出雲の姫
この母親はなにを言ってるんだ?
その歳でもうボケたか・・・可哀そうに。
「聞こえてるわよ?」
「勝手に心読むな」
私の名は朱桜。
元日本人の男子大学生。
事故って死んだら、いつの間にか赤ん坊になってて、目の前の黒髪の女性に抱かれてた。
最初は戸惑ったが、元の世界に未練もなかったし、なにより親のいなかった私には、久々に触れる母親の温もりが心地よかった。
だが、一つ驚いたことがあった。
それがここ、出雲の国。
最初は自分が過去の日本に飛ばされたのかと思った。
だってこの国のすべてが和風テイストなのだから。建物も服装も言葉も全部。
でも、物心がついたころに、この世界のことや、出雲の歴史を母親に教えてもらい、日本じゃないんだと確信した。
時は流れ、私は18になった。
そんなある日の夕暮れ、母に呼び出されてここに座っている。
そして口を開いた母の意味の分からない一言。
外の世界を見てきなさい。
うん。なに言ってんだ?
私は母から外は戦争してて危ないところだと聞かされていた。
そんなところに実の娘を行かせるなんて、頭おかしくなったとしか思えない。
まさか18歳で母親を介護しなきゃならんとは・・・。
「娘に介護されるくらいなら死んだ方がましだわ」
「だから勝手に心読むな。で?なんで外の世界なんか行かなきゃならないの?」
「その喋り方、なんとかならないのかしら?まったく・・・出来の悪い娘を持つと苦労するわね」
「母さんがいいって言ったんだろ。っていうか自分で出来が悪いとか言うな。地味に傷つくから」
先程からの流れで分かると思うが、母さんは人の心が読める。
これは私達の一族に伝わる、月の巫女の力ってやつらしい。私も巫女の力は使えるが、人の心を読むことはできない。いずれできるようにはなるらしいが。
母さんは人の心が読める、それゆえ私が前世の記憶を持っていることがすぐに分かったらしい。
だから私にこう言った。
母さんの前では素でいなさい。猫かぶったままなんて疲れるでしょう?と。
今さらだが、私はこの国の姫らしい。
びっくりしただろう?私だってそうだ。
だから、子供のころから礼儀作法や喋り方など叩き込まれた。
それを苦痛に感じていたこともあった。
母さんはそれを察してそう言ってくれた。今私が男っぽい喋り方をしているのはそのためだ。
せめて一人称は私にしろと怒られてしまったが、心が軽くなったのは事実。
「まぁ冗談はこれくらいにして。私が外を見てきなさいと言ったのはね?夢のせいなのよ」
「夢?」
月の巫女は夢で未来を見ることができる。
私はまだ未熟だから無理なんだが、母さんは結構頻繁に見ている。
そしてその夢は確実にあたる。今まで外れたことは無いらしい。
あくまで母さんが言っていただけだが。
「そう、夢。夢では近い将来、この世界でとてもよくないことが起こるみたいなのよ」
「へぇ。また漠然とした内容だな」
「えぇ。だけどね?結界で囲まれているはずの出雲も被害が出るほどのことなの」
「なっ・・・そ、そんなことありえるのか?」
月詠の巫女が張った結界は、どんなに強力な攻撃でもびくともしない代物だ。
それが破られるってことか?
あり得るのだろうか。
「朱桜の言ってることも理解できるわ。あの結界が破られるなんてありえない。けれど、夢では確実に何かが起こっていた」
「なるほど・・・それを、私に調査して来いと?」
「えぇ、申し訳ないのだけど頼めるかしら?でも安心しなさい?戦争なんて一部でしかやってないわ。遠視で確認積みよ」
「えっ!?そ、そうなの?」
嘘つき!
この前までいたるところで戦争してるから出雲から出るなとか言ってたくせに。
私が勝手に外へ出ないように言ったんだろうけど。
遠視って言うのは、これも月の巫女の力で、その名の通り遠くのものを見ることができる。私もできるが、隣の家の中が限界だ。
いや、見ないけどね?
