こう太の話
彼の感性を理解してあげたいと思う。様々な発想は、様々な表現を呼ぶ
こう太は、勉強は嫌いだったが、母親のことは好きだった。だから、「お母さんに言うよ」という一言が効いた。そうかといって、勉強をするかというとしなかった。それでも、三者面談の時は、いい子でいようと精一杯演技をしていた、いやこれもこう太の一面だろう。だから、母親は、勉強ができないのは、環境が原因だと思っている。再三再四受験クラスに入れるように要請をしていた。環境が変われば勉強すると信じていた。塾の方針転換で入れたとは、言えなかった。テストで合格したのだからそれだけの学力があると信じていた。受験の勉強レベルによってクラス分けがされていたが、さすがに一番難しいクラスには、入れないと思ってはいた。しかし、同じ小学三年生だから差はない、むしろ今このクラスに入れておかないと勉強のレベルが上がらないと思っていた。そうですかと、では試しにとはいかない。懲りるだろうと思っても、懲りない。むしろ、本人は、変わらないままでクラスの雰囲気を変えてしまう可能性がある。そうなった時のこのクラスの保護者からのクレームが怖い。日曜日のテストも受けさせようとしたが、間違いなく〇点になることで日和見校舎の平均点が下がってしまう。挙句の果てに先生が変わればと言い出す始末だった。この母親はどうしても入ってほしい私立中学があった。そのためには、教育費を惜しまない。上客だがそれだけに口を出してくるので、厄介な客でもあった。
ただし、一向にこう太は焦った感じは見られなかった。本人は、塾に来ることで、母親に褒められることをよしとしていた。小4の夏期講習でも、クラスは変わらずにいたが、同じクラスに9人講習参加をしたので、そのことを喜んだ。ただし、成績は、下から数えたほうが早かった。それでも、下にまだいることが嬉しかった。もちろん、講習の後半では、こう太がやはり最後になってしまった。講習が終わり、8人が入り、しょう子は、夏期講習から受験クラスで通うことになった。しょう子がいなくなった初日に「クラス変わっちゃったんだ」と仁に尋ねただけで「もっと勉強頑張りたいし、頑張っているからクラスが変わったんだよ」と説明するとすぐに納得した。自分は、勉強をやるくらいなら今のクラスのままでいたいと思った。もちろん、彼の母親からは、それとなく、クラスが変わった理由を聞かれた。受験をすることにしたことと、テストの点数が受験のクラスのレベルまで達したことを話したら、何も言わなくなった。おかげで、自分のせいでこう太が受験のクラスに入れないというクレームはなくなった。
当然ながら、新しく入った塾生の中でも受験希望者がいた。小5までには、このクラスは、15名に増え、受験クラスにも5人変わっていった。しょう子は、受験クラスで過ごし、こう太は、今のクラスで過ごした。小5では、受験をするかしないかによってはっきりとしたクラス分けをした。こう太は、ようやく受験クラスに入った。しかし、あくまでも受験を希望するクラスであり、今までのクラスとレベルは変わらない。それでも母親は喜んで、これで成績も上がるだろう。勉強もするだろうと思った。実際に勉強量は増えた。しかし、母親そばについていないと勉強をしなかった。できなかったといってもいい。
彼は、「勉強は好き」とよく言っていた。そういうと母親は喜ぶそうだ。母親には、よく褒められるが、母親以外から褒められることはないみたいだ。仁は、小さなことでもほめるようにした。しっかりと消しゴムで消せたこと、鉛筆の上のほうを持っていたこと、人の発言を聞けたことなど、小学校で言われているようなことができた時によくほめた。学校では、こう太が動くと先生はすぐに注意するらしい。時々、塾でやったことが出てきてうれしくなり、答えを言ったことがあった。そこで先生は、「こう太君を当てていないから答えてはだめ」と言った。こう太は、答えたくなったことがあったら、先生の指示を待たずに答えてしまったり、先生に答えを聞きにいかなければならなかったりした。それがはっきりしているもの以外でも例えば、国語の時間に「夕日は何色」という質問を出した時に、こう太は「血が流れた色。太陽が死んでしまう」と言った。当然、先生は注意した。血が流れたという表現が気に入らなかった。この子は、きっと危険なことを考えているのではないかと怖がった。ただし、仁は、この話に続きがあることを知っていた。
夕陽は、太陽が死んでしまう。けれど、また太陽は、夜に休んで、朝復活する。母親のおなかから赤ちゃんが生まれてくるように海から太陽が生まれると思っている。こう太は、いろいろなものが海から生まれたと知っていた。太陽も、月も星もすべて海から生まれてきた。一日に生と死を繰り返していると無意識のうちに思っていた。「太陽の血で空が真っ赤に染まり、次の日にもう一度生まれ変わる」それが、一日と思っていた。こう太は、よく考えていた。一番は、どうすれば母親に好かれるかということだろう。下の弟も入塾し、彼は、受験のクラスにすぐ入れた。こう太は、自分のことのように喜んだ。
文章も音読を好んだ。仁は、できるだけ小さな声だったら音読をしてもいいといってきた。ただし、テストの時は、どうしても声に出してしまう。授業中だったら、難しい漢字などをこう太の音読に合わせて訂正していた。意外と、周りもこれによって覚えていた。頓珍漢な答えに対して笑うこともあったが、クラスに受け入れられていた。それでも母親は、どうしても入れたい学校があった。6年生の時に彼は、どうしても入りたい学校の別校舎がある地方の県に転校することになった。本人の意思に関係なくの引っ越しだが、母親が好きなこう太にとっては、受験はたいしたものではなかった。母親に捨てられることを極端に恐れていた。母親と二人で地方に赴いた。孟母三遷というがどこへでも行き勢いだった。なんと、彼は、その地方で希望の学校の分校に入った。
時々、太陽が血を流したりするという答えをしているのだろうか。毎日、血を流して、日が沈み、そして、おぎゃといって新しい太陽が生まれてきたと周りにも言っているのだろうか。こう太の自由な発想を伸ばせなかったのが仁の悔やまれることだった。彼は、これから先、どんどん化けるのではないか。母親の愛を一心に受けた彼は、それだけでも幸福を感じているだろう。きっと、今日もニコニコして空を見上げていると思える。
様々な出会いと別れがこれからもあります