第4話
突然、一枚の黒い紙のような空が、さまざまな色に彩られ。鮮やかになった。
花火だ。
花火が打ち上げるとともに、僕の意識が戻った。
地面から一気に空に打ち上げた花火が、一輪の花となり、咲き誇れる。やがて、その花が次第に散っていき、暗い空に飲み込まれた。たったの十秒だけで、花火が自分の役目を果たして、消えていく。
まるで蛍が発光した後、自分の役目を果たしたら、さらに死んで、この世から消えるに等しいとも言えるだろう。
寿命はかなり短いけど、自分の役目を果たせるなら、それでいいじゃない?
「きれい〜」
「うん」
僕は思わず手を夕奈から離した。自分がさっき夕奈を犯そうとする行為にすごく後悔する。
お互いに好きっていうならば、決して相手はダメとか言わない。
「さっきはごめんなさい、いつの間にか変な行為はやっちゃって」
「……」
夕奈は何も言わずに、ただ頬を染めて、顔を紅潮した。さぞ恥ずかしそうだろう。
「それより、花火を見ませんか? せっかくのチャンスなのに」
観覧車がかなり高いところに回っている。
この角度から見ると、全体的に眺められる。花火と一番近い距離で、そして……
好きな人と一緒に……
結局、夕奈はさっき僕がしでかしたことに対して何も言わなかった。
何も言わなかったからこそ、逆に怖く感じる。
乙女心って理解しにくいもんな。
「帰ろうか?」
「うん」
観覧車を限りとして、僕たちは遊園地から家へ戻ることにした。
おそらく僕がやったことのせいで、あんまり夕奈と話さずにゆっくり歩いているだけになる。
「あのう」
「あのう」
僕たちは同時に話し出した。
僕は夕奈のことを気にせず、先に話す。
「さっきからずっと言いたかったけど、なかなか言えなくて」
「本当にごめんなさい」
「……」
相変わらず、夕奈はひとことも言わなかった。
ただ、僕の頭を軽く撫でる。
「あたしのことが好きなら、こんなことをされても許します」
「もちろんだ、こんなことは好きな人だけとしないと……」
夕奈は開き直った。
「はいはい、この恥ずかしい話はここでおしまい〜」
「早く帰らないと、お母さんにしかられますよ」
僕は腕時計を見る。
もう9時過ぎだ。
「ええ、もうこんな時間だ、夕奈ちゃん、急ごう、おばさんは心配するだろ」
「――うん」
「今日はいろいろ、ありがとうございました、アイスクリームと、十夜くんがあたしに使う大切な時間と、そして、キ、キス……」
夕奈が消え入りそうな声で言う。
「こちらこそ、女の子と遊んだことない僕と付き合ってくれて、ありがとう」
「うん、それでは、おやすみなさい」
「その前に」
「ん?」
僕はすばやく夕奈の頬にキスした。
夕奈の顔がバラより赤くなって、もじもじしている。
「あ、ありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「うん! おやすみなさい」
「ただいま」
「あら、遅いね、もしかして……」
「夕奈と何かイケナイことをしちゃった?」
イケナイって。
「何もしなかった、しなかった」
僕は頭を左右に振る。
危うくイケナイことをしたところだったのに。自分の良心を呵責する。
「晩ご飯もう食べた?」
「うん、食べたよ、夕奈ちゃんと一緒に」
「あら、よかったね、捗ってるわ」
「頑張ってね、十夜ちゃん」
またからかってくる。
「何を頑張る?」
「なんでもない、なんでもない、えへへ」
お母さんは笑い声でお茶を濁した。
「……」
「明日また学校があるから、僕はもう寝る」
「はい、おやすみなさい、十夜ちゃん」
「おやすみ、お母さん」
僕はベッドに寝転がっている。
たぶん、夕奈も寝たかな。携帯があればいいのに、もっと夕奈と話したい、それが、恋する男女の気持ちっていうもの?
しかし、僕の知らないうちに、隣に何か変なことが起こっている……
僕は変な夢を見た。誰が誰か全然わからない。
……
「あ、あなたは誰?」
「私?私はあなたですよ。」
「あなたは私? 何を言っている? 分からない、あたし分からないよ?」
「人を好きになることができないと分かっているくせに……」
人を好きになれない? 何だよそれ? 冗談じゃない?
