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第2話

 午前中の授業が終わる前の5分。

クラスの皆は待ちかねている、そうだ、食堂だ。

 食堂という神聖な場所は、昼ともなると、必ず戦場となる。飢え死に間際の人にとって、この戦闘に負けると、午後の授業はかならず倒れるに間違いない。

 なので、その人たちは勿論他人より一歩早く戦場へたどり着けるために準備しておく。勝ち抜けた人は、美味しい昼ごはんを堪能できる反面、遅れて行く人は、皆が欲しくないものしか買えなくなる。さらに一番まずいパンまで売り切ってしまう可能性もある。

 それが、僕が通っている学校のある残酷な現実だ。

 だから、クラスの人はチャイムが鳴る瞬間を狙って、一気に食堂を走ろうとした。

 キーコン〜カーコン

「きりっ」

「あっ、おい、ちょっと、授業はまだ終わってないぞ……」

 挨拶を無視して、そのまま食堂へ走ろうとする人は僕だけじゃない、浩平と他三名だ。

 この挨拶を無視しただけて、先頭の列に並べる。

「やれやれ、毎日もそうだから、もう慣れた……」

「先生……」

 委員長は無言のまま、先生を見ている。

 一方、僕たちが他のクラスの皆に負けないで、ひたすら食堂へ走り続けている。

 かえって、弁当を持ってきた生徒は、各自に弁当を取り出して、机を囲んで楽しく昼ごはんを食べる。

「今日は絶対やきそばパンを手に入れる!」

「それはこっちの台詞だ!」

「させるもんか」

 同じクラスで抜け出した学生も負けないで叫んだ。

 やっと階段が見える、ここの階段から降りると、食堂がすぐ側にある。よし、負けないぞ。

 降りる前に、階段の隣にあるクラスのドアが急に開いて、誰かバナナの皮を投げてすぐ閉めた。

「うわっ、何これ? 十夜ジャンプ〜」

 僕がバナナの皮を気づいて、それを踏む前に飛び跳ねてみごとに避けた。

「なんでいきなり飛び跳ねてる? おまえ」

「うわぁぁぁ」

 僕の視線に遮られて、地面を見えないせいで、浩平がバナナの皮を気にせずにそのまま踏んじゃった……

 そして、かれいに滑った。

 しかし、浩平の後ろに走った他の三人は、助けもしないで、そのまま階段へと向かった。

 理由は言うまでもない。

 結局、浩平が自ら立ち上がって、ようやく食堂に着いたが……

 やきそばパン売り切れた……

「……」

 残っていたのは、コッペパンしかない。

「ちくしょう、誰がこんないたずらをしやがって」

 自分の無力さに対して、一人で呟いている浩平を不憫に思う……

 でも、僕はあいつを見捨てていない、前列に割り込んで、やきそばパン二個も買えた僕は、へこんでいる浩平に向かって、救いの手を差し伸べた。

「ほら、おまえの分だ、遠慮なく食べて」

「あ、ありがとう、おまえはサイコーだ!!」

「まあ、大したことないけど……」

 突然浩平が僕をギュっと抱きしめられて、何もできなかった。

「ありがとうぉぉ〜、オトコの友情に万歳〜」

「やめろ、恥ずかしいって」

 他愛のない話を続きながら、僕たちはその戦利品を食べた。



 ……



「起立、礼、さようなら」

 委員長の号令とともに、今日の授業が終わった。

「やっと終わった、さてと、今日はゲーセン行く?」

