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31・GW、登校

上手なタイトルをつけられるセンスが欲しい。

 三連休が明けて火曜日。休みボケと体調不良から回復したばかりの私にとっては少々きつい登校日です。


「恭平くーん、連休どうしてた? 私はね――」


 久しぶり(と言っても三日ぶり)のお兄ちゃんの姿に勇気あるお姉さま方が突進をかましている。

 数メートル離れたところでその様子を見ながらも、私は入り込むことができずに餌付けされていた。


「はい、ナッチー。お土産のホワイトチョコだよ。ボクが行ってきたのは牧場の多いところでね、名物なんだって。あーん」

 

 そう、餌付けされていた。


 何故か朝っぱらから寄ってきた晃太先輩が私の横に並んで歩きながら次々とお土産のチョコを放りこんでいるこの状況。

 美味しい。けど、喉が渇く。

「どうしたんですか? えらく気前が良いですね」

 お土産とはいえ、貴重な食糧を大盤振る舞いするのが晃太先輩らしくないと思い尋ねてみた。

(自分の分がなくなりますよ?)

「えへへっ。久しぶりにナッチーの顔を見たら嬉しくなっちゃって」

 晃太先輩は本当に嬉しそうに答えつつ、また次の包み紙を開いて口に放り込んでくる。

(だから喉が渇くんだってば。こら、さりげに頭をヨシヨシしないでください。晃太先輩は手つきが雑だからセットが乱れるんです。はあっ。いつから私は愛玩動物になったんでしょうね)

 いくら見た目が可愛い人でも、「一応」先輩からの好意なので強く断れないのだ。私は放り込まれるホワイトチョコをもぐもぐと咀嚼した。

(美味しいけど、あんまり続くとちょっとクドイ。あの、そろそろ勘弁してくれませんかね。唾液が少なくなってきた)

 どうしたんだろう。晃太先輩は頭を打ったんだろうか。お土産を「あーん」してもらうほど仲が良かった覚えがないんだけど……。なんでここまで懐いてくるんだろうか。

(むしろ避けたり突き飛ばしたりした記憶しかないんですが)

 晃太先輩に対する直近の記憶といえば、肝試し大会のときの化けネコに扮した姿だ。ガイコツの標本と共に突然抱き着いてきてそれを突き飛ばしたのが直近の出来事。

(うーん、やっぱり晃太先輩はM属性なんだろうか……やめてください、私にSっ気はありませんよ?)

 自分の想像に引いてしまい、私は距離を取ろうと晃太先輩から一歩身を引いた。


 トンッ


 身を引いた私の背中に何かの感触がぶつかる。


「こっちのビターチョコもなかなかいけるんだよ。はい、あーん」


 星太先輩だった。

「海道先輩……」

「あーん」

 差し出された濃い茶色の物体に反射的に口を開ける。大人し目のビターチョコが私の舌にゆっくりとトロけていく。続けざまのふんわり甘いホワイトチョコにクドさを感じていた後だったので、余計に美味しく感じられた。

「美味しい?」

「はい、美味しいですけど……」

 なんだろう。どことなく雰囲気が違うような気がした。

(前より落ち着いたような?)

 晃太先輩と二人でいるときは一緒にはっちゃけていたのに、今日の星太先輩はなんだか一人でいるときのように落ち着いた雰囲気を放っていた。 

「ん?」

 言葉を引き出させるように首を傾げられる。感じた違和感に言葉を捜すが、上手い言葉が思い浮かばなかった。それは、あのときの状況に少しだけ似ていた。何かを伝えたいのに伝えられないもどかしさに……。

(ああ、そういばあのときは思いっきりボロボロ泣いてしまったんだっけ)

 涙腺が緩みまくっていたあの日のことが思い出されて、私は顔が熱くなって思わず俯いてしまった。


「うえっ。なにその反応!? 星太っ。やっぱりナッチーと何かあったね!?」

 晃太先輩が騒ぎ出す。

「何もないですっ!」

 咄嗟にそう返す。

「いらない誤解を生みかねないので騒がないでください。恥ずかしい」

 とりあえず声は下げてくれたけど、「じゃあ、なんで顔が赤いのさ」とぶつくさ文句を垂れられる。やましいことは一切なかったとはいえ、あのときの状況を事細かく説明するのは難しい。というか恥ずかしい。突っ込んでくるな、と言いたい。


