表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/63

3・双子と私

 一年生の教室は三階にある。

(若者は歩けってか)

 二年生は二階、三年生は一階だ。

 学年が上がるごとに階が下がっていくので、こうして面倒な階段の上り下りは減っていくことになる。

 特別教室なんかは他の棟にあるので、いちいち移動距離が長い。この学校には棟を繋ぐ渡り廊下は二階にある職員室の横にしかない。あまり日陰を作りたくないという、設立当時の理事長の意向でこのような作りになっている。

 生徒側としては、日陰どうこうより移動距離が長いことの方が切実な問題だったりする。

(だって、移動教室とかになると短い休み時間の間に急いで移動しなきゃいけないんだもん。しんどい)

 棟と棟の間に設けられている中庭は広く作られていて、四季を彩る花が植えられている。これを維持しているのは生徒ではない。専属の庭師が特別に雇われているのだ。

(ま、私立だからね。それなりにお金はかかってるんだよね)

 再婚前のうちの家計だったら、とても通えていなかった学園だ。新しくお父さんとなった人は結構大きな会社の重役さんだったりする。


 えっちらおっちら階段を上がって1Aの教室まで向かうと、そこにはもう先客がいた。

  ガラッ

 扉を開けて入った私にかけられたのは、重なりあった二つの声だった。

「「おっはよー。ナッチー!」」

(ナッチー呼ぶな!)

 ふわふわとした金色の髪(染色でなく自前の)、紺碧の湖の瞳、人懐っこさに溢れた笑みを浮かべて私を出迎えたのは、双子の海道(かいどう)兄弟だった。

 兄の名前は晃太、弟の名前は星太(せいた)

 そっくりな双子は母がフランス人、父が日本人のいわゆるハーフ。外見がそっくりなことを良いことにお互いに同じであることを楽しむ彼らもまたファンを多く持っている。そして愛梨ちゃんに好意を持っている男子ということもあり、私の心の要注意人物リストに名前を載せている人間でもあったりする。


 そんな二人は満面の笑みで私に声をかけてきた。

「ナッチーが一番乗りだよ」

「ナッチーは朝が早いよね」

 窓際の机に乗っていた二人がこちらに寄ってこないうちに、私はさっと教室へ入って愛梨ちゃんの机があるところを横切った。愛梨ちゃんの机は廊下側から二列目、真ん中の席だ。二人に詮索されないよう、ぱっと教科書を押し込んで、私の方から先に彼らに近づいた。

(だって、どうせ寄ってくるし)


「いったいどうしたんですか? 海道先輩方」

 あまり身長が高くなく(多分163cmくらい)愛嬌があって、人懐っこくても、彼らは私より一歳年上の高校二年生。先輩である。

 ナッチー呼ばわりされることには腹が立つが、丁寧な言葉で対応するのは、縦割り社会で暮らす日本人な私にとっては通常スキルだ。

 呼び方については、二人が先輩であることもそうだが、否定しても直しそうにないので放置している面もある。

(フリーダムだからな、この二人は)

「2Aの教室は下の階ですよ? 勢い余って上まで来ちゃいましたか?」

「「もう、ナッチーってば辛辣!」」

(よく辛辣という言葉を知っていましたね。褒めてしんぜよう) 

 心の中で褒めてあげる。実際に褒めると飛びついてくる可能性があるので、この双子の扱いは要注意だ。

 二人は自分達の容姿が大抵のことは笑って許してもらえるスペックであることをよく分かっている分やっかいだ。躊躇なく「わぁい、大好きぃ!」と、兎角女の子に抱き着きたがるので、こちらとしては迷惑しているのだ。

 お兄ちゃんには平気で飛びつく私だが、他の男の子に飛びつかれるというのはまた別物。抵抗がある。

(いや、むしろしないでくれ。するなら私以外の人希望!)


「ボクたちは別に教室を間違えたわけじゃないよ」

「でも、早起きなナッチーには特別に教えてあげよう。あのね」

 と晃太先輩が話し始めたのを慌てて止めにかかる星太先輩。

「ダメダメ晃太。教えるのはクラス全員が集まってから、って言ったでしょ!?」

 同じように見えて、その場のノリで暴走しがちな晃太先輩を止めるのは星太先輩だったりする。

クラス全員ということは、目的は愛梨ちゃん一人ではなさそうだ。

 二人は2Aの学級委員長・副委員長でもあるので、その関係で来たのかもしれない。


 思えば二人との出会いもその関係であった。


 ※ ※ ※


 四月のオリエンテーリングでは、各クラスの一つ上の学年の学級委員長・副委員長が校内の案内をすることになっていた。

 生徒間の結束を固めるため、というのが学園の方針らしい。

(私には単に先生の仕事を減らしたいだけにしか思えないけど。だって、学級委員長はそれなりに任される仕事が多いみたいだし)


