ピザとちんこと女神さま
ここはとある池。池の底ではちんこと女神さまが仲良く暮らしておりました。
ちんこの冒険がきっかけで、この池は周辺住民から『子宝の池』と崇められ、池の畔にはちんこを模したご神体や祠が祭られています。
住民が気を利かせて『賽銭箱』を祠に設置してくれたおかげで、ちんこも女神さまも小銭には困ることはありませんでした。
ある冬の日、ちんこがポストの中を確認すると、カラフルな手紙のようなものが入っています。
「女神さま、お手紙が来ていますよ」
ポストの中には、ピザ屋のチラシが入っていました。
ちんこはもちろん、女神さまもピザ屋のチラシを見るのは初めてです。
「すごいわちんこ、『ハーフアンドハーフ』ですって!」
「こっちもすごいよ女神さま! ふわふわの生地とカリカリの生地があるんだって!」
女神さまもちんこも興奮しました。
二人は興奮しつつも、互いに冷静になるようになだめあいながら、お賽銭箱の小銭合計を冷静に集計し、トッピングの割引率を計算して、最もお得な組み合わせを割り出します。
ピザ生地はハーフアンドハーフのように半分こができないので、二人で時間を掛けて白熱した議論を交わした結果、今回はパンのようなふわふわ生地を選びました。
当然消費税も八パーセントで繰り入れ済みです。
こうして二人は十分に時間を掛けて注文するピザのメニューを決めたのです。
電卓で検算をした女神さまが満足そうに首を縦に振ります。
「大丈夫よちんこ、間違いなくお賽銭でお支払いができるわ」
それを受けてちんこは受話器をあげました。
「それじゃ電話するね、女神さま」
ちんこはチラシに書いてあるフリーダイヤルをゆっくりと選びました。
「そちらのエリアは配達対象外です」
は?
「チラシの配達可能エリアをご確認ください」
あ……。
なんということでしょう。ちんこと女神さまの池は、ピザ屋の配達エリアに含まれていなかったのです。
女神さまは悲しみました。
せっかくちんこと、二人でピザを楽しもうと思ったのに。
「こんなにカロリーの高いものを食べたら、私太っちゃうわ」
と、ちんこの前で恥ずかしがってみせるつもりでいたのに。
そしたら気が利くちんこは、
「そんなカロリーなんか、ぼくが今晩消費させてあげるよ」
とか、きっと言ってくれるのに。
そこから眠れぬ夜が始まるはずだったのに。
女神さまは悲しみました。
その悲しみはこの地に雨雲を呼び、しとしとと止まぬ雨を降らせたのです。まるで女神さまが天から涙を流しているかのように。
女神さまが悲しむ姿を目の当たりにしたちんこは、猛り狂いました。
誰がポストにチラシを入れたんだろう? 郵便局員のミスなのか? いや、チラシは郵便物ではない。
ならば新聞折込屋のミスなのか? いや、そもそもちんこも女神さまも新聞なんかとっていない。
ならば、ならば……、ならば!
ちんこは池から上陸しました。その身を『巨大化』させ、その固く黒光りした姿を震えさせながら。
「いたずらしたのは誰だー! 悪い子は誰だー!」
ちんこは巨大化した姿で森の木々をなぎ倒しながら、豪雨に晒された近隣の村に向かいます。
このままでは、村は巨大化したちんこに踏みつぶされ、蹂躙されてしまうでしょう。
村人たちは逃げまどいました。
逃げまどいながらも、村人たちは疑問に思います。
なぜ温厚なちんこがこれほどまでに怒り狂っているのかを。
その間もちんこは止まりません。
「いたずらしたのは誰だー! 女神さまを泣かせたのは誰だー!」
女神さま?