 ぷうっとふくれる晃太先輩と赤くなって慌てる私を前にして星太先輩がふふっと笑った。


「何もないってば。ただ……」

「ただ?」

「ナッチーは教えてくれただけ。ボクはボクだって」

 片目を閉じて「ね?」と見てくる星太先輩はあのときのことを詳しくは言うつもりはないようだった。

 私としてもボロボロ泣いていたという恥ずかしい状況だったため詳しく話されても嫌なのだが。

 二人の間には秘密なんてなさそうなイメージを私は勝手に持っていた。

 誰にだって秘密の一つや二つ存在しているだろう。そんなことは当たり前のことなんだろうけど、この二人の間に互いに言わない秘密が存在していることが不思議に思えた。


「なにそれ!? 星太は星太でしょ?」


 可笑しなことを言うんだな、と晃太先輩が首を捻って「うーん?」と唸る。

「ぷっ。あははっ」

 そんな晃太先輩に向かって星太先輩は吹き出して笑い出した。目には涙まで溜まっている。

 そこまで笑えることか? とも思ったけれど、星太先輩にとっては今の一言はとても重要な言葉だったんだということはなんとなく分かった。星太先輩にとってはとても大事なこと、そして必要なこと。そう思った。

 だって、笑ったあとの顔がとても晴れやかなものだったから。


「ははっ、やっぱり晃太には敵わないや。……うん、それでもいいんだ。ボクはちゃんとここにいる」


 誰にも分からない言葉だったけれど、私には星太先輩の中で何かの踏ん切りが突いたような台詞に聞こえた。


「ここにいる」


 もう一度繰り返す星太先輩に晃太先輩が「もう、わけ分かんなーい」とホワイトチョコを自分の口に放り投げた。(お土産じゃなかったのか、それ)


「あ、そうだナッチー。ボクのことも下の名前で呼んでよ。ナッチーにはちゃんと名前で呼んでもらいたいんだ。ナッチーは大事な後輩だから」


 星太先輩が改めて私のほうに向いて言う。その言葉には異性間の色めいたものは微塵も感じられなかった。

 どちらかというと、人として認めてもらったような色を私は感じた。

 部活なんかはしていないので上級生と下級生とのやり取りなどは知らないけど、もしかしてこんな感じなんだろうか。

 一人の人間としてきちんと認めて受け入れられた、とでも言えばいいのか、とにかく私は嬉しくて、

「はいっ。星太先輩っ」

 胸が暖かくなって何度も頷いた。

 

「うわぁん、なんなの、その反応っ!? ボクも混ぜてぇっ!」


 晃太先輩がガバッと飛びついてきたけど、寸前で星太先輩に止められる。恨みがましい目で睨む晃太先輩に星太先輩はポンポンと肩を叩いて諌めにかかった。

「晃太、もういい年なんだから。誰かれ構わずホイホイ抱き着きに行かないの! そんなんだから異性として認識されないんだよ」

 星太先輩の言っているのは多分愛梨ちゃんのことだろう。確かに好意を持っていても、誰かれ構わず抱き着きに行っていては意識してもらえないのは仕方のないこと。

(そうそう。自重しようね、晃太先輩。そしてよく言った、星太先輩)

 でも、星太先輩の言葉からどうやら愛梨ちゃんは異性として晃太先輩のことは意識していないようなので安心した。

 もともとそんな気はしていたが、事実として聞かされるとほっとする。お兄ちゃんにはまだまだ分がありそうだ。

(頑張れ、お兄ちゃん)


 はいどーどーと暴れ馬を扱うみたいに星太先輩は晃太先輩を引っ張っていった。少し形は変わってきているみたいだけど、あれはあれで良いコンビになるかもしれないと思いながら二人に向かって手を振った。