 浩平が誘ってくる。ゲームを楽しむより、女の子をナンパすることが目的だと分かっている。

「悪いけど、今日は行きたくない……」

 僕はあっさりと拒絶した。

「なんだよ? 行かないのか? キレイな女の子がいっぱいいるのに」

「なんでそう思っている? 女の子なら、学校でもいっぱいいるけど」

 僕は反論した。

「オトコの直感だ、ぜ〜ったい間違いない!」

 意地を張って言ってくる。

 たまには、ゲーセンに言って気晴らしにしても悪くないから、僕は浩平と一緒にゲーセンに行くことにした。

「ん〜」

 遠くから、女の子声が聞こえる。

「んんんんん〜〜」

 その声は次第に大きくなる。

「ううううううううん〜〜〜」

 女の子は地団駄をを踏む。

 どこかで聞いたことのある声……

「はぁ、これで10回かな、なかなか取れない……ああもう」

 どうやら10回でもつぎ込んだようだ。

 ぱっと見だけで、その人が夕奈だと分かった。しかし、声をかけようか、かけまいか迷っている。

 声をかけたら、絶対あいつに誤解される。

 でも、声をかけなかったら、なんだか悪い気がする……

「おまえ、何を考えてる?」

「なっ、なんでもない……」

 やっぱり声をかけよう、夕奈がかわいそうだし、どうせ隣に住んでいるお隣同士だから、あいつが理解してくれるだろう……

「よう、こんにちは」

「あれ? あっ、こんにちは、十夜くん、こんなところに会えるなんて、奇遇ですね」

「と、十夜くんって呼んだぞ、おまえはやっぱり……くっ、くやじいぃぃぃ」

 浩平はいつの間にか悲鳴を上げる。

 悪寒がする、そろそろ説明しないと。

「ちょっと紹介する、この人は僕の隣に引っ越したばかりの夕奈、そして、こいつは僕の友達、浩平」

「他人のことを紹介するときはこいつって言うなっつーの! チキショウ」

「こんにちは、はじめまして、夕奈といいます。よろしくおねがいします」

ワンピースと違って、裾はないから掴めない。普段着でありながらも、ちゃんと身体を低くして挨拶をする。

「あっ、どうも、こ、こ、浩平です、よろしく」

 かなり緊張した様子。そもそもゲーセンに行って、ナンパしようしたいのに、おまえはガチガチに緊張してどうするんだ……

「十夜くんはここで何をしますか?」

「たまには友達と一緒にゲーセンに行こうかなと思って、ここに来たけど、夕奈ちゃんは町を見て回ってるじゃない?」

「うん、確かにそうですけど、ゲームセンターに通りかかって、ちょっとしてみたいから、しばらくここにいました。あたし、ゲームセンターに行ったことありませんから」

 ゲーセンも行ったことないのか? 一体昔夕奈はどこに住んでいるのだろう……

 浩平も側にいるから、聞かない方がいい……

「そして、この大きな機械の中のぬいぐるみが欲しいから、すこしして見たけど、もう十回も失敗しました、しくしく」

「どれどれ? 僕もやらせてみる?」

 夕奈が指で指している機械のなかに、いっぱいのぬいぐるみが入っている、どれが欲しいかわからない。

「どのぬいぐるみがほしい?」

「えっと、そこのウサギが欲しいです」

 UFOキャッチャーに入っているウサギのサイズは大きいでもなく、小さいでもなく、夕奈の両手で抱きしめられるぐらいのサイズだ。運がよければ、あまりお金をかからずに取れると思う。

