第三話 世は情け?
バスの停車と同時に、他の乗客たちはあっという間に外へ出て行ってしまった。一人旅の僕は急ぐ必要も無いので、ゆっくりと降車口へ向かうことにした。
ふと窓から外を見やると、沢山の人が歩いているのを見て思わず愕然としてしまう。
「こ、こんなに来てるんだ」
「どうされた? タイスケ殿」
「ガリーナさん。ひ、人が多く来てるなと思って驚いてます」
「ふむ、確かに多いな。我が祖国ロシアでは海に来るのに、ここまで人で溢れることは稀であるな」
「へぇぇ、そうなんですね」
自分の国の事を話してくれるガリーナさんに、何だか嬉しく感じてにやけてしまった。
「ワタシは何か可笑しなことを言ったか? タイスケは何故私を見て笑う?」
「えっ? いやいや、そんなことないですよ! 嬉しいって思っただけですよ。からかってるわけじゃないですから!!」
「何て軽い言葉なのだ。も、もうよい! ワタシも外に向かうぞ!!」
焦りだしたガリーナさんは重そうなスポーツバッグを片手に、勢いよく降りようとしている。足元を見ていないのか、降車口の段差に気付いていないようで、僕は彼女の背中越しに声をかけた。
「あの、だ、段差に気を付けて……」
「むっ? なっ!?」
重い荷物に引っ張られる形でガリーナさんはガクンとよろけそうになっている。僕は咄嗟にガリーナさんの手を握って、自分の元へ引っ張り上げていた。それも無意識に。
「ふぅ~危なかった。ガリーナさんは大丈夫でした?」
「……」
「も、もしかして、どこか痛めました?」
「……ぶ」
「ガリーナさん?」
「ぶ、無礼者!!」
「ひっ!?」
突然の怒声に驚きながら、思わず手を離してしまった。
「こ、この痴れ者め!!」
何故か顔を真っ赤に染めながら、ガリーナさんはさっさとバスを降りて行ってしまった。
「へ? な、何で?」
僕は彼女に何かしたのだろうか。よく分からないまま静まりかえっているバスの中、一人で思い悩むしかなかった。僕は目的地の観光地である、海の見える町を眺めながらようやくバスを降りた。
「タイスケ殿!」
僕の動きを止めるかのように、背後から聞き覚えのある声がして振り向いた。そこには深々と頭を下げ、ひたすらに謝っているガリーナさんがいた。先に降りたはずなのに僕をずっと待っていたようだ。
「申し訳ない!!」
「えーと、ガリーナさん? ど、どうしたんです?」
「すまなかった!! 冷静になってみて気づいたのだが、タイスケ殿はワタシを救ってくれていたのだな。あの時咄嗟に手を掴んでくれなければワタシはどこか怪我をしていたはずだ。それをソナタは助けてくれたのをワタシは」
「あ、そ、そのことですか。それなら気にしないでください。でも、怪我が無くて良かったですよ本当に!」
顔を上げ、ガリーナさんの目は俺の目を真っ直ぐと見つめている。綺麗なグレーの瞳色はとても綺麗だった。そのせいか、僕も自然と見つめ返していた。
「お若いねぇ……」などと、道行く女性たちに嘲笑されてしまったおかげで、我に返ったガリーナさんは視線を外し、僕もすぐさま下を向いた。
「あ、じゃ、じゃあ僕は指定された宿に向かいます」
「で、ではワタシも」
何故かお互いが意識をしだしていた。旅は道連れ、そして僕は情けをかけられたのかもしれない。それにしても、未だに肝心なことが聞けずにいた。どうしてそんなに古風な言葉なのですか? と。