夕奈は腑に落ちない。
「どうして、あたしは分からない、どうしてあたしは他の普通の人のように他人を好きになれないの? 答えて」
「その理由はない、なぜなら」
「あなたは私だから」
「あなたがもし誰かを好きになったら、その人の回りの人が不幸になる、それは、取り返しがつかない事実だと分かってく」
「……」
「そろそろ時間だ、さあ、お眠りなさい」
どこからの一道の光が射て、夕奈の身体を射抜かれた。
「あああああ」
痛みを感じてないけど、身体の力がだんだん抜けていく。
むしろ吸われていく。
助けて、十夜ちゃん……
翌日、僕はいつもの通り起きる。
なんで昨日はそんな夢を見たのか理解できない、もう一人の夕奈? 好きになれない? さまざまな言葉は頭の中に入って、夕奈への不安を苛立たせる。
「おはよう、十夜ちゃん」
「おはよう、今日はちょっと早く学校に行きたいから、朝ごはんはなしでいい」
「あら、めずらしいね、何があったの?」
「何もないから、心配しないでね」
お母さんに心配をかけたくないから、あえて嘘をついてしまった。
何か悪い予感がする。
「頼む、何も起こらないように」
言葉を呟きながら、僕は出かける。
「行ってくる」
「行ってらっしゃ〜い」
僕は思わず夕奈のところに行って、ドアを叩く。
「夕奈ちゃん、いるのか?」
……
返事がない
僕はもう一度ドアを叩く、もっと力強くして。
「夕奈ちゃん、おばさん、いるか? いたら返事して」
「夕奈ちゃん、おばさん」
何度も呼んだけど、返事がない。
ずっとここにいても仕方ないから、僕はさきに学校に行くことにした。
途中、夕奈の姿が見える。
「夕奈ちゃん〜」
「……」
夕奈は脇目も振らずに、そのまま行ってしまった。だが、僕の目に写る夕奈の目は、血のごとく赤い、それに、なんとなく殺気も感じられる。とんでもないことも起こったらしい。
僕は黙ってその場で立ち尽くした。
何があったのか? やっぱり昨日のことを怒ったのか?
引き続き、僕は夕奈を追跡する。
だが、夕奈はいつもと違って、異常なスピードで歩いている、僕は走っても追いつかないスピード……やっぱりおかしい。
もしかして、昨日の夢を何の関連があるのか?
腕時計を見て、もう8時20分だ。一時限目まであと10分だ。急がないと間に合わない。
とにかく、学校に戻るしかない。夜になったら、夕奈が家に戻るだろう。
僕は急いで学校の方向へ向かう。
途中で、浩平と出会った。
「よっす」
「おはよう」
軽く挨拶をした。
僕は浩平のところに行こうとした時……
「くっ、ぐはぁ……」
突然、浩平の口から、血反吐を吐き出した、さらに、赤い液体がドロドロと流れ出す。
間違いなく、浩平の血だ。
「うわぁぁぁぁ」
痛みを耐え切れずに、浩平はのた打ち回る。
その理由は、謎の少女が鎌を持って、浩平の背中を薙いだということは明白だ。
そして、浩平が瞬間力を失って、パタンと倒れた。
僕は少女に怒鳴る。
その少女はマントを身にまとって、顔まで遮られたせいで、一体誰かわからない。
「そこのおまえ、何者だ?」
「……」
「それはあなたには関係ない」
「私はただ、私の役目を果たすだけだから」
「それじゃ」
そのあと、少女は背を向けて、行ってしまった。
「待って……」
「……」
結局、謎の少女は誰か分からずじまいだ。
何も出来ない僕は、力をなくして、跪いて、浩平を抱いて悲鳴を上げた。
「そんなのいやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕は立ち尽くした。
浩平に何もしてあげられない自分を嫌う。
ビーポービーポー……
救急車の音が聞こえる。誰かが呼んでくれるのだろう?
しかし、浩平はとっくに気絶した。
どうか、間に合いますように。
僕は学校に戻って、先生に報告しないといけないから、浩平の側にいられなかった。
「すまんな、浩平、許してくれ……」
自分を痛恨する。
僕は走って学校に行く。
「ぜぇ……ぜぇ……」
ようやく校門についた。
誰もいない。今日は休みじゃないのに、何故誰もいないのか?
