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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
きみの写真編
46/63

閑話:とある従者のぼやき

怪しいあの人の話。

 発作から回復したお姫様は、元気を取り戻した分偉そうな態度が倍増しになる。


「ねぇ、おなかすいた。何かないの」


 椅子に腰かけてけだるそうに肘をつく彼女はついさっき取り乱してすがってきた人物と同じだとは到底思えない。

「昼またいでるんだから学校で昼食とってきたでしょ」

「そんなの全部吐いちゃったわよ」

(おなかすいた、の言葉だけですべてを分かれってか)

 思い至って当然だという口振りで何を言わせるのだとわずらわしげに答える彼女は、授業中であっても構わず呼びつけるくせに、自分の体調のことには驚くほどそっけなかったりする。

 一応食事はするが、何を食べても、そして何を食べなくても大して差はないと彼女は考えている。

 気が向かなければ学校付属の食堂にさえ足を向けないのだから、彼女の華奢なのは栄養不足によるものが多いと思う。

 もっと肉を付けろと言うと怒られるので、ときどき弁当を持たせることにしている。今にも折れそうな体をこれ以上細らせないためだ。

 なんで健康管理までしなきゃいけないんだ、と思うこともあるが、彼女の親にしても高校生なんだから金を渡しておけば自分で食べてくるだろうという考えを持っている頭のおかしい連中だ。このうえ自分が手を出さなければ絶対に栄養剤をぶちこまなければならなくなるところだ。

 とにかく彼女にとって自分の体調のことなど二の次三の次なのだ。

 普通なら異性に対して吐いたなどいうワードは禁句だろうに、彼女にとっては体調不良で吐いたことなど気にすることのカテゴリーにかすりもしていないのだった。

 リアルを生きていない彼女にとって、今の体は動いていればそれでいいのだ。

 本人が気にかけないものを気にするのは現在においてただ一人。それが親でも家族でもない赤の他人の自分しかいないというのが彼女の環境を物語っている気がした。


(これも彼女の言う因縁ってやつに分類されるのかな……)


 冷蔵庫の中身を確認しながら何が作れるか思案する。

 おなかのすいたお姫様はけだるそうに机に黒く長い髪を落としていた。


 ※ ※ ※


 彼女、染嶋そめじま 姫乃との付き合いはもうどれくらいになるだろうか。

 最初はいつだったか。小学校低学年の寒い時期だったということだけは覚えている。


「どうしてこんな子を使おうとするんです」

 和装に身を包んだ、綺麗だが冷たいその人は会うなりそう言って文句をたれた。

 ガキだからって理解できないとでも思っているのだろうか。本妻ってのはそんなに偉いのかよ、と内心で舌を出す。

「これも仕事だ」

 疑問に答えたのはここに自分を連れてくることを決めた張本人だった。

 その日は何かのパーティーで、大事なお得意様が来るのだと聞かされて連れ出されていた。同年代の娘が来るので仲良くなって取り入れという命令つきだった。

 本妻の子は二人いるが揃って風邪をひいていて外へ出られず、保険として妾腹の自分が駆り出されたことは幼いながらも理解できた。

「せいぜいうちの名前に傷を付けないよう礼儀正しくね」

(はいはい。でないと母さんの入院費払ってくんないってんだろ。分かってるって)

 黙って頷くと、大役に緊張しているのだろうと勝手に納得した様子で後は沈黙する。こちらとしてはさえずる煩い鳥が黙ってくれて助かった、くらいの気持ちしか持ち合わせていなかったのに。

 横に立つ父親に当たる人物はそのやり取りすら興味がないのか視線を会場内に向けて、目当ての人物を捜しているようだった。

 父さんと呼んだことはない。話し掛けるときはいつも「あの」とか「すいません」という言葉から始まっていた。


 会場内は暖房がよく効いていて熱いくらいだった。

 見たことがないくらい豪勢な料理が並んでいて、あぁこいつらっていつもこんなにいいもん食ってんのかとどうでもいい感想を持つ。

 そこにある何もかもがどうでもよくて、早く帰りたいということだけは強く思っていた。

 やがて目当ての人物が現れたのか、促されて会場内を進んでいく。

 会場は基本的に立食の装いで、端のほうにわずかばかりの椅子が設置されていた。座っている者などほぼゼロに等しく、出席者のほとんどが手にグラスや皿を持って立ち話に興じていた。