村人たちは重要なキーワードを得ました。それは『女神さまを泣かせた』です。
「なあアドニスの元ちんこよ、なんで女神さまは泣いているのだ?」
今は村長となったカズくんがちんこの前で両手を広げながら、大きな声でちんこに問いました。
ちなみにカズくんとは、ちんこを捨てたアドニスくんと同姓婚を成し遂げた漢です。
彼は真正のホモであるため、ちんこを捨てたアドニスくんからは興味を失いました。
が、アドニスくんはお爺さんの尽力により、『ちんこがなくなる指輪』をちんこがない状態ではめるという裏技を用いてちんこを復活させたのです。
こうしてちんこを復活させたアドニスくんを配偶者とするため、カズくんは村の青年団から消防団、村議会議員、さらには村長と、『村の権力構造』を駆け上がり、ついには『同姓パートナーシップ証明』の発行を渋谷区よりも先に村条例で可決させた、まさにやり手の漢なのです。
そんなカズくんの態度はちんこから見ても漢の中の漢でありました。なのでちんこはその場で歩みを止めます。彼に敬意を表するかのように。
歩みを止めたちんこに、カズくんは再び問います。
「ちんこよ、何故女神さまは悲しんでおられるのだ?」
ちんこはその場で軽く深呼吸を行うと、怒りに震える体をなだめ、感情が洩れ出さないように細心の注意を行いながら、冷静に、冷静にカズくんに語りかけます。
「ぼくたちのポストに、配達エリア外なのにピザ屋のチラシを入れたいたずら者がいるんだ」
はあ?
ちょっと力が抜けそうになったカズくんですが、きっとちんこと女神さまの間では重大な問題なのだろうと思いなおし、ちんこが続ける言葉に耳を傾けます。
いかにピザを選んでいる間の女神さまが楽しそうだったのかと、それにつきあうちんこも楽しかったのだと、それなのに一本の電話がちんこたちの時間を台無しにしてしまったということを。ちんこと女神さまが絶望の淵に突き落とされてしまったということを。
語る間に怒り極まったちんこは再び全身を硬化させます。
「カズくんとやら、悪いがぼくはこのままピザ屋までの道を焦土にしながら進むよ。もう誰がいたずらしたのかなんてどうでもいいんだ。こうしなければ女神さまの気持ちが、いや、ぼくの気持ちが収まらないんだ! そこをどけ、カズくん!」
荒ぶるちんこは再び前進を開始します。
さすがのカズくんも、ちんこの進軍を止める術を思いつきません。
「この村もこれまでか……」
カズくんは覚悟を決めました。なので、せめて村人たちは逃がそうと、それぞれの戸前で硬直している村人たちに、この場から逃げるように指示を出します。
でも誰も動きません。いや、誰も動けません。
なぜなら、どうやってあんな化物から逃げ出せるのか、誰にもわからなかったから。逃げ惑った末にたどり着いた我が家の他に、逃げる先などわからなかったから。
「待って、ちんこ!」
そんな中、声を上げたのはアドニスくんでした。
でもちんこは止まりません。
「ちんこ、ちんこが見たのはこのチラシだよね!」
アドニスくんが持っているのは一枚のチラシ。ちんこの眼の端にそれは映りました。確かにそれはポストに入っていたのと同じチラシ。
だけどちんこにはもうどうでもいいこと。
だからちんこは止まりません。
「ちんこ、ちゃんとチラシを読んだのかい?」
え?
意外なアドニスくんの問いに、ちんこは反射的に歩みを止めました。
「ちんこ、ここを読んでくれよ!」
アドニスくんは必死でチラシを指差しています。
なんだろう?
ここでちんこの怒りは、興味に上書きされました。そうです。そもそもちんこは温厚なのです。怒り狂っているちんこの方が珍しいのですから。
ちんこは通常サイズに戻ると、アドニスくんが指差したチラシを改めて読みました。
これは!