その時、ある知らない女の子がこっちに寄ってくる。
同じ制服を着ている女の子が目の前に立っている。顔から見ると、僕より年下の女の子に見える。制服は僕が着ているのと同じで、学校の後輩に違いない。顔は、気の強そうな女の子に見える。
「誰だ?」
「はわっ、びっくりした」
「それはこっちの台詞だ、それより、名前は?」
「わたし? この学校の1年生の結未というの、よろしく」
「弓?」
「ち〜が〜う、結いの『ゆ』、未来の『み』、結未」
「あ、ごめんごめん、僕は十夜、よろしく」
「わざと間違ってるじゃないですか?」
「いや、それより……」
謎がだんだん大きくなるから、もう自己紹介している場合じゃない。
「今日は休みじゃないのに、誰もいないって、何かあったって知ってる?」
「はぁぁ……」
結未はため息をついた。
「さっきのこと、全部見たから」
「!?」
僕はあっと魂消る。
「ちなみに、救急車を呼んだ人も私……」
「学校の人を非難させる人も私……」
「へえ!?」
すごいな、結未。
「とにかく、町中に暴れている少女に見つからないように、早く家に戻って」
「分かった、結未ちゃんも気をつけて」
「うん」
僕は脱兎の如く、走って家に戻る。
ますます不安が募る。
『あなたがもし誰かを好きになったら、その人の回りの人が不幸になる、それは、取り返しがつかない事実だと分かってくれ』
夢の話を思い出した。
『あなた』って一体誰のことを指しているのか? 僕? 夕奈? それは分からない。
願わくば、これ以上他の犠牲者が出ませんように……
やっと家についた。
僕はドアをアンロックして、入ろうとする。
「お母さん、いる?」
僕は叫ぶ。
だが、家の中に誰もいない。
僕は慌てふためいてあちこちを探す。
まずは部屋、いない。
ただ部屋のドアを開けるだけでなく、たんすのドアも開けたけど、いなかった。次はトイレ、だが、そこにもいない。最後はバス、あいかわらずいない。
一体お母さんはどこにいるのか?
心の中の不安が拭えない。かえって募っていく。
ここで待っても仕方ないから、僕は街に行ってお母さんを探そうとした。
「お母さん、どこにいる?」
静まり返った街中に叫ぶ。
それにしても、答えてくるのは、こっちに吹いてくる風だけだった。
商店街に行こうとする、お母さんはそこにいるかもしれない。
「お母さん……どこにいる?」
商店街の中で叫ぶ。
「はい、ここにいるよ〜」
それは、間違いなく、お母さんの声だ。
「やっと見つけた、お母さん、よかった」
消え入りそうな声でお母さんに言う。
「あら、何があったか? 十夜ちゃん、学校は行かないの?」
「ううん、いろいろ事情があって、今日は休みになった」
「とにかく、お母さんはここにいてよかった、うぐっ」
あれ?泣きたいけど、だが、なんだか涙が出てこない……
なぜだろう?
お母さんを見つけた気持ちを表したい……泣きたい……だか、涙腺から何も出られない
そんなこと、ありえない。
もしかして、何年間も泣いたことないから、もう泣くということが完全に忘れてしまって、泣けなくなった?
『笑いたい時に笑う、泣きたい時に泣く、それは、私たち生まれてから分かる常識……』
『ただ、さまざまの感情の中に、もし、一つの感情が奪われて、これからも表せなくなったとすれば、あなたはどうします?』
ふと夢のことを思い出した。
なぜ僕は泣けなくなった? なぜ僕は狙われている? なぜ僕だけ?
「――っっ」
頭がズキズキと痛む。
ここに悩んでも無駄だ、早く家に戻らないと……
「お母さん」
「はい?」
「ここは危ないから、早く戻って、僕と一緒に」
「あぶない? それより……」
「さっき買い物に行こうとしてここに来たけど、どこの店も閉まっているって」
「十夜ちゃん、やっぱり何があったか?」
「後で話すから、とにかく、早く一緒に戻ろう」
その時、ある人影が僕たちの前に現れた。
「お母さん、下がって」
僕は警戒する、もしそれが夕奈だったら、すぐ逃げる。
そうするしかない。
「ん? どうしたの?」
「とにかく、下がって」
「あっ、うん」
人影の方から声が聞こえる。
「ちわっす」
結未の声だ。ほっとした。
「もういいよ、お母さん」
「お母さん、その人は僕が通ってる学校の後輩、結未だ」
「結未と申します、よろしくお願いします」
結未は礼儀正しくお母さんにお辞儀をする。
「十夜のお母さんです、息子はお世話になりました。こちらこそよろしくお願いします」
「いえいえ、今日出会ったばっかりですから、あはは」
「あらあら、そうなのですか?」
「くすくす」
お母さんはこっちを見て、笑っている。
僕は二股なんかかけてないよ。ああもう、変な誤解をしないでください、お母さんってば。
ちょっと口を挟んでみないと……話をそらしたい。
「結未ちゃん」
「どうした?」
「どうしてここにいる?」
「さっきここの人を避難させたから、これから病院に行こうと思って……」
「病院? 浩平の調子でも見に行くのか?」
「そうそう、わたしのせいで、夕奈を止められないから、浩平がこんな酷い目に……っく、……ぐすっ」
結未が地面にしゃがんで泣いている。
「泣かないで……結未のせいじゃないから」
そうだ、あの少女のせいだ。
「ところで、浩平って、十夜ちゃんの友達?」
「うん、学校で唯一の仲良しだけど」
「では、浩平くんは病院にいる?」
「うん、これから行こうとする、お母さんも一緒に行く?」
「別にかまわないけど」
行きたくなくても行かせてやる。
どうしてもお母さんを一人にさせないから。
もし、このままお母さんを家に帰らせら、何があったら、僕は一生も自分を責めるまま生きていることになる……
僕たちは3人で病院にいく……
カウンターに行って、ちょっと情報聞いてみる。
「すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「さっき怪我して運ばれたけが人がいます?」
「少々お待ちください、今チェックしますから」
「お待たせしました。えっと、一人しかいませんけど」
一人? 他の人はいないのか?
