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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
きみの写真編
40/63

35・デートなんて

 日曜日、朝から私ははりきって支度をして集合時間よりも二十分早く到着した。

 そこには当然「冬吾先輩に会えるわ、きゃは」な感情はない。

 服装も普段なら可愛い感じでフリルがついたものなんかを着るんだけど、今日はオレンジのTシャツに薄手のパーカーを羽織って、髪のセットはほどほどにキャップを被っての参上だ。

(だって荷物持ちだし)

 しかも私が冬吾先輩に対して気合を入れた恰好をするって、意味が分からない。

 けどそれはお兄ちゃんが相手なると違ってくる。ヘタに適当な恰好をすると痛い目に合うのだ。あの兄に対して妹はあの程度のスペックか、って目を向けられかねない。結構傷つくんだ、これが。

(見栄えの良い兄を持つのも苦労するんだよ。特に精神的な面で)


 何かくれるならそれなりの格好をしてもいいけど、冬吾先輩のほうだってそんな需要は持っていないだろう。今くらいのラフな格好で充分だ。

 だって今日のメインは私じゃない。冬吾先輩とデートをする愛梨ちゃんなのだ。きっと愛梨ちゃんは以前映画館で出会ったときみたいに可愛い格好をしてくるに違いない。デートという名称に似合いの可愛い格好を。

(そう。デート、デート……)

 記憶の中の冬吾先輩が「愛梨ちゃんとデートなんだ、げへへ」(実際はそんな笑い方なんてしてないけど)笑いかけてくる。


「絶対邪魔する! いい雰囲気なんて片っ端からつぶしてやるんだからっ」


(先日いいように遊ばれたぶん、今日は思いっきり邪魔をしてやるんだ。そんでもってあの例の音声を消す!)

 スニーカーの紐をキュッと結び直して待つ私に、次いでやって来たのは冬吾先輩だった。

「おっ。ちゃんと来たんだ。えらいえらい」

 キャップの上から頭をがしがしと撫でられる。手つきは乱暴で、いつも回りの女の子に対して触れているような感じとは程遠いものだった。

 この人、最近私に対しての扱いが雑な気がする。前はもう少し丁寧だったと思う。

(だからといって、優しくしてくださいなんて思うわけないけどね)

 変に優しく触られても困る。トリハダが立つ。


 私の後といっても冬吾先輩が来た今の時間は約束の十分前。残るは愛梨ちゃん一人だ。

 絶対冬吾先輩が一番遅く来ると思っていたので意外といえば意外だった。ちゃらい見かけの人が、こうして律儀に時間通りどころか時間より早く到着することもまた女の子にはセールスポイントになっているのだろう。

 後からやってくる愛梨ちゃんはよく気の付く良い子だから、早く到着した冬吾先輩に感動をおぼえてしまうかもしれない。

「はっ。もしそうなったら……」

 愛梨ちゃんの冬吾先輩に対する好感度が上がってしまって、この後のデートでいい雰囲気になって……

「ぎゃーっ! ダメっ。絶対ダメ!」

 私は首を振って自分の予測を否定した。

 愛梨ちゃんがそんな素振りをしたら、「私のほうがずっと早く来たんだよ」ってアピールしよう。そしてナデナデしてもらおう。

 あわよくば冬吾先輩を置いて二人で仲良く――、

「おーい、そこの百面相」

 愛梨ちゃんと仲良くウィンドウショッピングをしているという妄想のあたりで冬吾先輩が顔を覗き込んでくる。

「うわっ。近いっ」

 と私は近い距離に仰け反った。

「ホントそのリアクション傷つくんだけど……」

 冬吾先輩が胸を抑えて傷ついたよポーズをとる。全然心が痛まない。

(絶対傷ついてなんかないでしょ)

 冬吾先輩が私を見る目は玩具を見る目だ。どんな反応を返してもこの人は面白がるような気がした。


「ああ、すいません。つい体が正直に反応してしまって」

 文句を言う冬吾先輩の顔を改めて見ると、頬にうっすらと引っかき傷が付いているのが分かった。

「また修羅場ですか」

「この間の彼女たちにね」

 どんだけ女性トラブルを抱えてるんだ、という私の視線に、冬吾先輩が頬ではなく腕を押さえて笑う。

「ちゃんと謝ったよ。引っ掻かれたけど。ついでに人工物のことも言い訳しといたから。あの子はたまたま通りがかっただけなんだって。それに関しては分かってはもらえたから。安心して」