◇
「ただいま女神さま」
ちんこが池に帰ると、女神さまはまだはらはらと泣いていました。それほどまでに女神さまにとっては悲しい出来事だったのです。今晩の計画がとん挫したことが。
が、突然女神さまの鼻をとってもオイリーでスパイシーな良い香りがくすぐります。
つられて女神さまは真っ赤に腫らした瞳でちんこの方に振り返りました。
「それは?」
ちんこは何かを抱えていました。
「お待たせ女神さま、ピザですよ。さあ、テーブルに着きましょう」
そう、ちんこはピザをお持ち帰りしたのです。
「はい、女神さま、あーん」
「あーん」
ちんこは女神さまの可愛らしいお口にピザを運んであげます。
「ちんこ、ふわふわして美味しいわ」
「でしょ。でね、ちょっと目をつぶってくれる?」
ちんこからそんなプレイに誘ってくれるなんてと、女神さまはちょっと頬を赤らめながら目をつぶります。
「女神さま、あーん」
何をお口に入れられちゃうのかしら、ちょっとドキドキだわ。などと心臓の鼓動をブーストしながら女神さまは言われるがままに口を開きます。
「どうぞ、女神さま」
それは先程のピザと同じ、チーズたっぷりの風味を持つもの。だけど、
「あら、こちらはカリカリだわ?」
女神さまは不思議でした。なぜなら、ピザ生地の半分こはできないはずだから。さっきのはふわふわ、今のはカリカリ。
女神さまは目をつぶりながら不思議そうに小首をかしげます。
「それじゃ、種明かしだよ女神さま。眼を開けて!」
眼を開けた女神さまの前には、ピザが二枚並んでいました。ふわふわのピザとカリカリのピザが一枚ずつ。
おかしいわ。お賽銭はピザ一枚分の代金だったはずなのに。
「ちんこ、これはどうしたの? まさかあなた……」
女神さまはちんこが犯罪行為に及んでしまったのではないかと心配になってしまいます。ちんこがピザを強奪してきてしまったのではないかと。
ちなみに女神さまにとっては営利目的の不正は犯罪ですが、自然災害などによる破壊行為は犯罪ではありません。
「違うんだ、見てよここを!」
女神さまはちんこに言われるがまま、ちんこが指差すチラシに目をやりました。
そこには、
『お持ち帰りの方にはもう一枚ピザをプレゼント』
と書いてありました。
そうです、チラシは『お持ち帰り』のお勧めでもあったのです。
実は村もピザ屋の配達エリア外です。
ところが、ピザ屋にとっては『お持ち帰り』の方が配達バイトに給料を払わなくてよい分効率的なので、村にも『お持ち帰りサービス』のチラシを配って行ったのです。そしてそれは池のポストにも投函されたのです。
こうしてちんこと女神さまは存分にピザを楽しみました。
「こんなにカロリーの高いものを食べたら、私太っちゃうわ」
「そんなカロリーなんか、ぼくが今晩消費させてあげるよ」
二人は幸せです。
その日は二人とも眠れぬ夜を過ごしました。
ただし、ベッドは別々でしたが。
なぜなら、二人で一枚が標準なサイズであるのに、あまりの美味しさに、つい二枚とも完食してしまい、二人とも大量に摂取した食べ慣れないオイリーアンドスパイシーなピザにお腹をやられてしまったから。
そう、一晩中二人はトイレに閉じこもったのです。二人は愚かにも食いすぎてしまったのです。
その日、村にはちんこの唸りに呼ばれた雷と女神さまの苦しみに呼ばれた雨が一晩中降り注ぎました。
こうしてちんこと女神さまは近隣住民から『崇り神』としても崇められるようになったのです。
翌日以降、村と池のポストには『お持ち帰り専用ピザ』のチラシが入るようになりました。
なお、お持ち帰りサービスには、『ピザをもう一枚』の他に『お飲み物サービス』を選べるようになったということです。
二度とこのあたり一帯が雷雨に晒されないようにとの祈りが込められて。
おしまい。