 本妻は少し後ろをついて歩く。こういうときばかりは良妻を演じているんだなと思うと、おかしくて少しだけ口の端を持ち上げて笑った。


 普段は笑顔など見せない繋がり上の父親に当たる男は、場に合わせて笑みを浮かべて相手の名前を呼んだ。

 振り返った男性との間で何やら小難しい挨拶が交わされて、背中を押されて前に出る。

 同じように背中を押されて出てきたのは、フリルのついた白いワンピースを着た女の子だった。やたらと真っ黒な髪が目について、可愛いというよりは日本人形が洋服を着ているみたいに見えて気持ちが悪いと思った。それくらい真っ白で生気の足りない人形のような女の子だった。


「私の息子のタケルです」


(認知された覚えはないけどな)

 身内として紹介するのだから「息子」と言うのは当然なのだが、馴れ馴れしく肩に置かれた手をばかばかしく感じて、一層帰りたいという思いに拍車がかかった。

 姫乃という名前で紹介された女の子は笑って手を差し出してきた。

 双方の親たちは続けて取引の話題に取り掛かる。そうなるともう子供同士の対話に口は挟まれない。せいぜい仲の良いふりだけはしようかと差し出された手をとった。

 握った手はとても柔らかくて温かかった。温度が彼女が人形ではないことを伝えてくるのがとても奇妙に感じられた。


「へぇ、あなたタケルって言うの。まさか苗字は若狭って言うんじゃないでしょうね」


 その瞬間、帰りたいという思いがどこかへ吹き飛んでいた。

 びくりと肩を震わせた自分に彼女は「あら、本当にそうなのね」と無邪気に笑った。そのときばかりは今まで見てきたどの女の子よりも可愛いと素直にそう思った。


 子供二人で壁際に寄って話し込む。

 姫乃は歳が二つ上のお姉さんなのだと胸を張っていたが、幼い容姿に全然年上に見えないと答えるとぷうと頬を膨らませて怒った。

「じゃあ、いいわよ。秘密の話をしてあげるから。あなたは、そうねぇ……すごくつまらないって思ってる」

 いったい何の占いが始まったんだか、とそのときは思った。つまらないと思っていることは表情から読み取れることだろう。どこが秘密なんだか、というのは彼女にも見てとれたに違いない。

 彼女は続けて父親の後ろに付いている本妻を指してこう言った。

「あの人、本当はあなたのお母さんじゃないでしょう。本当のお母さんは今は病院にいる」

 嘘だろ。それが正直な感想だった。

「どこで聞いた」

 そう思うのは当然のことだった。どこからか仕入れた情報に違いないと。だが、父親が自分を連れて来たのはイレギュラーなことで、妾腹の息子であることはこの場にいる誰もが知り得ない情報だった。

 初めて会った女の子に自分の家庭環境のことをつぶさに知られていることを気味悪く感じてのけぞると、自分が当てたことだというのに彼女は口元に手を当てて何かを考え始めた。

「うそ……同じ苗字でタケルって言うからまさかとは思ったけど。……こんなことってあるのね。まさか本物の若狭 タケルだなんて」

 彼女に自分への意識を外されたことが何となくおもしろくなくて、「おいっ」と少し険のある声で口元に当てていた手を取るとびくりと肩が揺れた。

「あっ。ごめん」

 力を込めたわけでもないのにその反応に驚いて焦って手を離す。

「ううん。ちょっと驚いただけ」

 幾分顔色は青ざめていたが、気にするなという気遣いが言葉には込められていた。

 今の彼女に同じことをすれば直ちに文句が雪崩のように振ってくるに違いない。


 この頃の彼女はまだ素直で、人当たりもやわらかだった。

 彼女が変わってしまったきっかけは思い返してみればとても些細なこと。

 ただ彼女にとってはとてもショックを受けることで、彼女の性格を一変させるだけの重大な事柄であったことだけは確かだ。 

 たった一度の出会いが彼女を変えてしまった――。


 ※ ※ ※


 今も昔も彼女は儚く脆い。ただ以前よりも確実に人を刺す棘が増していることだけは事実。

 自分が手を離してしまえば、簡単に彼女は――。

 何度も思い、実行に移したことはないその予感。

 きっとこれからも手を差し伸べ続けるんだろうな、という諦めに近い事実は日々感じ取っている自分の意志だったりする。

「やっかいなのに捕まっちゃったなぁ」

「ねぇ、まだ? できないならコンビニまで走って何か買ってきなさいよ」

(そんなこと言ったって、そこらに売っている既製品なんか口にできないでしょ、あんたは)

 我が侭なお姫様の相手は実に大変だ。

「はいはい」

 コンロの火をつけて、使い古したフライパンに油を注いだ。





お姫様の名前出ました。


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