「当たり前です」

 そうでないと私が困る。恋愛ごとの恨みつらみは面倒なことが多いのだ。私はそれをお兄ちゃんから学んでいる。

「でも良かったですね。刺されなくて」

「まあね。本気が痛いって身に染みて分かったよ」

 私の言葉に冬吾先輩は乾いた笑いをあげた。


 時計を見る。まだ集合時間には七分早かった。

「冬吾先輩」

 無言で立ちすくんでいるのもなんなので、口を開いてみた。この人と仲良くお話、なんてことはできないから、思いつくままを言ってみる。私の独り言みたいなものだ。

「けじめって大事だと思います。良かったんじゃないですか、彼女たちには。怒りを爆発させることができて」

 その場にいなかったからどんなだったかなんて分からないけど、冬吾先輩はきちんと怒りを受け止めてあげたんだっていうことは、うっすらと付いた赤い線から分かった。そうであって欲しいという私の一方的な願望もあったかもしれない。

 言葉は否定されない。どんな形であれ冬吾先輩は彼女たちと「さよなら」してあげたんだろう。そうしないといけない相手が複数いるっていうことは問題だけど、それは大切なことだ。

「ちゃんとさよならできないって結構しんどいんです。冬吾先輩にとっては遊びでも彼女たちにとっては本気だったんでしょう?」

 この間の冬吾先輩の発言を取って言う。

 始まりがどうあれ、本気になってしまったのならきちんと「さよなら」してあげるべきだ。そうでないと生まれた想いが浮かばれない。もう一度新しい恋なんてしようと思えない。

「想いを抱いてしまったのは彼女たちの勝手だけど、そうなってしまったのなら冬吾先輩にだって責任はあると私は思います」

 最後に「私の勝手な意見なんで、気に食わなければ生意気な後輩の独り言だと思って聞き流してください」と加えておく。自分の身を守る保険のようなものだ。


「ホントに分かったような口だけは立派だよね」 


「うわっ」

 被っていたキャップが目深に下ろされる。すぐに引き上げようとツバを持ったけれど、押さえられて動かすことができなかった。

 でも怒っているかというとそれは違う気がした。どっちかというと顔を見るな、とでもいうようにキャップに置かれた手は強すぎない程度の力で加減されていた。

 仕方がないのでされるままにして無駄にもがくのはやめる。愛梨ちゃんもまだ来ていないというのに、今の段階で疲れることはしたくなかった。


「じゃあ、人工物はオレが想いを抱いたらきちんとさよならしてくれるの?」


 私が断ることを前提にしてるってところが、私が先輩に抱いている感情をよく理解していると思った。

(付き合うことに私がオッケーを出すわけもないんだけど、そもそも冬吾先輩が私に対して好意を抱くという設定自体がおかしいと思うんだけど……)

「しますよ。もちろん」

 けど冬吾先輩が話しているのは、付き合うどうこうでなくて「さよなら」に関してなのではないかと感じた。

「想いを告げてくれたら、きちんとさよならしてあげますよ」

「好きだよ」

(即行かよ。ミジンコサイズも気持ちが篭ってないんだけど)

 さあ、来い。なんて思った私がバカだった。やっぱりトリハダが立つ。

 言ったほうの口調は笑いが滲んでいて、とても正式な告白とは受け止められなかった。私はきちんとすると言った手前、きちんとお断りの台詞を口にする。

「ごめんなさい。気持ちはありがたいですけど、受け入れることはできません」

 ダメだ。全然心がこめられない。出てきた台詞は棒読み街道まっしぐらだった。口の端っこがぴくぴくする。

「……ってダメですよ。真剣に言ってもらわないと真剣に受け止められません!」

「そっか」

 そしてようやくキャップから手が離される。

 見えた顔は「残念」と眉を下げていた。でもそれは私が断ったことに対してではないように感じられた。冬吾先輩のことをあまりよく知らないので、何に対して「残念」と感じているのかが分からない。別に知りたくなんてないんだけど、一旦気付いてしまったら突っ込んでしまうのが私の属性。 


「冬吾先輩は何に対して‘さよなら’して欲しいんです。それって私に言っても仕方のないことなんじゃないですか? あっ。まさか愛梨ちゃんとか!? やめてくださいよ。彼女を巻き込むのはっ」


 警戒する私に冬吾先輩が苦笑する。


「人工物って時々妙に鋭いけど、変にバカだよね」

「それって褒めてるんですか、貶してるんですか」

「両方」

(そうですか。両方ですか)

「……でもさよならが大事ってことはなんとなく分かるかも」

 冬吾先輩が伏し目がちにまた腕に触れる。珍しく真面目な表情に私はすぐに反応することができなかった。

 でも分かるのは、

「真面目な顔の先輩ってなんか変」

(ごめんなさいっ。やっぱりすぐに反応してしまった)