 1発目はちょっとキャッチャーをテストする、どこまで届けるか、クレーンの力をどこまで入るか……それを把握しないと、かなり取りにくい。

 ちょっとウサギの腰の部分を狙って見ると、クレーンがちゃんと締まってないせいで、取り上げることなく、そのままクレーンが戻った。

 これで100円……

 次、2発目。

 今回はちょっと暴力的に、片方のアームを頭に、もう片方のアームを下半身に止める。そして、「押す」のボタンを押した。

 クレーンが徐々に落下した、しかし、片方のアームが頭に届いているけど、もう片方のアームは何も掴めないまま戻った……

「この方法もダメか……」

 夕奈ははらはらとしながら僕を見ている。

 なかなか簡単じゃない……UFOキャッチャーっていうものは……

 10秒もなく、100円玉が次から次へとそのまま水の中に沈むとなる。

 次、3発目。

 今回は縦も横も狙わないで、はすから狙うことにした。

 「押す」のボタンを押して、クレーンが落下した。しかし、今回はちゃんとウサギを掴んだ。

「そうだ、この調子で行け!」

 取り上げたウサギが、ゆっくりもとの位置に戻っていく、そして、ウサギが落下した。

 「おめでとう」のような音楽が流れるとともに、僕はそのウサギを取って、夕奈に渡した。

「すげぇ、たかが300円で景品を取れるって……俺なら無理かもしれん」

 浩平が嘆いたまま、僕を見つめている。

「はい、これを上げる……」

 僕はウサギを取って、夕奈に渡す。

「本当ですか? ありがとうございます」

「えっと、えっと」

 夕奈がコインケースを取り出して、何かを探しているようだ。

「はい、300円です」

「???」

 僕はわけが分からずにきょとんとしている。

「さっき十夜くんが使った分です、それを返します」

「別に返さなくてもいいけど……」

 上げるまで言って、僕はしかたなく夕奈の手から300円をもらった。

「ありがとうございます、大切にします」

「俺にも教えてくれない? UFOキャッチャーのコツを」

 そんな浩平は阿諛追従ぶりに見える。そのコツを使ってナンパしたいならほかをあたってくれ。

「なんでおまえに教えてないといけない?」

「ちぇっ、けち」

「くすくす」

 浩平の文句を聞かされる上に、夕奈が笑ってくる。

「もういいから、二人ともからかわないで」

「とにかく、一緒に帰りましょうか?」

「うん」

 僕たちはゲーセンから出た。

 たわいのない話をしながら、帰路に着く。

「次の交差点で俺は右へ曲がるから」

「僕たちは左だ」

 つまり、別れの時間だ。

「今日はいろいろ楽しかったです。ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ、また会おう」

 何もしてないくせに……

「またね」

 あっという間に、僕たちは家についた。

「ぬいぐるみ、ありがとうございました」

「いえいえ、別に大したことないから……」

「あたしはそう思いません。これが、これが、十夜くんからのプレゼントですから……」

 夕奈は恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。

 そう言われると、むしろこっちの方が恥ずかしい……

「あのう、ずっと聞きたいことがあるんだけど」

「何を聞きたいですか?」

「今日ゲーセンにいたとき、夕奈ちゃんはゲーセンに行ったことないって言ったけど、夕奈ちゃんは一体どこから来た?」

「……」

 あまりにも唐突すぎて、夕奈がすぐ答えられなくて、ぼぉっとしているままだった。

「うん、あたしは、田舎に生まれて育てられました」

「なるほど、早く言ってくれれば良かったのに……別に恥ずかしいことはないと思うけど」

「田舎で生まれ育った子は、それなりの悩みを抱えているから。同じく、都市で生まれ育った子も、それなりの悩みを抱えているから。だから、それぐらいのことを気にしなくてもいいよ」

