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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
きみの写真編
52/63

44・警告

 諒ちゃんの家から学園に登校するようになって三日目の金曜日。

 大きく変わったのは帰る場所が桂木の家から諒ちゃんの家になったということくらいで、他はあまり変化のない日々が続いていた。

 小さい変化といえば、晃太先輩の連日の告白くらいだろうか。――あれ毎日続いているんだけど、他の人にもしょっちゅう「好き」とか言っているからいまいち重みに欠けるんだよね。

 あえて告白を軽く考えさせるための行動かと思いきや、男女問わずそうなので、晃太先輩は人間自体が大好きなのだと考える。

 晃太先輩は「好きの中の一番がナッチー!」と言っているのだが、なかなか実感となっては結びついていない。

 実は真剣な目が最初の一回のときだけだったことに内心ほっとしている部分もあったりする。軽い調子で言われるからこそ、私のほうも軽くかわせることが出来ているのだ。

 しばらくはこのままでいいと言うので、その言葉に甘えて未だに返事は保留のままだった。


 諒ちゃんとの生活はお互いにストレスなく、快適に過ごすことが出来ていると思う。

 一緒に生活するルールは早めに決めた。

 掃除は気づいた人がやる。洗濯は各個人で分けてやること。お風呂は毎回軽くでいいから磨くこと。

 朝は食パンを自分で焼いて飲み物もセルフサービス。

 夕食は交代で作る、ということは居候させてもらう身なのでむしろ毎回私が作るよと申し出たが、諒ちゃん判定で却下となった。

 曰く、「那智も宿題とかあるだろ。勉強を疎かにさせないってのは保護者として当然の義務なの!」とのことだ。

 諒ちゃんも授業の準備などで忙しいのに、そういったことには細かく分担わけをするのだ。

 彼氏にするなら良い物件なのに、どうして彼女ができないのだろう。――諒ちゃんの面倒見の良さは筋金入りだからな……いい人過ぎるってのがネックになってるんだろうなぁ。

 なんてことを思いながら、今日の晩ご飯のメニューを頭に思い浮かべる。

 昨日お母さんが様子見がてら肉じゃがを持ってきてくれたのがまだ冷蔵庫に残っているはずだ。それに加えて他に何かつくるかな――。

「……豚汁とサバの味噌煮」


「なぁに所帯染みたこと呟いてんの」


 気づけば校門前。ぶつぶつと主婦的呟きを漏らす私の背中に吹雪ちゃんがおんぶオバケよろしく圧し掛かってきた。

「ふ、吹雪ちゃん……重い」

「なによ失礼ね。私の体重は羽よ。羽毛よ」

 そんなことはない。しかも羽毛って、それじゃ布団だよ。つっこみを入れても「あら、それなら私は高級羽毛布団よ」とか頭の中身を疑ってしまいそうな返しがきそうな気がして、私は黙って圧し掛かってくる重みにじっと耐えた。


 耐えること十秒――、吹雪ちゃんの視線がちくちく針みたいに痛い……。

「あんた、ちょっと顔貸しなさいよ」

 昔の不良女子みたいな台詞を吐いて、吹雪ちゃんは私の首根っこを捕まえてそう言った。

「静かな場所でお話ししましょ」

 うふふふっ、と笑う吹雪ちゃんの声から冷気が漂ってくる。もがいても、首根っこを掴んでいる手は離れなかった。

「朝から拉致!? 以後、監禁ルートなんてことにならないよね。ねえ!?」

「人を変態みたいに言わないでよ」

「吹雪ちゃんは存在自体が変態だよ!」

「失礼ね。お仕置きされたいの?」

 そのままズルズルと引きずられて行く。踏ん張ったせいで地面に私の靴で引かれた二本線が伸びていくのが見えた。

 助けて、と周囲を見るも誰も目を合わせてくれなかった。うん、そうだよね……私だって吹雪ちゃんが他の人を相手にこんなことしてたらそうするよ。分かるよその気持ち。でもヘルプミーッ!

