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3話目 異世界召喚(回想)その2

 それが、雄太がこの世界にやってきた時の話。


 その後やっと平静を取り戻した村人たちから、雄太を勇者としてこの世界に召喚したこと、この世界が魔王に苦しめられていること、魔王を討伐するための旅に出て欲しいことを説明された。


 訳も分からずあっけに取られる雄太だったが、事態を理解していくにつれ元の世界に帰してくれと泣き叫んだが、長老である老婆から我々には元の世界に返すことはできないと言われて絶望した。結局のところ魔王を倒すしか元の世界に変える方法はないらしい。


 ネットもテレビもゲームもない、魔王の侵略と国同士のいさかいで貧困に窮するこの世界に大した娯楽はなく、食うにも厳しい世界の状況に雄太は嘆き、怒り、魔王を憎んだ。そしてその結果、雄太は引き篭もった。


 長老の家の一室を自分専用スペースに仕立て上げ、無遠慮にも籠城を決め込んだのだ。


 部屋の外に出るのはもっぱら厠に用を足しに行くときくらいで、食事は部屋の前まで運ばせた。こちらの世界に来る際に持っていたカバンに入っていた、ハーレム物のラノベを読みふけり、電池が続く限りスマホでオフラインでもできるパズルゲームをやり続けた。


 やがて三日ほどでやることがなくなってしまった雄太はその後、自作小説の執筆にとりかかった。異能力の俺TUEEEEEE系の作品で、内容はそれはまあひどいものだったが、書きながら「これなら新人賞もいけるんじゃないか」と何故か良く分からない根拠のない自信に満ち溢れていた。


 村人たちは、そんな引き篭もるだけで、一向に旅どころか外にも出ようとしない雄太を煙たがったが、自分たちで召喚した手前、村から追い出すことにも後ろめたさを感じ、放置するに甘んじていた。


 それから自作小説『異能の力で問題解決! 桜林高校生徒会!』の執筆は事の他はかどり、三週間ほど経つ頃には第四章まで書きあがっていた。美少女ヒロイン春野葵が町の不良たちを得意の電撃で懲らしめていたところ、背後から悪の組織『漆黒の翼』に襲われ、連れ去れれてしまう。そこへ無敵の主人公、白銀狂介が助けに向かうというシーンだった。


 漆黒の翼のアジトに乗り込んだ狂介がモブの一人をぶっ飛ばしたところで、雄太はペンを止めた。


 腹の虫が盛大に鳴きだしたのだ。窓の外を見ると、時刻は昼の一時を過ぎた頃だろうか。執筆に夢中で気づかなかったが、そういえば今日はまだ何も食べていない。


 腹が減っては戦はできぬ。仕方なく立ち上がり、部屋のドアを開けるが、いつもドアの前に置いてある食事がなかった。


「おい、ババ! 飯はどうした、腹が減って死にそうだぞ!」


 引き篭もりのニートのごとく口悪く叫ぶが返事はなかった。いつもとは違い、家の中がシーンとしている。まるで人の気配が感じられなかった。


「チッ、誰もいないのかよ……」


 悪態をつき部屋に戻ってはみたものの空腹がおさまるはずもなく、小一時間イライラしながら経過した後、雄太はとうとうしびれを切らした。これまで三週間、頑として外へ出ようとしなかった雄太だが、空腹にはどうしても勝てなかった。


 食料を求め玄関の戸を開けた途端、なぜか雄太は祝杯された。


「勇者様バンザーイ!」


「魔王討伐の旅に出るなんて、なんて素晴らしいお方なんだ」


「勇者、山田雄太は村の誇りだ!」


「お元気で、本当にお元気で! 勇者様が村を出ていかれるなんて悲しい! でも、勇者様の意思は鉄よりも固いのよね」


 無数のクラッカーがはじけ、盃が挙げられる。


 家の前にはよだれ物の豪華な食事が並び、村人が総出で集まっていた。


「ささ、こちらへどうぞ勇者殿」


 目を点にする雄太のもとに、長老のババが杖を突きながらやってきて。手を引いてごちそうの前に座らせた。


「どうぞお好きなだけ食べてくだされ」


 意味が分からないが、とりあえず食欲には勝てず、がっつくように食べ始める雄太を確認して、ババは盛大に声を上げた。


「勇者殿は今、この時をもって魔王ゼルギドゥ討伐の旅に出立される! 勇者殿がこの村を離れるのは悲しいが、勇者殿の決意は固く、世界平和を望む勇者殿の思いは海よりも深く、山よりも高い! 我々にできることは、全霊の祈りをもって勇者殿の武運を願い、送り出すことだけじゃ! 行ってらっしゃいませ勇者殿!!」


「な、何だって!?」


 やっと合点がいった雄太だったが時すでに遅し。家のなかえ駆け戻ろうとするも、屈曲な村人数名に椅子に押さえつけられ、嫌だと叫ぶ声も聴いてもらえず、頭上高く担ぎ上げられた。


 そのまま村の入り口まで強制連行。


「行ってらっしゃいませ勇者様!」


「ご武運を勇者様! 神に祈っております!」


 泣いているのか笑っているのか良く分からない表情で歓喜の声を上げる村人たちに見送られながら、雄太はとうとう村から放り出された。


 せめてもの情けと言わんばかりに当座の金少々と数日分の食糧を投げてよこされ、ひとしきり声をかけ終わると村人はいっそすがすがしそうに去り、村の門扉に鍵をかけた。


 無常にも響く、重い錠の落ちる音。


「人でなしー! 殺す気かー!」


 とすがりつくも門が開く気配はなく、門越しに聞こえてきたのは重荷から解放された安堵に浸る長老ババの声だけだった。


「勇者殿、もう観念してくだされ。 この村も世の不況に煽られ、ただ飯ぐらいを置いておく余裕はないのじゃよ。こちらが召喚しておいて申し訳ないが、山を下りて五日も歩けば大きな街がある。そこで仕事を見つけて生活してくだされ」


「無理に決まってるだろう! モンスターも出るっていうのに、丸腰で山を下りるなんて! ただの高校生なのに!」


 泣き叫んでいると、高い門越しに何かが放られてきて落ちた。刀身二十センチほどのナイフと、何か紙の束……書き途中だった自作小説自作小説『異能の力で問題解決! 桜林高校生徒会!』だった。


 地面に落ちた自作小説を思わず胸に抱きしめる。


「鬼ー! 悪魔ー! 魔王ー!」


「勇者殿……あと、これは最後の情けじゃ」


 ババが声のトーンを下げて言った。


「我々にも勇者殿を異世界から不用意に読んでしまった負い目がある。断腸の思いではあるがその子のこと、良くしてやってくだされ」


 は? 何言ってやがんだこのババア。訳の分からないことを言ってないで早くここを開け──


 そう思った時だった。


「勇者様!」


 背後から幼い女の子の声が聞こえてきた。


 振り返るとそこには、金髪のくせっけが愛らしい、あどけない少女が笑顔で立っていた。


 雄太が引き篭もりをしているさなか、身の回りの世話をしてくれていたババの孫娘で見習いウィザードのピリカだった。


 ピリカは自分の身長ほどもある杖を掲げ、高らかに叫んだ。


「魔王退治の旅へしゅっぱーつ! 勇者様、がんばろー!」


 その時雄太は思った。


──いやいやいやいや、ぜったい無理だろ。


 と。

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