「生意気っ」

 被り直したキャップが再びパサッと下ろされた。




 そんなこんなで時間が経ち、集合の十時を二分程過ぎてしまった。

「愛梨ちゃん、遅いですね」

「そうだね」

 愛梨ちゃんなら最低でも五分前には到着していそうなのに、その姿はどこにも見当たらない。

 集合場所を間違えたのか、来る途中で何かあったのか、心配する私たちに着信音が鳴る。私のではなく冬吾先輩の携帯だった。


「……うん、うん。分かった。デートはまた今度ってことで」

 数十秒の会話のやり取りに、愛梨ちゃんが来られなくなったと知る。

 パタンと携帯を閉じて冬吾先輩が私を見る。

「愛梨ちゃんは急用ができてしまって来られないってさ。どうする? オレはこのまま写真撮りに行こうと思うんだけど」

「じゃあ私も行きます」

 私の返事に冬吾先輩が少しだけびっくりしたように目を開く。私のことだから愛梨ちゃんが来ないと知ったらすぐに帰ってしまうと思ったのだろう。

「なんですか。荷物持ちの約束は果たしますよ。でないと音声消してもらえないんですよね」

 荷物に手をかけたところで、


『強くなりたい』


 機械的な音声が耳に入ってきた。

「これのこと?」

 冬吾先輩がイジワルそうに笑って携帯に手をかけていた。

「うぎゃっ。やめてください!!」

 この間みたいに携帯を取り上げようと戦闘体勢に入る私の頭を冬吾先輩の手が止める。

「はいはい。人工物はこれを消してほしかったんだよね。すっかり忘れてた」

(忘れてたのかよっ。人の弱味を録音して、その上脅かしたくせに忘れてたとかバカにしてんですか!? あー、そうだった。私をバカにしてもてあそぶのが好きなんですよね、冬吾先輩は。けっ)

 リーチの差で伸ばした手は相手に届かない。バタバタと腕を振り回す私を冬吾先輩は絶妙な力で押さえ込んだ。

「はーなーしーてーっ」

「やだ。人工物ってばすぐにオレに暴力振るおうとするんだもん」

「そうさせているのは誰ですか」

「はーい。オレでーす。っと危ない」

 蹴りだそうと振り出した足をさっと避けて冬吾先輩が後ろへ飛ぶ。

(ちっ。もう少しでいけそうだったのに)

 脛を蹴り飛ばして、その隙に携帯を奪おうという策は失敗に終わった。それならば次の作戦だ。諒ちゃんから教わったことはたくさんある。

 私は次の策を労するために身を低くした。


「これで終わり。はい、消したよ」


 差し出されたのは狙っていた携帯。冬吾先輩は私に分かるように操作して、音声録音機能の部分に何も記録されていないことを示した。

 この人のことはよく分からない。人を脅したかと思ったら、次の瞬間にはそれをやめてしまう。飽きっぽいのかと思えば、カメラは何年も続けている趣味だという。


「で、どうする?」

(私を試してどうしたいんだか)

 玩具を見るような目は次に私がどう動くのかを見定めてるように見える。

「行きますよ。それが約束ですから」

 私が帰ってしまったら、この人はつまらないと思うんだろうな。そうしてもよかったけれど、帰ってしまったら退屈を感じるこの人の矛先がどこに向かうかなんてすぐ分かる。

「結構義理堅いよね、人工物は。言ったことは曲げないって、そこらの男よりもおっとこらしー」

「その言い方。腹が立つんで、黙ってもらえますか」

 私は荷物に手をかけ、よっと持ち上げた。


「重っ!」


 想像以上の重量の荷物に、付いていくと決めたことをちょっとだけ後悔した。


 ※ ※ ※


 白い空間で銀糸の髪が風もないのにたゆたう。

『どうしよう。早すぎる。流れが早過ぎると取りこぼしてしまう』

 その声は焦っていた。

『今回はいろんなことが早いと思ってたけど、これは自然の流れじゃない』

 声は変質する。妖艶な大人の声から幼い子供の声へ。そのどれもが彼女であり、彼女ではない。

 彼女は特定されない者。

 瞳だけは変わらぬエメラルドだったが、今は閉じて何かをさぐろうとしていた。

『見えない。何か邪魔が入ってるみたい……』

 祈るように手を重ねる。


『頑張って、愛梨』 


 開かれたエメラルドの瞳は遠い空間にいる彼女に向けられていた。




冬吾の那智への扱いの雑さは愛着の表れなんだよ、とは気がつかない那智。

次回は冬吾と那智の写真撮影という名のデートです。


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