「でも、あたしはたくさんのことも知らないのです。ゲームセンターまで行ったことありませんし……」

「それを気にすることはない」

「分かりました、ありがとう」

 人間は、限られた時間の中に、すべての知識を頭に入ることができない。自分にとって、役に立てる知識を選んで、覚えて、身につけることこそ、一番大事なことだ。

「ところでさ、夕奈」

「はい、何?」

「田舎に住んでるって言ったのに、なぜ上京した?」

 好奇心は猫を殺すと分かっていても、僕は思わず聞いてしまう。

「えっと、私は人を探しています、大切な人を、探しています」

「大切な人か? その人はどこにいる?」

「あたしもはっきりわかりません……しばらく、あたしのおばさんの家に住んでいますから」

 それにしても、分かってないのに一人で上京するのか? そんな夕奈の勇気に感心する。

「ただ、その人がなんかずっとあたしの隣にいるような気がします」

「でも、その……とは……と……や……ない……し」

 最後の言葉が、声が小さすぎで、あまり聞き取れなかった。

「夕奈ちゃん、最後に何を言った? 僕、ちゃんと聞き取れない」

「なんでもない、なんでもない、えへへ」

 夕奈が舌をぺろりと出して、ごまかした。

「とにかく、また明日ね、おやすみなさい」

「またね、おやすみ」


 僕は自分の家に戻った。

「おかえりなさい〜 私の大好きな十夜ちゃん」

 お母さんが大きな声で叫びながら、僕に抱きつこうとした。

「おっ」

「あわわわっ」

 その一瞬間で、僕は際どいところでかわした、あぶねぇ……

「かあさん! そんな気持ち悪い呼び方をやめてくれない?」

「だって、好きだからしかたないもん」

「……」

 なんだよ、そんな理由なんか僕を抱きしめたくなるって……

「はいはい、遊ばない、遊ばない」

「僕をおもちゃとして遊んでいるのがお母さんじゃない?」

「ごめんね」

「しょうがないなぁ」

 お茶目な性格はいつ直せるだろう。 

「晩ご飯の支度をするから、先にシャワーを浴びて待ってね」

「うん」

 僕はすたすたと歩いて、脱衣所へ向かう。

上着を脱いで、鏡の前に、生まれたままの自分の姿を見ている。一体なにをしているのだろう……

 僕は胸に手を当てる。それは、ちらちらと青く光っている月型の首飾りだ。

「一体なんでこのペンダントが光っているのだろう?」

「後でお母さんに聞こう……」



……



 シャワーを浴びて、僕はテレビを見ながら、晩ご飯を待っている。

「はい、出来たよ」

「今日はチャーハンだね」

「ごめんね、十夜ちゃん、今日は買い物を忘れちゃったから、それで……」

 忘れたらしょうがない。たまにチャーハンを食っても悪くない……

「いいよ、別に謝らなくても……お母さんが作ってくれたら、何でも美味いに決まってる」

 僕はお世辞を言う。

「口だけが甘いんだね、十夜ちゃんってば」

 また恥ずかしがられる言葉を口から出ている……

「とにかく、いただきます」

「いただきます」

 レタスのさくさくとした感じと、調味料と混ぜ切ったお肉の味は、じんわりと口の中に広がっている。レタスチャーハンうまい……

 この世に生きてよかった。

 しばらくすると、チャーハンを平らげた。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

「お母さん、今日はお皿洗いを手伝ってあげる」

「あら、珍しいわね、じゃ、お願いします」

 お母さんは手袋を渡して、テレビの前に座って見ている。

「あれ? お母さん、一緒に洗わないじゃない?」

「手伝ってあげるって言ってるでしょ? では、全部手伝ってくれるよね?」

「……」

 アシスタントとしてやりたい俺は、まるでバカみたい。結局、お皿洗いを全部一人でやるハメになった。たまにはお母さんの力になっても悪くないから、よしとするか……

 10分後、お皿洗いが終わった。

「お母さん、終わったよ」

「おつかれさまでした」

 僕はお母さんのとこに行って、一緒にテレビを見て笑っていた。

「面白かった」

「そうだね」

「さてと、寝ようか?」

「うん」

 そのあと、僕はすこし今日の授業内容を復習することにした。

 午後11時ごろ、ちょっと早いけど。僕たちはこの時間で寝る。

パソコンを持ってないし、出かけることもあまり好きじゃないから。いつも早く寝ることにする。

 お母さんも他の趣味とか持ってないから、いつも僕と同じく夜早く寝ることにする。

「では、おやすみなさい」

「おやすみ」



……



 僕はベッドに寝転がっている。なかなか眠れない。

「うん、あたしは、田舎に生まれて育てられました……」

 夕奈の言葉につくづくと考えている。

 田舎ものなら、どうしてわざと上京して、人を探すのだろう。しかも、その人はどこかにいることさえ分からないとか言っていた……このままじゃ、見つかる可能性はかなり低いじゃない? 

 夕奈を助けたい。

 夕奈のチカラになりたい。

 一体、僕はどうすればいい?

