在に依存してしまいそうで、恐かったのだ。


絵物語の王子様なんて後付けに過ぎない。私はとにかく、ゴードンと離れたかったんだ。離れて、自分の意思・思考を確立させたかった。彼がいなくても、自分は立っていられる、自分の意思のまま存在していられると証明したかったのだ。


「子供のワガママ、かな」

「?」

「きっとそう、自立したくて足掻いているの。あと罪の償い」

「アリアは時々、難しいことを言いますね」

「そうかな?」


以前にも、ゴードンに似たようなことを言われたことを思い出す。私の記憶は彼が大半を占めていて、それがどれもこれも大事な思い出ばかりだった。本当に私という存在は、彼なしでは語れない。


あまりにぼんやりとゴードンのことを考え過ぎたのか、アレスにゆっくりと頭を撫でられる。


「すみません、体調悪いのに色々考えさせて。ちゃんと手は握っているからゆっくり休んで。おやすみなさい」

「ううん、ありがとう、アレス。おやすみなさい」


会いたくない、でも本当は会いたい。自然と眦に涙が溢れる。ようやく自分の気持ちが分かったような気がする。そして、ちょっとだけ心が軽くなったような気がした。

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