第1部ー3−
非常に重いまぶたをいつものように朝日がむりやりこじ開けようとする。ボクはそれに抗うことなくゆっくりとまぶたを開く。視界がだんだんとはっきりしてきて、ボクは机の上においてある時計に目をやる。針は9時をさしている。いたっていつもどおり。ゆっくりと体をソファから起こして、まだ起ききってない頭をガリガリと掻く。すると少しずつ体のすべての感覚が機能を始ると、部屋にいつもと違うにおいがこもっているのに気付く。ボクはそのにおいのする方に顔をゆっくり向けると、そこには昨日の少女が散らかっていたはずの台所に立っていた。ボクがそれをボーッと眺めていると、少女はそれに気付いたのかボクの方に向いてこう言った。
「ごめんなさい勝手に台所をかりちゃって。すぐできるから少し待ってて 」
そう言って彼女はまたボクに背中を向けた。そんな中、覚醒しきってない頭でボクは今の状況を分析していた。
・台所が片付いてる点
まぁ、片付ける手間が省けたから良しとしよう。
・なんだかいい匂いがする点
なんだか懐かしくて、おいしそうなにおいだなぁ。
・昨日の女の子がまだいる点
昨日結局帰らなかったんだ・・・。
ボクはもう一度頭をガリガリ掻いて、ソファから立ち上がる。そして、そのままドアの前まで行き、少女の方に振り向いてから
「いいか、ボクが帰ってくる前にその作った物を処理してからさっさと出て行け。いいな」
そう念押ししながらそう言ってからボクは外にでた。
カツン カツン カツン
カツン カツン カツン
ゆっくりと音をたてながらボクは朝の商店街を歩いていた。まだ午前中ということもあってか、人通りは少なく、音も特にたっているような様子もなく淡く光る青空のしたではどこか寂しいような、優しいようなそんな空気を漂わせている。そしてボクは目当ての場所の前まで来た。古びた小さな喫茶店の前に。
いつものように喫茶店のドアを押して中に入る。なかは少し明るさを落とした照明と、静かな音で流れるジャズと、ここのオリジナルブレンドのコーヒーの匂いが立ち込めていた。カウンターの置くのイスに腰掛けて新聞を読んでいた初老の男性がボクに気付くと、立ち上がり低く、大きくない声で「いつものね・・・」とつぶやいた。いや正しくはボクに向かって聞いたのだろうが、あまり愛想がよくないのと、声が大きくないせいかボクにはつぶやいたようにしか聞こえなかった。こんな愛想のせいなのか、それとも朝からなのだろうか、店内にはボク以外はいなかった。ボクはカウンターの席に座りYシャツの胸ポケットからタバコを一本取り出し、銀色のジッポライターで火をつける。酸化し少し黒ずんだそのライターをジッと手にとって見つめる。長い間使われているせいか、キレイに刻まれた流線型の模様はスリへって所々見にくい部分がある。いつ付いたのかわからない小さなキズ。意味も無くフタを開けては、閉じて。また開けては、閉じて。そうやってライターを時間を潰していると、マスターがゆっくりとボクの前へと近づいてきた。
「どうぞ・・・」
そうボソリと言って、目の前に狐色に焼かれたトーストと緑や白、紫と美しく彩られたサラダ、黒いのに白い湯気をたてる特製のブラックコーヒー。いつもの彩りに、いつもの香り。いつもの朝。
少し不思議な余韻に浸ってからボクはトーストにかじりつく。マスターはというとカウンターの奥の席に座りなおして新聞を開いていた。何か会話するわけでもなく、ただ自分のしたいことをお互いがしている空間。この空間がとてもボクは落ち着く。特別な意味はない。ただボクがそういった性格なだけなんだと思う。
・・・だからなんだという話なんだが。
ボクはサラダにフォークを突き立てながら家のことを考えていた。久しぶりに掃除をしようかな・・・。そういえば今日は仕事が入ってないんだっけ。あぁ、そういえば冷蔵庫の中が少なかったな・・・、買い物にでも行くかな。
ー そういえば彼女は帰ったんだろうか ? ー
そう思うと、なんだか居てもたってもいられない気持ちになり、残ったサラダとコーヒーを一気に胃の中に流し込む。カウンターの上に750円を置いて、「ごちそうさま」と言ってから早足で喫茶店を出た。外はいつもどおり太陽がサンサンと光のシャワーを流し続けている。願わくは今日がいつもの朝でありますように。と心の中でつぶやきながら少し速度を速めて家路に向かった。