「というわけで、さっそく行ってきなさい」
「はっ!?い、今から?」
「前は急げよ。もう準備はしてあるわ」
いくらなんでも早すぎませんか母上。
涙流せとまでは言わんが、もう少し娘とのお別れを惜しんではくれないものでしょうか・・・。
正直不安で仕方ない。
一人旅って言ったって、東京から大阪へ行くとかそんなレベルじゃない。
ここは日本じゃないし、森には魔物がいるらしいし、母さんに教わった武術や巫女の力もどこまで通用するのか謎だ。出雲には魔物は住んでないから戦ったことがない。
「貴方なら大丈夫よ朱桜。私の子なんだもの」
そんな俺の心を読んだのか、母さんがぎゅって抱きしめてくれた。
ずるい・・・こんな時だけ。
「母さん・・・」
「ごめんなさいね。本当は私が行ければいいんだけど、王としてここを離れるわけにはいかないの。だからってこれから来る脅威をほおっておくのも、出雲の民に危険が及ぶかもしれないわ。私たちは月の巫女として民を守る責任がある。分かってくれるわね?」
「うん。分かった・・・私もこの国の人達のこと守りたい」
「朱桜・・・ありがとう」
母さんが私の頭を撫でてくれている。
それだけで気持ちが落ち着いてくる。覚悟を決めよう。
私は月の巫女だ。この家に生まれたからには、その使命を果たそう。
出雲の国の人達はみんな優しい。私たちのことを信頼してくれているのは、普段の生活からも窺える。
私や母さんを見かけた人たちは、「いつもありがとうございます」と言って頭を下げてくれる。
私はそんな出雲の民を危険にはさらしたくない。
守る力を持っているのに使わないなんてありえない。
私は・・・この国の人達が大好きだ。
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やっと陸が見えてきた。
あの後、結界の外に出た私は、空を飛んで海を渡っていた。
これも巫女の力。改めて思ったけど便利だな。
目の前には森が広がっている。
その先には街も認識できる。いったいどんなところなんだろうか?
ちなみに、今の私は、戦闘用の巫女服を身にまとっている。
戦闘用は軽量化されてて、とても動きやすい。
しかも、母さんの加護の術もかかっているため、ちょっとやそっとじゃ汚れないし、濡れないし破れない。それに体温を一定に保ってくれるから寒くも暑くもない。攻撃もある程度なら弾いてくれるというチート装備。
この日の為に特注で作ったのだとか。感謝してます。
母さん凄すぎ。マジ尊敬してます!
あっ、そうだった。
髪と目の色も変えている。
黒髪黒目っていうのは、出雲の人間特有のものらしく、母さんに目立たないようにした方がいいとアドバイスされた。なので、今の私は銀髪に黄色の瞳。
巫女の力は変化もできる。母さんぐらい極めれば、性別すら変えられるらしいが、私にはこれが限界だ。
しばらく飛行していると、海を抜け、森の上空へ入った。
どこに行くかは決めてないが、とりあえず遠くに見える街を目指す。
だが、ふと進行方向に巨大な赤い影を見つけた。
近づくにつれ大きくなるそれは、横幅が約15メートルはある。なんだ?と思い速度を上げて近づいてみると・・・
「へっ?ドラゴン?」
そう、影は赤い鱗に身を包んだドラゴンだった。
前世では伝説上の生き物とされていたドラゴンが横たわっている。
恐る恐る高度を下げて近づいてみると、どうやら息をしていないらしい。
し、死んでる・・・?
身体には無数の切り傷があり、鱗が剥がれて、肉が見えている個所もある。
「うぷっ・・・」
口に手を当て、吐き気を押さえていると、視界の端にドラゴンの傍に横たわるもう一つの影を見つけた。
地面に降り、近づいてみると、どうやら人間らしい。
回り込んで顔を確認すると、若い男のようだ。
癖っ毛のある茶髪、身長も高く180くらいはありそう。
屈んで口元に手を当てて息があるか確認するが、死んではいないようだ。
黒いコートを羽織っていた男は、手に装飾の施された綺麗な剣を握っている。
この人がドラゴンを・・・?
いやいや、ありえない。
こんな化物相手に一人なんてウソでしょ?
何人かで狩りに来て置いてかれたのだろうか?
詳細はどうであれ、このままにしておくわけにもいかないよな。
とりあえず、飛んでる時に見つけた川まで運ぼうか。
ドラゴンの近くなんて怖すぎる。生き返ったら気絶する自信があるぞ。
でもどうやって運ぼう?