 ドナドナよろしく引きずられていく私を最後まで誰も助けようとしてはくれなかった。


 ※ ※ ※


 世間の冷たさを実感しつつ、連れて行かれたのは吹雪ちゃんのテリトリーである生徒会室。

 片手で器用に生徒会室の扉を開けて、吹雪ちゃんは私をそこに放り込んだ。

 吹雪ちゃんが優雅に座るソファの対面に座らされる。

 確かにここなら静かに話ができるだろう。でも私に話はないよ。

 ここ最近、お兄ちゃんに迷惑はかけていない。そもそも関わっていない。家を出たことだって吹雪ちゃんは知らないはずだ。

「あんたこの数日、どこの家にお世話になってるの」

 なぜ知っている!?

 驚愕する私に吹雪ちゃんがにっこりと微笑みかけてくるのが悪魔の微笑みのように見えた。

「水曜日辺りから登校してくる道が違っているそうじゃない。下校時も家とは反対の方向に行っているらしいわね」

 肩がびくっとなった。どこから仕入れた情報なんだ。吹雪ちゃんの情報獲得ルートが恐い。吹雪ちゃんのことだから、情報源はそれは多岐に渡っているんじゃないかと推測する。

「加えて所帯染みた呟き」

 所帯染みた言うな。急に老け込んだ気分になるから。

「あとシャンプー。普段使っている匂いと違っているわよ」

 だからさっき圧し掛かってきたのか。

「あんたが使っているのは――」

 続けて上げられた私愛用のシャンプーのメーカー名に震えは最高潮に達した。

 ひぃぃっ。まさかの警察犬並みの嗅覚!? 人のシャンプーの匂いなんて逐一覚えてないって、普通。

 なにこの尋問。吹雪ちゃんの色々な背景に恐怖が募っていくばかりなんですけど……。

 すいませーん。普通スペックの人間にはこの超人並のスペックはきつすぎます。


「で、恭平クンと何があったの」


 直球きたー!

 吹雪ちゃんのどストライクの質問に、私は「何もないよ」と目線を逸らして答えた。じわじわと背中に汗が吹き出る。

「何もないわけないでしょ」

 いつもしつこいけど、今日は特にしつこく食い下がってくるのは何故!? あーん、もう諒ちゃんの家に帰りたいよぅ。

「何でそんなこと思うの」

 根拠があるなら言ってごらん。

 様子を伺いつつ見つめる私に、吹雪ちゃんが深いため息を吐いた。心底バカにされた気分になるのはどうしてなんだろうね。見た目美女の呆れ顔のため息ってけっこうダメージがデカい。

「恭平クンの機嫌が最近ぐっと悪くなっているのよ。何か話しかけても上の空のことが多いし、いざ意思疎通が図れたとしてもすぐに不機嫌になるし」

 それは吹雪ちゃんが相手だからなんじゃないだろうか。お兄ちゃんは吹雪ちゃん相手だとけっこう態度が酷いから。

 言うと「いつも以上ってことよ」とむっとされた。

 いつも以上って……お兄ちゃんはいったい吹雪ちゃんに何をしたんだろうか。想像がつかないよ。


「喧嘩でもしているのだったら、早く仲直りしなさいよ」

 吹雪ちゃんが前のめりにつのってくる。相変わらずまつ毛はバシバシで長かった。

「不機嫌の理由は私じゃないと思うよ」

 勝手に私を原因にされるのは困る。あの外面お兄ちゃんが妹のことで真剣に不機嫌になるははずがない。

 お兄ちゃんの不機嫌の理由はあの電話の相手だと思う。もしかしたら、火曜日以降もなにか連絡があったのかもしれないし……。

 込み入った事情はお兄ちゃんの個人情報に触れるので、吹雪ちゃんには話せない。「原因は私じゃないんだよ」と念押しの一言を述べたが、吹雪ちゃんはそんなことでは納得してくれなかった。

