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日和見駅前塾物語~エピローグ  作者: 山名 まこと
4/5

しょう子の話

 女の子の成長は早い。大人になる階段を男の子よりも速く登ってしまうのかもしれない。

しょう子は、塾の友達もでき、そのまま伸びていくと思われた。それまで順調すぎるくらい成績を上げてきたしょう子が五年生の時に壁にぶつかった。受験の基本クラスから一つレベルを上げたクラスに入り、ある程度の上位の中学を狙えるところまで来た。5年生というのは、伸びる可能性の最後の時期である。もともとどこまで勉強していいかわからなかったので、いわれるまま素直にどんどん吸収していったが、もう吸収できるスポンジもいっぱいになってきていた。本当は、自分で調整しながら、伸びなくても落ちないようにペースを保つ時期が来ていた。同じであることが大切だと担当講師は話していたが、変わらないことに慣れていないしょう子には、同じであることが我慢できなかった。勉強量は増えたが、点数は、変わらないか、落ちることもあった。そうなると興味がほかに向き始めてきた。勉強のレベルが高くなればなるほど興味の広がりが大きいのもこのクラスであったが、特に女の子は大人びていた。同じ服をほとんど着ていない子もいた。そして、共通するのは、これ以上伸びない成績の代わりにほかの情報量を増やしていきがちなところにある。二通りの女子グループができてきた。勉強とおしゃれとどちらを主とするか。もちろん、おしゃれ組もこれ以上落ちたくないので、最低限の勉強をするが、本人たちは、これ以上上を目指せないことがわかっていた。しょう子も中の中または、下を行ったり来たりしていた時におしゃれチームにすんなりと受け入れられた。有名私立というある意味明確な志望校があり、そこには入れなければ公立でという曖昧な決め方も勉強そのものに対する興味を失わせるものだった。そのまま、受験期に突入してしまう。クラスを下げて公立中心にしたほうがいいと思い切って切り出した担当講師に対して「やることはやっています」とプライドだけは、保ってきた。勉強中心の生活を送っていたのは確かだった。学校のクラスの中では、勉強面で彼女よりできる女の子は、いなかった。ライバル不在の生活が自分自身のレベルがはかれないまま塾の固定した位置から離れることはなかった。

最初に受けた学校がだめだった時に初めてというくらい暴れた。それは、逃げてきた現実の姿だった。彼女は、ようやく自分の心の声を外に向けることができた。試しに受けて、どれくらいの出来だったのか自分で確認するための受験だった。もちろんそこに行くつもりはない。おしゃれチームの中でも彼女ともう一人しかだめだった子がいなかった。結局しょう子は、自分の所属チームでも中の下であった。だめだったもう一人の子にとっては、実力か、ちょっと上のレベルとして受けたのだから次の受験校は、当然、ここよりもレベルがしたといわれていた。実際、彼女は、無事合格した。最初に受験したところが一番入りやすい学校だったので、しょう子にとっては、受かる気持ちが起きなかった。こうも簡単に自信というのは、揺らいでしまうのか、今まで自分は何をやってきたのか。初めて、両親に抗議をした。もっと受けさせて。彼女の受験は、第1志望の学校しか残っていなかった。もしかしたら、という気持ちがまだ残っていた。受験に慣れていないために実力が発揮できなかったと思いたかった。だめだったら公立と少しも思えなくなった。そうかといって、受かる気もしなかった。ただし、受験しようとする学校は、だめだったところよりも下といわれるレベルの学校はなかった。

 「うちは、そこまでして私立に行かせるほど豊かじゃないのよ。それに合格できない受験は、自分を傷つけるだけよ」

「私がすべて落ちていいの」

「レベルの高い公立高校に行くといっていたじゃない。だめだったのは残念だけど。塾へは通わせてあげるから」

「もう、いい、これ以上塾へは行かない。受験したら塾へ行かなくていいって言ったじゃない」

「それに、塾はお金がかかるし、私立中学だったら塾へ行く余裕なんてないからね」

「じゃ、もう受験しない。公立中に行っても、塾に行かない。行ける高校でいい」

 彼女は、いままでの従順ないい子から一転した。最初の学校で合格できていれば第1志望がだめであってももしかしたら公立で頑張ろうと思うか、受かった私立中学で新しい生活をむかえていただろう。受験をすることは、それだけ自分自身でもわからない自分を作り出してしまうものだった。しょう子とは、今のクラスになってからほとんど教えることも話をすることもなくなった。受験生としての顔になっていた。彼女にとっては、受験という仮面が重かったのかもしれない。やすやすと乗り越えられる壁がその仮面によって越えられなくなってしまった。担当の講師は、まず母親を説得して受験だけは、続けさせた。受かる経験をしないと本当に自分のことをだめな奴だと自分にレッテルを貼ってしまう。それは、一生付きまとう。付属の女子中学で曲がりなりにも大学まで続いている。中学入試でここまで豹変するのだから同じ状態で高校入試になってしまうことが怖いという気持ちに親はなっていたので、とにかくうまい形で中学生になってほしいと考えるのは自然だった。それでも、彼女は、二度と塾には来なかった。受験の合否はそのまま彼女の中でのステイタスであった。ダメだった子が受かったこと一緒の空間にいるだけでつらい気持ちになった。自分のダメさをわざわざ確認する気にはなれなかった。同情されるのも、変に気を使わせるのも嫌だった。それに、もう彼女たちとは友達でなくなっていた。

担当の講師の代わりに仁が彼女の受験校に見送りに行った。久しぶりに見る彼女は、始終うつむいていた。声をかけたのだがこちらを振り向こうとしなかった。それでも、しっかりとした足取りで受験会場に向かっていった。母親のほうが緊張していたようだ。結果が出る日は、できるだけ人目につかないところにいた。母親一人で来るかと思ったら、しょう子も一緒に来ていた。

「おめでとう」と声をかけた時にようやく目を合わせてくれた。一瞬入った時の顔を思い出した。自分は彼女を追いこんでしまったのか。仁は、一生懸命やる子が一生懸命やった結果がよかったかどうか判断できなかった。彼女は、合格した学校へ入学した。公立がいやだから私立中学に通う生徒もいれば、公立でもいいが、受験をした手前受験をやめられなくて私立に通う生徒もいる。すくなくとも彼女にとって受験は、人生の転機になった。塾に通うことによって押し上げられて、自分でも思わない道を歩くことになってしまった。もともと彼女には、私立中学のほうがよかったと思いたい。小学生の人生をも変える可能性があることをまじまじと見せつけられた。ようやく彼女は、自分のペースを取り戻して、学校生活を送っているらしい。合格発表以来彼女と会うことはなかったが、塾で仲良くなった女の子とは、連絡を取っている。塾でできた友達のほうが仲良くなっている。ここも一つの居場所になってくれたのは確かだった、と思いたい。




 結果がすべてであり、結果の後に次の結果のための行動がある。結果をしっかり受け入れられた人が次のことを肯定的に動ける気がする。自分は他の人に対してどこまで責任が取れるのだろう

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