試におぶろうとするが、女となった今の身体ではとても持ち上がりそうもない。
150しかない私じゃ、身長が違いすぎて押しつぶされそうだ。
仕方がない。
男の腕を持ち、ズルズルと川の方へ引きずっていく。
お、重い・・・。
途中男の頭がゴンっとぶつかった気がするが、きにしない。
こっちだって必死なんだ。
なんとか川までたどり着いたころには、日が暮れていた。
もうくたくただ・・・。
でももう少し頑張ろう。まずは男の服を脱がして手当てをする。
ところどころ傷を負っているようだし。
なぜ赤の他人をここまでしなくちゃいけないのだろうか。でもこのままにしておくわけにもいかないし。
「よいしょ」
コートと中に着ていたシャツをなんとか脱がせることができた。
それにしても・・・
よくよく見ると整った顔をしている男。
身体も引き締まっており、程よく筋肉がついていて・・・
「・・・っ」
自然と顔が熱く火照ってくるのが分かる。
女として生まれてからというもの、女の身体にまったくと言っていいほど興味がない。
だが、逆に男に身体を見られたり、男の身体を見るのが恥ずかしく感じるようになってしまった。
よくある精神が肉体に引っ張られるとかそんな感じなのだろうか・・・?
って、こんなことしてる場合じゃない!
ブンブンっと首を振って邪な思考を振り払う。
これではただの変態ではないか。さっさと終わらせよう。
暗くなってきたから焚火もしたいし。
腰につけていた小さなポーチから、木でできた箱を取り出して開ける。
中には緑色のクリームが詰まっている。
これはいろんな薬草を調合した、母さん特製の傷薬だ。まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったけど。
クリームを少し取り、傷口に塗っていく。
もう血は止まってるみたいだけど、一応ね。塗った場所にガーゼを当て、包帯で巻いていく。
それを5か所ほど繰り返していき・・・
「ふぅ・・・終わったぁ」
やっとの思いで作業を終わらせた頃には、すでに薄暗くなっていた。
すぐにでも休みたいが、少し空気が冷たい。
私はこの巫女服があるから平気だが、この男は半裸だ。このままじゃ風邪を引いてしまう。
明かりも欲しいし。
そうと決まれば薪を拾ってこよう。
ふむ・・・これくらいかな?
幸いなことに、数日程雨が降っていないのか、乾燥した枝はすぐに見つかった。
多少多めに集めて薪を組む。
そこに・・・
「蛍火」
そう呟くと、薪の端に火が付き、そこから燃え広がっていく。
これが巫女の力。この世界には魔法が存在するらしいが、それとはまた別のもの。
母さんが言うには、魔法を発動するときに使う魔力とは違う、巫女だけが持つエネルギーを触媒にして術を発動してるのだとか。私にはいまいち理解できないが、とにかく特別な力なんだそうだ。
はぁ・・・。
なんで初日からこんなにハードなんだ。
それもこれも横に寝ているこの男のせいだ。起きたらいっぱい文句言って金とってやろうか。
そんなことを思いながら、近くの木に寄りかかって座る。
焚火の暖かな炎を見ていると、眠くなってる。
なんで焚火ってこんなに落ち着くんだろうか・・・。
気づけば、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
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小さなぼろぼろのアパート。
決して裕福と言えなかった。けれどお母さんがいればそれでよかった。
(あらゆう君、残さず食べれたの?)
(うん!)
(そう、偉いわね)
そう言って頭を撫でるお母さん。
お母さんに褒めてもらうためなら嫌いなものだって食べれた。
勉強も運動もいっぱい頑張った。
そのたびに優しく微笑んで頭を撫でてくれる。
そんな幸せな生活がずっと続くと信じていたんだ。
だけど・・・
「んん・・・」
今のは・・・夢?
いつのまにか寝ていたらしい。まだ眠気の残る目をこする。
なんの夢を見てたんだっけ・・・ダメだ。思い出せない。
思い出せないけど、とても暖かかった。
ふと、焚火の炎が目に映った。
あれ?寝ちゃってたのに火が消えてない。
不思議に思っていると、火の中に枯れ木が一本投げ込まれた。
「えっ」
視線を向けると、私が運んできた男が枝を持って座っていた。
私の声に気付いたのか、視線をこっちに向ける男。
「よっ。起きたか?」
予想以上の軽い挨拶に、一瞬殺意を覚えたが、気が付いたのなら良かった。
元気そうだし、私も手当したかいがあるというもの。
「はい。気が付いたんですね?よかったです」
口調をいつもの感じに戻す。
母さんの前以外では基本こんな感じだ。
今では特に違和感も感じなくなったし、常にこれでもいいんだけど、なんとなく母さんの前ではあの喋り方が普通になってしまっている。
それと、出雲の言葉とこっちの言葉は違うみたいだが、お決まりの巫女補正でなんとかなりそうだ。
月の巫女の力ちょー便利。愛してる。
「君が手当てしてくれたの?えっと・・・」
「朱桜ですよ」
「スオウ?不思議な名前だな。けど君に合っていてとても可愛いね」
「へっ?」
突然の歯が浮くようなセリフに面をくらう。
言った本人はいたって真面目なのか、にこにこと笑っている。
こいつは危険だ・・・。なにがって?