「あんたが原因に決まってるでしょ」

 分からない子ね、と両頬をむにゅっと掴まれる。「痛い」と言おうとしたら「いひゃい」というとてもまぬけな言葉になった。

 なんでここまでされないといけないのだろう。私は頬を引っ張る吹雪ちゃんの手を「ていっ」と叩き落した。

「そんなわけないじゃん。吹雪ちゃんこそ分かってないよ。私がちょっとくらい家を出たからって、お兄ちゃんが不機嫌になるはずないって」

 今度は私がむっとする番だった。

 しつこく「あんたが原因」と言ってくる吹雪ちゃんに、本当のところを説明できないもどかしさも加わって、私は言葉を強くしてそう言った。


「そりゃ、私が家を出たのはお兄ちゃんが原因だけど……それだって最初に那智には関係ないって言ったのはお兄ちゃんのほうなんだから。関係ないって切り捨てられるような妹に本気で怒るはずないじゃない」

 強く出たはずなのに、語尾は弱々しく消えていった。改めて自分自身にナイフを突き立てた気分だった。

 あれ……? もしかして私って真性のブラコン!?

 ふと疑念が沸く。兄と喧嘩もどきだけどして家を飛び出す妹の図は、まさしく真性なんじゃなかろうかという結論に至りかけて頭を抱えてしまう。

 そんなわけあるかぁ! と叫び出しそうになったところで、思考は吹雪ちゃんのさっきよりも深いため息に中断された。


「はあっ……恭平クンも恭平クンで何やってんのよ。それじゃあ、妹の〝い〟の字もチビッコの〝チ〟の字も禁句になるはずだわ……。兄妹揃っておバカなのよね。なにこの小学生みたいな喧嘩。妹のほうは関係ないって言われて家を飛び出すし、兄はそのことにむかついて人に当たってくるなんて……。あたしの一般常識と察しの良さを分けてあげたい気分だわ」

 途中意味不明な言葉を発しながら、吹雪ちゃんまで頭を抱えて悩み始めてしまった。

 兄妹揃っておバカというのは聞き捨てならないけど、なんか私たち兄妹のことで悩ませているみたいでごめんなさいと脳内で謝っておく。

 ただし吹雪ちゃんに察しの良さはあっても一般常識はないと思う、という言葉も付け足しておいた。

「今はあんたのほうも頭に血が昇っているみたいね。いい? 冷静に聞きなさい。あたしはあんたが恭平クンのもとを飛び出したことを良いことだとは思っていない」

 ぴっと私のほうを指差してくる吹雪ちゃんの目は、真っ直ぐで濁りがなかった。それだけ吹雪ちゃんは自分の言葉に確信を持っていることが分かる。

「空いた距離はあんたから詰め寄らないとどうにもならないんだからね。あっちは頑固で融通がまったく利かない男なんだから」

 これは警告だと吹雪ちゃんは言った。

「早く戻らないと痛い目にあうからね」

 どちらが、という言葉はなかった。多分、八割がた私のほうが痛い目にあうということだろう。

 すでにかなりのダメージが蓄積しているんですけど……。

 けれど、察しの良い吹雪ちゃんの警告は無視しないほうが身のためなんだろうなと、私はその言葉を胸にしまっておくことにした。


 生徒会室を出る直前、吹雪ちゃんが「恭平クンのことじゃなきゃここまで気を遣わなくてすんだのに」とぼやくので、帰りに生徒会室の掃除機かけを申し出てあげた。

 心配をかけさせていることへのささやかな謝罪だ。

 生徒会室は贅沢なことに床にカーペットが敷き詰められている。普通の教室のようにほうきなんかではゴミはとれないのだ。

 申し出ると心ここにあらずな感じだったのに、「避けられるものは隅に避けてしっかりかけなさいよ」ときっちりありがたい(わけはない)言葉を受け取った。

 吹雪ちゃんは嫁をイビる姑を目指す人のお手本になれるような気がする。いや、絶対なれると思う。

 こんなこと申し出るんじゃなかった。髪の毛が一本でも残っていたら「やりなおし!」なんて言われるんじゃないだろうか。今から気が滅入る。人間、いらないことは口にしてはいけないのだと学習した。