やっぱり、浩平のような犠牲者が一人しかいなかった。
『あなたがもし誰かを好きになったら、その人の回りの人が不幸になる、それは、取り返しがつかない事実だ』
誰かを好きになったら、その人の回りの人が不幸になる? ふざけんな、どういう理だ?
まさか、その『誰か』のことは、僕のこと?
とりあえず、浩平の様子を見る。
「その人は今どこにいるかを教えてくれませんか?」
「あなたたちはけが人の身内ですか?」
「いいえ、友達です」
「けが人は集中治療室にいます」
「ありがとうございます」
集中治療室の中に、浩平が伏せている。隣に一人の医者がいる。浩平を看護しているようだ。
「ひどい、誰か浩平くんにこんなことを」
お母さんはすすり泣く。
これだけを見て、結未がまたしゃがんで、泣き始める。
集中治療室に入られたら、死に直面しているということになるという可能性が高いって先生から聞いた覚えがあるって思い出した。
浩平、おまえが先に行ったら、僕の最後の友達も失くした……
早く元気になってくれ。
恋人なんかどうでもいいから、元気になったら、また一緒に遊ぼう……
二人だけを見て、僕も泣きたくなった。
だが、同じく涙が出なかった。声しか出られない。一体、僕の身体に何の変化があったのか? そんな滑稽なことは人間の体にはないはずだ。
僕は無言のまま、病床に伏せている浩平を見て黙っている。
時間がだんだん過ぎていく。
「そろそろ行こうか、ここで泣いてもなにもならないから」
「謎の少女を探して、直接に聞かないと、なにも解決できない」
「うん」
泣きやんだ二人を宥めて、僕たちは病院を後にした。
今の時間は午後4時、街中に誰もいない……皆は生きられるために、既に家に戻って、避難してしまった。
風の音もはっきり聞こえるような静けさの中に、僕たちは歩いている。目的は一つしかない。謎の少女を見つけ出して、そして、問い質すこと。
身の安全を前提として、僕たちは3人で探している。いざという時でも、男の子がいるから。だが、お母さんと結未を守りきれる自信がない……
探しに探しても、なかなか見つからない。
「うふふ、見つかった」
その声が、謎の少女ではなく、夕奈の声だ。
「あっちだ、早く!」
「はい」
「うん」
急いで声の行方を捜す。けど、心当たりはない。
上なのか、下なのか、左なのか、右なのか、全然分からない。
「うふふ、こっちだよ」
夕奈は再び話す。
今回はちゃんと声の行方を掴めている。学校の屋上だ。
「夕奈ちゃ――ん」
僕は叫ぶ。
「……」
夕奈はあいかわらず声を出さなかった。
「今すぐそっちに行くから、待って」
僕たちは急いで屋上へ向かう。
「!?」
夕奈が端っこに座っている。
夕奈は何も知らないぶりに、恬としている。
「あら、夕奈、危ないよ、早くこっちに来て」
「……」
「ど、どうしよう? このままじゃまずい」
「とりあえず、結未ちゃん、お母さん、僕一人で夕奈のところに行くから、ここでじっとして」
「うん」
僕たちは一緒に屋上に上る。そして、僕一人で夕奈に上る。
二人は頷いて、僕はゆっくりと屋上の端っこ、夕奈が座っているとこに近づく。
二人は夕奈に見られない場所に隠れて、状況を見ている。
「来るな!」
「!?」
夕奈は突然大きな声を出して、僕は驚愕した。
お母さんと結未は固唾を呑んで、状況を見ることしか出来ない。
「なぜだ? 代わりに、一緒に帰ろう?」
「いやだ!」
「……」
「ねえ、夕奈ちゃん……」
「ワタシは、夕奈じゃない……」