あの顔に今のセリフ・・・私が元男じゃなかったら確実に落ちていただろう。それぐらいの破壊力があった。イケメン〇ね!!
真面目そうに見えて、意外と遊んでいるのかもしれない。
人は見かけによらないって言うだろう?
とにかく、いつまでも黙っているのは失礼だな。
「ありがとうございます。それで・・・あなたのお名前をうかがっても?」
「俺か?俺はリューク・アルフォード。手当てしてくれてありがとうな」
リュークは薪に木を投げ込みながらそう言った。
心からの感謝の言葉だ。案外いい人なのかもしれない。
遊び人の疑いは晴れてないが。
「いえ、当たり前のことをしたまでです」
「ん?そっか。優しいんだなスオウは」
はいきた。
いきなり人の名前を呼び捨て。
これは確実に遊んでいる。女の敵だ!
いや、証拠はないがそんな感じがする。
でも嘘は言ってないみたいだし、害はないんだろう。
これはあれだ、ハーレム主人公の持つ特性と同じ、鈍感と天然のハイブリッドだ。
恐らく自分がモテることに気が付いていないんだろうな。
あ、そういえば
「リュークさんは何故あそこに倒れていたんですか?」
あのドラゴンと戦ったのは恐らく間違いないだろう。
なんであんなのとわざわざ戦ってたのかは謎だが。
「あぁ、俺はギルドの冒険者なんだよ。それであのドラゴンの討伐依頼があったから戦ってたんだ。めちゃくちゃ強くて相打ちがやっとだったんだけどね。」
なん・・・だと・・・。
やっぱりアレは一人で倒したのかっ!?
な、なに者なんだこの男。私の巫女の力でも倒せるかどうか怪しいのに。
実際に戦っていないからその辺はよく分からないが。
「一人でですか?お強いんですね」
「そんなことないよ。あれ?そういえばなんでスオウはこんなところにいるの?」
やばっ。
そういえば女一人でこんな森の奥深くにいるのは、いくらなんでも不自然だろ。
だからって本当のことを言うのは母さんに禁止されてるし。
なんの為に変装してるのか分からないからな。
「え、えっと・・・旅をしていて、そしたら道に迷ってしまって。そこでリュークさんとあのドラゴンを見つけたんです」
「そうなの?一人で?そっか・・・大変だったね。それと、無理して敬語使わなくていいよ?」
「いえ、無理はしてないですよ。普段からこの喋り方なので」
「そう?じゃあ名前だけでも呼び捨てにして?なんか余所余所しいし」
「はい、ではお言葉に甘えて」
少しキツイか?と思ったら納得してくれたようだ。
納得したというより、聞かないでくれたって方が正しいかもしれないけど。
それと、私を気遣ってタメでいいと言ってくれたが、さっきも言った通り、普段はこの喋り方なので違和感は別にない。それに、タメで喋ると男言葉が出ちゃいそうで怖いしな。
でも、これからどうしよう。
空を飛べるのは巫女の力だから、飛んで行くのはまずい気がするし。
じゃあ森の中を歩くかと聞かれたら、答えはノーだ。
あんな化物が住んでる森なんて一刻も早く抜け出したいくらいなのに。
やっぱり、今一番いい選択肢はこの男についていくことか?
あのドラゴンと相打ちになるほどの実力者なんだ。そうそうやられることは無いはず。
そんなことを考えていると・・・
「スオウ?その服ってどっかの民族の衣装だったりするのか?」
リュークが俺の服を指さしてそう聞いてきた。
あぁ、そういえば巫女服って出雲にしかないんだよな、多分。
確かに初めて見た人ならそう思うのも仕方ないか。でもあながち間違ってないし否定する理由もないな。
「はい。私の故郷の服なんです」
「へぇ~。そうなんだ、初めて見たかも。とても似合ってて可愛いよ」
「あ、ありがとうございます」
なんだってこの男はそういう恥ずかしいセリフを真顔で言えるんだろうか。
顔が熱いのはきっと焚火のせいだ。
はぁ・・・先行き不安になってきた。
母さん今頃なにしてるかな・・・。
わふー!\(>ω<)