今さら考えてもしかたないので、寝よう……


 気がつくと、もう次の日の朝だった。

カーテンが開けられ、太陽の日差しが浴びている。

その光を耐え切れずに、僕は目を擦る。

「おはよう、十夜ちゃん、朝だよ、起きてください」

「後五分、五分でいいから」

「ダメだよ、起きないと、遅刻するよ」

「じゃ、三分、三分でもいいから」

「それもダーメ、もう起きないと、取っておきなメニューを準備してあげる」

 取っておきなメニューを聞くと、僕はすぐ起きあがった。それは何だろうか分からないけど、なんだか恐ろしいものに違いないから。

 歯を磨いて、顔を洗って、僕は居間へ向かう。

「おはよー、お母さん」

「おはよう、十夜ちゃん」

「おお、今日はパンにミルクだね」

「シンプル・イズ・ビューティー、うふふ」

 お母さん分からない言葉を発した。とにかく、朝ごはんを食べよう……

 朝は牛乳から、っと……

 僕はガラスを持ち上げて、グッと牛乳を飲む……

……

「ごほごほ」

 牛乳を飲む瞬間で、僕は吐いた……

「あらあら、十夜ちゃん、きたないね」

僕は挫折したように身体を前に屈める……

 騙された、まさか牛乳の中にコショウを入れるとは思わなかった。

「あら、ちょっとやりすぎたのかしら?」

「……」

 ほんのちょっとだけのイタズラなのに、でも、僕はすこしでも傷ついた。

 お願いだから、もうやめてくれ。

「もういい、学校行くから、じゃ……」

「……」

「ゴメン」

 お母さんが無力のまま、一人で地面に座って泣いている。

「えぐっ、うわぁぁ

 だが、僕はお母さんを気にかけないで、そのまま学校へ行った。

……

「おはよう」

「なんだよ、おまえ、今日もギリギリじゃねえか?」

「いろいろあってからさ、遅刻しなくて何よりだ」

「昨日はどう?」

「なにが?」

 僕はきょとんとしている。

「他に誰かいる? もちろん夕奈のことだ」

「僕と夕奈の間に何も起こってないから、勘違いしないで」

「おまえ、テレてる。やっぱり何があった?」

 浩平はさらに問い詰めてくる。

「誰が夕奈だ?」

 その声は浩平の声じゃなく、どこかで聞いたことのある声……

 まずい、先生だ……

「それはえっと、まあ……」

「あははは」

 クラスの中に、また笑い声が絶え間なく起こった。

 はぁぁ、また皆さんに笑われる的となった……

「席に着け、そして、静かにしろ」

「起立、礼、着席」

「これからは数学の授業だ、その前、さきに昨日勉強したことを復習するぞ」

「浩平」

「俺?」

 先生の指で指しているのは、さっき騒ぎを起こした張本人である浩平だ。

「球体の体積を答えろ」

「……」

 どうやらあいつが分からないようだ、あいつに囁きでヒントでもあげよう。

 し〜し〜

「そこ! 声を出すなら今日掃除当番だ」

「……」

 先生はすかさず大声で僕を警戒させる。

 ごめん、助けて上げられなかった、一人で頑張れよ……

「えっと、まあ、あのう、ちょっと」

「あった、思い出した」

「じゃ、答えてみて……復習だから、間違っても何も怒らないぞ」

 先生の言葉が疑わしく見える。

「4πr²……」

 浩平が答えた3秒以内に、先生がチョークを浩平の頭のてっぺんに投げる。

「痛てっ、先生、怒らないって言ってたのに」

「でも、チョークを投げないなんか言ってない……」

「はい、次はおまえ」

「……」

 こっちまで巻き込まれる。

「同じ問題だ、答えて」

「4/3πr³」

「正解」

 よかった、昨日寝る前にちらっと教科書を見た甲斐があった……

「浩平、おまえが今日の掃除当番だ」

「あはは」

 またもクラスの皆が笑い出した。もちろん僕は笑わなかった、むしろ笑えなかった。

 放課後……

「じゃね」

 僕は用事にかこつけて、逃げようとした。

「ちょ、ちょっと、おまえ、俺たちは友達だろ?」

「うん、そうだよ」

「だから、友達を見捨てるわけないだろ?」

「うん、そうだよ」

「じゃ、俺を手伝って、一緒に掃除しな」

「それは無理」

「なんでだよ?」

「罰があたるのはおまえだけだから、僕が手伝う義務はないから」

「チ、チクショ……」

 あたりまえのことを言ってるから、浩平は反論できなかった。

「とにかく、じゃね」

「……」

 浩平を裏切ったようで後ろめたいけど、ゴメン。

 僕は教室を出る。用事っていうのは、夕奈のとこに行くに違いない。

 校門を出る時、ある人影が見える、その先には、夕奈が立っている。

 ずっと僕のことを待っていたらしい。

「こんにちは」

「こんにちは、奇遇ですね」

「夕奈ちゃんはここに何してる?」

「ちょうどここに寄ってきて、十夜くんがこの学校に通っているのではないかなと思って、ここで待ってみました」

 ずばり、僕のことを待ってたのか……

「とにかく、一緒に帰りましょう」

「うん」

 僕たちは帰り道を歩いていく。

「夕奈ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだ」

「何を聞きたいですか? 十夜くん」

「この前、夕奈ちゃんが言ったけど、大切な人を探しているって」

「うん、言いましたよ」

 僕はさらに詳しいこと聞く。

「じゃ、その人が、どこにいるかさえわからないのに、どうしてわざと上京したのか?」

 前も同じ問題を聞いたような気がする。でも、そのとき、夕奈ははっきり答えてくれなかった。

「それは、あたし自身もわかりません……」

「……」

「なんだかその人が東京にいると思っていますから、つい……」

「女の子の勘、ですよね、えへへ」

「……」

 こんなことは直感に頼っちゃだめだよ。

 このままじゃいつまで経ってもその人を見つけられないと思う。

 僕は何をすればいい?

