表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
きみの写真編
61/63

52・その後のこと

 昼を過ぎて家に帰ることになった。

 諒ちゃんの車は五人乗りの自動車なので、全員が乗ることはできない。

 詰め込んで帰ることになるのかと思ったけれど、冬吾先輩が一人電車で移動すると言い出した。

「予定はちょっと変わっちゃったけどね、この近くにも撮影に行ってみたい場所があったから。残った時間、オレはそっちに行こうと思うんだ」

 移動費の予備も旅行の仕度もばっちりだからと、先輩は片目を閉じて笑った。




 最後にみんなで集まって写真を撮ることにした。

 おばあちゃんと玄田のおじいちゃんを中心にみんなで並ぶ。

「岩田くん、きみ大きいんだから端っこに行って。桂木兄はその反対側」

 三脚を立ててあれこれ指示を出して「いくよ」と冬吾先輩が小走りで列に入ってくる。

 シャッター音が鳴る。

「ん、こんな感じかな」

 見せてもらった写真はみんなが笑顔で写っていた。みんな、の中には存続が決まったおばあちゃんの家も入っていた。

「ありがとうございます」

 自然とお礼の言葉が出る。そんな私をちゃかすわけでもなく、冬吾先輩は「現像できたらあげるね」とカメラのスイッチを切った。

 みんなで写った写真は、誰が見ても幸せな光景だと感じることだろう。私はそれを大切にしたいと思った。


「那智ちゃんはみんなに大切にされているんだからね。そのことを忘れず、那智ちゃんも自分を大切にしてくれる人を大切にしてあげなさい」

 別れ際のおばあちゃんの言葉だ。

 私はこくりと頷いて「また来るから」と手を振って別れを告げた。


 ※ ※ ※


 週が明けて、いつもの生活が戻ってきた。

 学園に行って授業を受けて、友達と談笑して家に帰って――。

 そんな中で少しの変化もあった。


 委員長はまた部活に出るようになった。

 授業が終わるといそいそと荷物を持って剣道場へと向かう、その表情が以前よりもやわらかくなったように感じる。

「これから部活?」

 帰り際に声をかけると「ああ」と応えるのは以前のままだったけれど、それに笑顔が加わるようになった。

 笑顔といっても委員長のする笑顔なので、目元がわずかに細くなって口元が微妙に上がるくらいのものだ。

 武士の笑顔は希少性があるので、私はハルちゃんをはじめとする女子たちから「是非写メを!」とお願いされるようになった。

 でも委員長の笑顔は数秒ともたないので無理なんじゃないだろうか。

 一度「笑顔で」とお願いしてカメラを向けてみたけれど、無表情のままで終わってしまった。

「私には無理みたい」

 その後の要求には断りを入れるようになった。

 部活関連のことなら笑顔になるみたいだから声をかけてみたらどうかと言ったら、「那智みたいに兄のスペックで普段から慣れていないとできないっ!」と一様に叫ばれた。


 冬吾先輩とは、顔を合わせればお互いに皮肉を言うのは変わらないけれど、戯れにカメラを向けられることがなくなった。

 冬吾先輩が言うには、もう私で遊ぶのはおしまいにする、ということだった。遊んでいる自覚はあったのか……。

 それを聞いてこぶしを握り締めたい衝動にかられたけれど、次の言葉にそれをするのはやめておいた。

「あの家で撮った写真がさ、思った以上に出来が良くって――被写体を人物に当てることについて考えてみようかと思ったんだ」

 続く言葉の中で「何年かぶりだったんだ、人間が好きだと思えたの」と聞き取りが難しいくらいの声で漏らしたことについては、聞かないふりをした。


 次の週明けには、委員長が試合で好成績を残したという噂を聞いた。

 ルールとかはよく分からないけれど、五人チームの一番手である先鋒という大任において全勝を決めたのだとか。

「今後の活躍が見ものだね」

 自分だって剣道のことはよく知らないくせに、ハルちゃんが訳知り顔でそう言っていたのが印象に残った。


 愛梨ちゃんは最近忙しいみたいだ。

 放課後になるとまっすぐに家に帰るようになっている。

「迷惑な親戚が訪ねてきてしまって……」

 ため息を吐く姿は本当に迷惑がっているように見えた。いったいどんな親戚なのだろう。聞いてみたい気がしたけれど、野次馬心で聞くのはどうかと思って聞くことはできなかった。


 学園生活はいつもどおりだったけれど、私は失踪事件を起こしたことを踏まえて、お母さんから「放課後及び休日は外出禁止!」をくらってしまった。

 お兄ちゃんはそんな私の監視役に抜擢された。いらない! 監視役なら諒ちゃんを!! その願いはむなしくお母さんに否定されてしまった。

 曰く、一緒に暮らしているお兄ちゃんのほうが監視役に適しているから、ということだった。お母さんとしては、離れる時間がより短いほうを選択したつもりのようだったけど、私にとってはとんだ苦行だった。

 お兄ちゃんと四六時中一緒という精神的にきつい生活は、夏休みに入るまで強いられることになった。長いよっ!

 登下校はもちろん一緒。家の中でも変なことをしないようにとの監視のつもりなのか、お兄ちゃんは私の部屋の扉をノックして毎日一緒に勉強しようと誘ってきた。

 裏はもう割れているんだから、いいお兄ちゃんぶりはもうなりを潜めるかと思っていたんだけどそうでもなかったらしい。

「一人の時間が欲しい……」

「那智、勉強に集中して」

「はい」

 注意してくるのに笑顔はやめて。私の今日のヒットポイントはもう残りわずかなんだから。

 ――固く凍れ。

 心を凍らせる呪文は今も続いている――。




 そして期末試験を終え、お兄ちゃんと一緒に勉強したこともあり満足のいく点数が得られた夏休み直前の日。

「これ、前に言ってた写真」

 私は冬吾先輩からおばあちゃんのところで撮った写真を受け取り、

「ありがとうございます。あと、私のほうも」

 机の引き出しの中にしまいっぱなしだった冬吾先輩から預かっていた写真を返した。





これで、きみの写真編終了。

次回から新章入ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