 ※ ※ ※


 昼食の後、ハルちゃんとバトミントンをやるために屋外に出た。

 ハルちゃんが本気になるとスマッシュの嵐で試合にならないのだが、今日はラリーを続けることが目的なので跳ね返ってくる羽はやさしめだった。

 ラリーを続ける合間に世間話をする。

 基本的にこういうときのハルちゃんとの会話は面白かったドラマのことだとかマンガのことだったりするけれど、今日は少し違っていた。


「ねえ、委員長の噂知ってる?」

 切り出したのはハルちゃんだ。飛んでくる羽を追いかけて「噂って?」と返す。

「剣道部でさ、一年生なのに試合の主要メンバーに組み込まれたって」

「へえ、すごいじゃん」

 よし、今のはラケットの中央に当たった。羽が高く飛ぶ。けれどハルちゃんの持ち前の運動神経を以ってすれば、追いつくのは楽勝だった。

「それがね、降板になるかもって」

「なんで?」

「スランプってやつ? しばらく部活も休むようにって顧問から部活禁止令が出てるみたい。委員長ファンの文学少女の間ではもっぱらの噂になってるみたいだよ」

 羽がラケットのフレームに当たってポスンと地面に落ちる。

 まさかの委員長不調のニュースに驚いて動けない私の代わりに、ハルちゃんが落ちた羽のもとまで小走りで近づいた。

「私も部活やってたから分かるな。どツボに嵌まるとなかなか抜け出せなくなるんだよね。……まあ、結構簡単なことで元に戻っちゃうこともあるんだけど」

 ハルちゃんは自分も経験があると言う。そのときはすぐにスランプから抜け出せたそうだが、委員長はどうなのだろう。根が真面目だから部活禁止処置は相当苦しい状況なんじゃないだろうか。

 私は部活の経験がないから気持ちは汲み取れない。けれど、精神的にきついだろうなという想像くらいはついた。


「誰か相談に乗ってあげられたらいいんだけど。あの委員長からして黙して語らずって感じかもしれないね。でも、突き詰めればスランプって自分で解決しなきゃいけないんだよ。誰かのアドバイスなんて、結局は余計なお世話。ノーサンキュー。こっちは分かってんだよ、って感じ」

「さすが経験者。言うねぇ」

「経験者だからこそだよ。案外、部外者のほうが話ができるんじゃない? 那智、あんた聞き役になってあげたら? つっこみは多いけど、聞き上手なとこあるじゃん」

 ハルちゃんがいいことを思いついたというように私の顔を見る。

「いやいや。私ごときが委員長の聞き役とかって無理があるでしょ」

 手をぶんぶん振って否定した。なにせ彼は私の心のアニキだ。下っ端が口を挟んでどうこうとか、おこがましすぎる。

「そう? いい案だと思ったんだけどな」

 ハルちゃんは残念そうに羽を飛ばした。――なんだハルちゃん。けっこうクラスメイトのこと考えてあげてるんだ。

 ショックを受けるだけの私より、ずっと親身に考えているハルちゃんに「この子と親友で良かった」と改めて思った。


「那智が委員長にべったりになったら、毎日あの現代武士の渋い顔を間近で拝顔できると思ったのに」


 そっちか!!

 自分に彼氏がいるから、他の女子を近づけさせようとか何て策士なんだ。

 心底きみに感嘆しかけた私の純情を返せ!