  パンパンッ


「「はーい、みんな静かにしてー!」」

 手を叩いて静寂を促す二人。

 入学式を終えたばかりということもあり、教室内はざわついていた。それに加え、見た目に華のある二人が登場したものだから、そのざわつきはより大きなものになっていた。

 二人の指示を受け、多少のひそひそした声はあっても、ようやく教室に静けさが訪れる。

 素直に言うことを聞く新入生たちに、ウンウンと頷く二人は声だけでなく動作すら揃っていた。

(動作まで揃ってんのか、コワッ)

 何気にそんな感想を浮かべる私をよそに、ざわめきの静まった教室の前に立って二人は話し始めた。

「じゃあ、改めて自己紹介するね。ボクが2Aの学級委員長の海道 晃太で」

「ボクが副委員長の海道 星太です」

 そう言って自分たちの名前を黒板に書いていく。

「「では、名前を憶えてもらったところで親睦を深めるためにも一つゲームをしようと思いまーす!」」


「「恒例のどっちがどっちでショー?クイズー!!」」


(恒例って、私らと貴方達が会ったのは今日が初めてのような気がしますが?)

 そこにツッコミを入れる勇気は私にはなかった。

「「はーい、みんな立って、立って!」」

 彼らが全員を立ち上がらせてニッコリと微笑みを浮かべると(大部分の女生徒がこれにやられて目をハートにしてました)ゲームは始まった。


 ルールはいたって簡単。

 海道兄弟が一旦教室の外に出て行き、シャッフルして再び入ってきたときに、どちらが晃太か星太か当てるというものだ。

 双子の片割れが「ボクが晃太で、もう一人が星太だと思う人」と言って、回答者の私達が手を上げて正解だったらそのまま立っていて、不正解だったら席に着く。

 これを何度か繰り返して、最後まで残れた人は二人からご褒美をもらえるという特典付きだった。

 二人はここに来たとき、一緒に大きな紙袋を持っていたので、ご褒美は相当大きなモノだろうと期待に胸が膨らんだ。

 ご褒美に釣られて、私も何とか正解できないものかと思ったが、残念ながら開始一回目で不正解となり席に着くことになった。


 一回目での正解者は約半数。

(まあ、二択だからね)

 私は席に着いてしまったが、愛梨ちゃんは残っていた。


 二回目は二人が赤と緑のサングラスを掛けての登場となった。額には「筋」と「肉」の文字のシールを貼っていた。

(どこで手に入れるんだ、そんなモノ)


 三回目で、蛍光ピンクと水色という奇抜な色合いのアフロのかつらを被って教室に入ってきたときに、ようやく二人が「どっちがどっちでショー?クイズ」と言った意味が理解できた。つまり色々な小物を使って、楽しくどっちがどっちだか当てさせるという“ショー”を兼ねていたのだ。

 これには女の子だけでなく男の子たちも喜んだ。男の子というのは、いちいちこういったお遊び感覚が好きな生き物だ。二人の登場に大笑いで拍手を交えて迎えていた。


 こうして回数を重ねて五回目を迎える頃には、残る人数は三人にまで減っていた。

 愛梨ちゃんもそのうちの一人だ。しかし残る人数が三人とはいえ、全員が女子というのは何かしらの執念を感じる。

 今回の二人は金と銀のキラキラとしたラメの入った大きな蝶ネクタイを付けていた。

(どこぞのお笑い芸人か)

 向かって右にいた金色の蝶ネクタイを付けた方が言葉を発する。

「はい。じゃあ答えてね。金色蝶ネクタイのボクが晃太で、銀色蝶ネクタイの方が星太だと思う人は手を挙げて」

 ここまでくると、私にはもう二人がどっちだか分かるようになっていた。

(これは正解。右が晃太先輩で左が星太先輩)

 座って落ち着いて観察することで、違いが分かってきた。

 晃太先輩の方が髪のクセが若干きつく、瞳の色が薄い。反対を言えば、星太先輩の方が髪のクセが若干ゆるく、瞳の色が濃い、ということになる。

 座っているみんなはどっちがどっちだか分からなくて首を傾げている。

 こういった勝負ごとに負けるということが悔しい私は、真剣に二人を観察していた。若干の容姿の差、わずかに違うクセ、見てれば分かると言うのは私が観察眼に優れている証拠だろうか。


(まあ、あのお兄ちゃんの微妙な日常動作の差にいつも神経張り巡らせてると、自然とこうなっちゃうよね)


 ここで手を上げたのは愛梨ちゃん一人だけだった。

「じゃあ正解者は」

 左の銀色蝶ネクタイが言う。

「「手を上げたキミ、だいせーかーい!」」

 結局、大きな紙袋の中身はクイズの為の小物ばかりで、ご褒美は小さな手のひらサイズの星形キャンドルだった。

(ちぇっ、つまんないの)

 それでも愛梨ちゃんはそれを嬉しそうに受け取って、「じゃあ、お返しに」と、たまたま持ってきていたらしい市販のクッキーを差し出していた。

(なんて女の子らしい優しさ。私だったら隠して帰り道で一人ボリボリ食べるな)

「「ありがとー!」」

 お礼を述べてさっそくクッキーを食べ始める二人に(食い意地はってんな)、愛梨ちゃんは「今度は手作りのクッキーを持ってくるので、そのときは食べてくださいね」と苦笑する。

 その笑顔に私はドキュンと胸を撃ち抜かれた。

(ますます良いじゃないか。可愛いうえにお菓子作りまでたしなむなんて……これは是非うちのお兄ちゃんの彼女に!いや嫁に来てもいいよ!!)

