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ガリーナさんと僕の旅  作者: ハルカ カズラ
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第五話 イチゴイチエ


 夢を見ているかのような朧げの意識下で、ガリーナさんの声が聞こえる。


「アナタはワタシにとって大切な御方。何かあっては駄目。必ず守ります……それがアナタとの約束」


 相変わらず大袈裟な表現をする人なんだなぁ。それにしても約束って何なんだろう。全然覚えてないや。

それにしても情けないよな。自分から勝負を挑んでおいて歯が立たないどころか、足をつって溺れてしまうなんて。


 ガリーナさんには中途半端な勝負や、約束はするべきではないと学んだ。少しばかりふざけた素振りを見せただけでも怒りを覚えてしまうような格式の高い女性、それがガリーナさんだ。


「くっ……う、うう……い、いたた」


 目を覚ますと同時に、全身火傷したかのような熱と、骨の各所が折れているような鈍い音が鳴り響き、激痛が走っている。溺れただけでこんなになるものだろうかと思い返してみるが、よく思い出せない。


「ぐ……うう、ぬぐぐ」


 言葉にならずに唸るしか出来ない僕に気付いたのか、直ぐ近くからガリーナさんの声がする。


「痛むのか? 無理せずそのまま横になっているとよい。なに、ワタシがいる」


「ガ、ガリーナさん」


 よくよく見ると顔の近くにガリーナさんの顔があった。ずっと寝顔を見られていたのだろうか。意識を失いながらここまで運び寝かせてくれてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。


「あの、あれからどれくらいの時間が?」


 痛みを堪えながら口を開き、言葉を発するのもだるいけど、我慢して今は知りたいことを聞くことにした。


「む? 時間か。運んだのが昨日の夕刻。今は間もなく朝となるな」


「え、あ、朝!? 結構経っているような、経っていないような。ガリーナさんはきちんと寝ました? まさか一睡もしていないとかじゃないですよね」


 一人で看病しているということは、もしや寝ていないのだろうか? そうだとしたらますます申し訳ない。


「いや、そうではない。よく言う諺があるであろう。木乃伊取りが木乃伊になると。それでは意味がないからな。タイスケ殿には恐縮ながらも、すぐ傍でワタシも横になって睡眠を取らせていただいた」


「諺……ホントに日本の事に詳しいんですねガリーナさん。僕よりも言葉を知っているじゃないですか」


「ゴホン。ワタシは……いや、何でもない。それよりも日が昇るまで時間がある。痛むであろう? 今は回復に専念するがよい」


 ガリーナさんの言葉通りだった。痛すぎて会話するのも辛い状態だ。察して言葉を切ってくれたとすると、彼女には感謝してもしきれない想いが心の奥底から上がって来るような、そんな気がした。


 しばらく横になっていたせいか、体の痛みもほんの少しばかりマシになった。上半身だけを起こして、枕元の壁に背を預けて室内を見回す。誰もいないことを確かめてから僕は、物思いにふけることにした。


 自分を強くするための一人旅のはずが、何故か異国の女性に気に入られて勝負まで挑み、勝負には勝ったのに負けた僕の方には律儀に礼を返し、古き日本の心を持ったガリーナさん。好きか嫌いかと言われれば嫌いではない。感謝してもしきれないのは確かだ。


 そうは思っていても、これがいわゆる好意なのかなんて、まともなコミュニケーションをずっと避けて来た僕には知る由もない。


 でも、気になる。気になって来ているのは確かだ。何よりも傍にいてくれているだけなのに、安心感があるのだ。そう思いながらまたいつの間にか眠っていた。


「……アナタはワタシの大事……」


「ん? どこかで聞いた口調が……」


「行っては……ならぬ……※ヤ ハチュー ブイト スタボイ フシェクダ……」


「むむ? ロ、ロシア語!? な、何て意味なんだろう…」


 ※あなたとずっと一緒にいたい


「そういえば忘れてたけど、ガリーナさんはロシアの人だったなぁ」

「んん……」


 っていうかガリーナさん!? な、何で一緒に寝ているんだろう。お、起こさないと。


「あのーガリーナさん? 起きてくれませんか?」


「ぬ? 目覚めたか、タイスケ殿……」


「約束って、何でしょうか? それとただの旅仲間なのにどうしてここまでしてくれるんでしょうか?」


「約束? あぁ、これはタイスケ殿とではない。我が父が日本の古都の村で武士と記念撮影をしたらしいのじゃが、もし日本に来ることが再びあれば、旅をして恩を尽くすことを約束したようでな。父は来れなかったのじゃが、ワタシがその代わりをツトメた。此度のこともそういうことなのじゃ」


 日本の古都の村? もしや京都の映画村……というのは黙っていよう。


「じゃあ、その言葉はもしかしなくても?」


「うむ。武士が活き活きとした映像から学んだのじゃ! なかなかに趣があっての」


 どうりでそんな言葉づかいなわけか。


「で、でも僕はガリーナさんとはバスで席が隣になっただけですし、そんな恩を尽くされるようなことは何もしてないですよ?」


「いや、イチゴイチエじゃ。人のジンセイ 唯一ただ一度の出会い。なればこそ、何かの縁を感じてしまったのだ。な、何より、ワタシにあれだけ物怖じせずに触れてきた日本男児は、生まれて初めてのことじゃからの」


「ふ、触れ……?」


「うむ。オヌシが寝ぼけのままでワタシのムネに寄りかかったり、溺れてセップンを受けたり……それのことじゃ」


 接吻……いや、人口呼吸だよね。


「えっと、それじゃあしばらく一緒に旅のお供をします……か?」


「それなんじゃが、道連れは出来ぬ。名残惜しいのじゃが、お主とはここで別れなのじゃ。タイスケ殿を見て気づいたことがあっての。お主は何かを探して旅をしているのじゃろう? そこにワタシはついて行けぬと悟った。そういう意味ではやはりイチゴイチエということになる」


「そ、そうですね。僕は何かを探そうとして、それが何かはまだ分かりませんが、旅を続けようと思ってます。もちろん、回復次第ですが」


「ふむ。それがよかろう。ワタシもお主をきちんと見届けてからゆくぞ」


「何か何まですみません、本当に」


「ワタシこそ、スパシーパ!」


「いえ、命の恩人ですから。僕もガリーナさんにありがとうですよ」


 こうして僕の自分探しの旅は、ガリーナさんという素敵な女性との縁が生まれ、恩も受けて幸先のいいスタートを切ることが出来た。出会いの旅の始まりがあまりに強烈すぎたけど、僕はまたこんな出会いが出来たらいいな。ガリーナさんとまたいつかどこかで会えたらいい。そう思いながら僕は旅を続けていく。

お読みいただきありがとうございました。


この物語は去年書いたものでした。少しばかりの修正をして投稿しました。

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