 門から見える学園正面の時計を見る。

 まだ朝のHRまでには時間がありそうだったので、乾いた喉を潤すためにも自販機に行こうかと思案する。

 お兄ちゃんはまだ数人の女子に囲まれて歩みはノロかった。学園までは到着したし、もう離れて登校してもいいだろう。 

 女子に囲まれるお兄ちゃんはいつも以上に人当たりの良い笑顔を振りまいていた。その笑顔が「那智は来なくて大丈夫だよ」と言っているようで、私はそこに入っていくことができないでいた。

 入り込む隙間をお兄ちゃんのほうから閉じているような気がしてならなかった。


 昨日からなんとなく感じている違和感。

 

 体調不良から回復して次の日、その日は観光はそこそこにして帰ることになったのだが、やはりというかお兄ちゃんは私たちが離れた隙に女の人に囲まれた。

 元気も戻ったので虫よけしてあげようかと近付こうとした私を、お兄ちゃんはちらっと見てすぐに女の人たちを追い払っていた。いつもだったら私が行くのを待っていたというのに、その日はそうはしなかった。

 そして今日は変に愛想を振りまいている。

 私の体調を気遣ってのことか、それとも自分で女子たちの相手をしようというやる気を出してくれたのか。私としては面倒が少なくなって良かったとは思うのだが……。

 朝はいつも通りに髪をセットしてくれて、一緒に朝食を食べて家を出たというのに、何かが違っていた。


 この微妙な違和感が気持ち悪かった。


「あーら、たそがれちゃって。いつもなら割り込んでいくのに、どうしちゃったのよ? 妹チャンは」

 

 吹雪ちゃんがおんぶお化けみたいにして背中に圧し掛かってきた。今日も化粧はばっちし完璧だ。(本当、男にしとくのもったいないよね)

 

「あー、久しぶり、吹雪ちゃん。新入生歓迎会ではステキなイベントどうもありがとう。おかげ様でさんざんな目にあいました」


 思いっきり棒読みで言ったのにもかかわらず、吹雪ちゃんはふんぞり返って「そうでしょう?」と高笑いを返してきた。

「反響はなかなかのものだったのよ。アタシが生徒会長で良かったでしょう? 大いに褒め称えなさい」

(反響はなかなか? むしろ阿鼻叫喚だったよ。私にとっては)   

 高笑いをする吹雪ちゃんを無視して、私は先ほどの質問に答えてあげた。


「お兄ちゃんのことはいいんだよ。いつまでも妹がベッタリ甘えてるってのもおかしいでしょ。群がる女子にしても虫よけがいなくても何とかするって感じだし、可愛い本命の子だってできたし、離れるにはいい時期なんじゃないかな」

 答える私に吹雪ちゃんがさっき晃太先輩に撫でられて乱れた髪を梳かしてくれる。その手つきは洗練されていて品のあるものだった。

「あら、あんたたちはベッタリくらいが普通だと思ってたんだけど? それに、あんたが本当の意味で恭平クンに甘えたことなんてあったかしらね」

 手つきとは反対に吹雪ちゃんの目が面白いものを見るように細められる。

「甘えてるよ。十分に」

 思いのほか優しい手つきについついプンとそっぽを向いてしまう。

「あんたはなんにも分かってないんだから。離れると言うのなら無理は言わないけれど、あんまり距離を取り過ぎると元には戻れなくなるわよ?」

 吹雪ちゃんの目は「仕方のない子」とでも言っているかのようだった。見透かされている気がしたけれど、自分でもよく分からない感情を言い当てられそうで聞くことはできなかった。……知りたくなかった。

「まあ、アタシとしてはそんなあんたたちを見てるのも楽しいけどね」

 私の額を小突いて、吹雪ちゃんは颯爽とお兄ちゃんのほうへと歩いて行った。


 ドガッ

 

 早々に何かやらかしたらしく、吹雪ちゃんがお兄ちゃんにど突かれる。


 いつも通りだなぁ、と思うのに、何かが変わっているのを私の肌はひしひしと感じとっていた。 




今回は久しぶりに那智視点。

感じる違和感に気持ち悪さを覚えながらも、正しい答えを知りたくないと思う那智。


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