 夕奈のチカラになりたい……

 あっ、そうだ。僕も手伝ってあげたら、探す時間が半減できる。

 そして、僕はそう言った。

「夕奈ちゃん、よかったら、僕と一緒に探したらどう思う? 夕奈ちゃんのチカラになりたい」

「一人で探すより、二人で探す方が早いと思わない?」

「話はそうですけど……」

 どうやら納得がいかないようだ。

「その人は、一度しか見たことありませんから、顔もよく覚えていません」

「……」

 どこにいるか知らず、顔さえ分からず、どうみても無理としか言えない……

「あたしが分かっている限り教えてあげますから」

「ああ」

 僕はメモ用紙を手にとって、夕奈ちゃんが言うとおりに書き写す。

「その人が、昔に、私がどこかで見かけました」

「あたしが知らない場所、行ったこともない場所で会いました」

「としは大抵あたしと同じく、たぶん十夜くんのような中学生だと思います」

 昔、知らない場所い、中学生……

 僕はいちいち夕奈が言ったことを書き写す。

「他に分かっている手がかりとかある?」

「もうありません、すみません……」

「謝ることないって」

「とにかく、一緒に帰ろう」

「うん!」

 別の話をしながら、帰路につく。

「あ、あのー、十夜くん」

「ん? どうした?」

「て、手をつないでもいい?」

 ちょっと待って……手を繋ぐ? ココロの準備がまだだけど……

「そ、それはちょっと、なんというか……別にダメというわけじゃないけど、ああもう、何を言ってるんだ、僕は……」

 女の子の前にしどろもどろしている、恥ずかしすぎて、穴があったら埋まりたくなる。

「もしかして、だ、だめですか?」

「いやっ、と、とにかく、ほら」

 僕は自ら手を差し出す。やっぱりそうしないと、オトコマエじゃないかなぁ、それに、女の子から手を差し出してくれるのもいやだし……

 夕奈も自然に五本の指を広げて、僕の指と絡む。

 やわらかい、女の子の手がこんなにやわらかいと初めて分かった。

 小さい頃、お母さんと手を繋いだこともあるけど、それとは全然違う感触だった。うら若き少女が自ら手を伸ばして、繋いでくれと言って、手を伸ばさない男はいるわけない。

 手を繋いでいるおかげで、夕奈との距離もさらに近づいている。もしかして、これが恋する人の気持ち? 恋の予感に胸がときめく。

 突然、強風が起こり、夕奈のスカートがめくられる。

 ピンク色のイチゴの絵柄がはっきり見える。これは避けられないすばらしい罠。いい目の保養だ。

 夕奈が一生懸命自分のスカートを抑えるけど、なかなか風に勝てない。

 初めて自然の力の凄さを感じた。ありがとう、ウィンド。

「ひゃっ、いやぁ、み、見ないで」

「ゴメン」

 僕は思わずそっぽを向く。

 ほんのちょっとだけでも覗いてみたい。

このスカートの中の神秘な花園を覗いてみたい。

 その気持ちは、たぶん、他の男の子も同じだと思っている。僕も思春期に入るのかな。

 しかし、なんとか僕は理性を抑えて、覗かなかった。

 この抽選であたる確率より低く、ごく大切なチャンスを逃した僕は、すこしでも後悔している。

 とはいえ、なぜか男がスカートの中のパンツを見たら興奮する理由がなんとなく分かった。

 色っぽいな、僕は。

 夕奈の様子を確認してみる。

「風がもう止まったけど、大丈夫?」

「もう大丈夫です、心配してくれて、ありがとうございます。ただ、髪が乱れてしまいました……」

 夕奈が髪をすこしいじって、シャンプーの香りが鼻に漂わせてくる。

 髪をいじるたびに、ラベンダー味の香りがどんどん増えてきた。

 ふと昔見た夢を思い出した。

 自分が夜の大草原に座っている。確かに、周囲が紫色で、おそらくそれもラベンダーだったのかな。

 もしかして、夢の中の人って、夕奈と何かのつながりがある? やっぱり考えすぎ。そんな根拠のない勘ぐりをやめたほうがいい。

 ねがわくば、そうでないでほしい……


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