 ぷうと頬を膨らませる私に、ハルちゃんが「お、風船はっけーん」とつんつんしてくるうちに午後の授業開始のチャイムが鳴る時間となった。


 ※ ※ ※


 放課後、吹雪ちゃんとの約束を実行するために生徒会室に行った私は掃除機をかけながらふんふんと鼻歌を歌っていた。

 吹雪ちゃんは生徒会の会議でこの場にはいない。

 六月の半ばに球技大会があるのでその話し合いをしているみたいだ。

 この学園は色々と行事が多いので、必然と会議の回数も多くなる。その分、生徒会に入ると内申への考慮は大きいらしい。

 だから生徒会に入る人は真面目で勉強熱心(上位大学への進学のため)な人が多い。

 ただし吹雪ちゃんは例外。内申など関係なく華のある役を獲得するために生徒会長になったような人だ。

 その例外中の例外は顧問のお爺ちゃん先生をしょっちゅうその容姿や行動で翻弄しているみたいだけど、仕事だけはきちんとこなしているらしい。そういうことを諒ちゃんから聞いた。

 副顧問の諒ちゃんがそう言うのだから正しい情報だろう。

 でもあの吹雪ちゃんだからなぁ。先生たち、かなり振り回されてるんだろうな。想像してみると笑えてくる。


 私は吹雪ちゃんに言われた通り、避けられるものは隅に避けて掃除機をかけた。

 掃除機をかけることはそんなに嫌いじゃない。ガンガンに吸い込んで、溜まったゴミを捨てるときの爽快感が好きだった。

 生徒会室専用の掃除機もだいぶゴミが溜まっていたので中身を捨てることにした。

 これだけ吸ってやったぜ、すごい私! と脳内拍手が巻き起こる。

 一通りチェックして髪の毛なんかのゴミがもう落ちていないか確認をする。

「もうゴミは……ないかな」

 これだけきれいになったら吹雪ちゃんも文句はないだろう。

 ドヤ顔で吹雪ちゃんを待ち受けることにして、掃除機をしまうことにした。


 部屋の奥にある掃除用具入れに掃除機をたたんで仕舞う。

 見えないところに汚れ物を仕舞うのは定石だが、生徒会室の掃除用具入れは中身も整然としてきれいだった。見た目に崩れた印象にならないよう、きちんと仕舞い込むように気をつけた。

「よし、これでオッケー」

 流しで手を洗って拭いていたときだった。

 着信が鳴って携帯を取る。表示は諒ちゃんの名前だった。

「諒ちゃんからだ。なんだろう――もしもし?」

『那智。今どうしてる?』

 会議はもう終わったらしい。学園に残っているなら、日も暮れてくる頃だから一緒に帰ろうというお誘いだった。

「生徒会室の掃除してた。あ、今日の晩ご飯どうする? お母さんからもらった肉じゃがが残ってたでしょ。それに加えて豚汁とサバの味噌煮を作ろうと思ってるんだけど」

『なんでもいいよ。量さえあれば』

「なんでもいいって、それが一番困るんだけど」

『ごめん、ごめん。じゃあ、それでいいから帰りに買い物してから帰ろう』

 それでいいという部分には引っかかるが、買い物ついでにお菓子を買ってもいいと言われて「うんと高いモノがいい」と喜んで誘いに乗った。

 諒ちゃんは「げっ」と言ったけど、どうせ行くのはスーパーだ。高いといっても値段は知れている。

 吹雪ちゃんに掃除のオッケーをもらったら駐車場に向かうと告げて、私は通話を切った。


 カタン


「吹雪ちゃん?」

 扉の閉まる音がして、諒ちゃんとの会話途中に吹雪ちゃんが戻ってきたのかと思って振り返る。――振り返って心臓が跳ねた。

「久しぶり」

 お兄ちゃんが微笑みを浮かべて立っていた。

 それは妹に見せる笑顔なんかじゃなかった。誰かを傷つける前の冷たい微笑みに、嫌な汗が流れていくのを感じた。

 手から携帯が滑り落ちて、床に敷かれたカーペットの上に静かに落ちる。

 お兄ちゃんの後ろ手に生徒会室の鍵がカチリと閉まる気配がした――。





吹雪の警告は無駄に終わった。


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