 私は一人、モエモエとしていた。


「「ほんとー? ボクたち甘いものにはめがないから、大歓迎だよ!」」

 揃って喜ぶ双子に、席に着いていた女の子達が「はい、私も作ってきます!」「私、お菓子作りは得意です!」と鼻息荒く身を乗り出して挙手していた(ハンターだね、みんな)のには苦笑するしかない。

 男子の方は、そんな女子の勢いにもやれやれと首を振る感じ。でも、そこに双子に対する嫌味はなかったので、ゲームで楽しませてくれた面白い先輩達という認識ができあがっていたのだろう。

 最初の宣言どおり、このゲームで双子はこのクラスの生徒たちとの親睦を深めることに成功したようだ。


 その後は、二人に連れられて校内の案内をしてもらった。

 添乗員よろしくお手製の旗(1A様御一行と書かれた旗)を持つ彼らの後ろをついて、説明を受けながらあちこちを周った。

「ねぇ、その髪につけてるリボン可愛いね」

 にこっと笑って声を掛けてくれたのは愛梨ちゃん。可愛いと褒めてもらって嬉しくない人なんていない(私も当然嬉しい)ので、素直にお礼を言った。

「えへへ、ありがとー。でも、水野さんもすごいよね。全問正解するなんて」

「そんなことないよ。見てたら何となくそうかな、って思っただけだから」

(ほえー、本当に観察眼鋭いなぁ。それに天狗にもならないなんて……。これはますますお兄ちゃんの彼女に欲しい!)

 それをきっかけに校内見学ツアー中は愛梨ちゃんと話をしながら巡ることになった。歩きながら、どんな食べ物が好きか、読んでいる本は、私服はどんなものを着るか、などちょいちょい情報を仕入れていく。

(だって、お兄ちゃんの彼女候補だからね。どんなささいな情報も重要なのだよ)


 道中、双子はクラスみんなのあだ名を決めていった。

 愛梨ちゃんは「アイリちゃん」、私は「ナッチー」。私の「ナッチー」はムカつくが、これはまだマシな方だった。岩田委員長なんて「ゴツゴツ委員長」なんてあだ名をつけられていた。

(おま、それ岩田って苗字のイメージだけで付けただろ。なんて可哀想なあだ名を付けるんだ!)

 そんなあだ名を付けられても、委員長は眉毛一つピクリとも動かしてはいなかった。

(武士だね、委員長)


 ここまでが双子の兄弟、海道 晃太・星太との出会いの流れである。




 ついでに起こったことを補足しておく。

 一通りの説明事項を受け終えて帰り支度をしていると、1Aの教室までお兄ちゃんがやって来た。

「那智、一緒に帰ろう」

 突然現れたキラキラした生物に教室内の女生徒がざわつきだす。中等部からの持ち上がりの子なんかは、これが私の兄であることを知っているが、高等部からの子なんかは初見なわけで、「えっ、あんな格好良い人が彼氏!?」という目で私を見てきた。

 お兄ちゃんが自分の口で「那智は僕の妹だよ」と説明してくれるわけでもないので、私はめちゃくちゃ嬉しそうな顔を作って、

「お兄ちゃん、来てくれたんだ。那智嬉しい!」

と駆け寄ってその腕にひっついた。

(なに来てんの。必要時以外は来ないでよ。目立つんだから!)


「あ、校門で花を付けてくれた人だ」

 愛梨ちゃんがぼそっと言う。

 お兄ちゃんはそれに今気が付きましたよ、という顔をして「あぁ、今朝の」と愛梨ちゃんに近付いていった。

(そうか、それが目的か。私をダシに彼女に近付くためっすか)

 兄の恋路の邪魔をするつもりはないけれど、利用されたことに少々やさぐれモードに入ってしまってついむっとしてしまったことは内緒だ。一歩下がって観察する私の前で、二人は早速自己紹介を始めていた。

「こんにちは。那智の兄の桂木 恭平と言います」

「こんにちは。水野 愛梨と言います」

 ぺこりと頭を下げる姿勢は綺麗なものだった。


 以上、双子との出会いと愛梨ちゃんとお兄ちゃんが知り合うきっかけになった入学時の出来事でした。




双子登場の回でした。

そしてお兄ちゃん少々。


那智の観察眼について補足:

兄との生活もそうですが、小5まで母子家庭だったということもあり、日々「お母さんは何かして欲しいことないかな」「仕事で疲れたりしてないかな」と気を使って生活してきたため培われた観察眼です。

(じゃないと、兄の暗黒面に気が付かない)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