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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
28/63

25・肝試し大会、星

――もう誰も傷つけないの。


 傷つけたくない、ではなく、傷つけない。

 まるで過去に誰かを傷つけたことがあるみたいな言い方だった。私の覚えのないところで私は何かをしてしまったのだろうか。今までの人生で記憶喪失になった覚えはないけど、すっぽりと抜け落ちてしまっている記憶の穴があるような気がした。

 頭が痛い。

 なおも邪魔をする思考に頭を押さえる。

「ちょっと黙ってて」

 ぶんと頭を振って校舎を見あげる。暗がりに真っ直ぐに立つ校舎は闇にそびえ立つ魔宮のように見えた。

 震える足が留まりたがる。

 校舎内はいっそう暗く目に映る。それでも私は体育館の明かりが届かなくなる灰色の廊下から暗闇の黒に切り替わる境界線を越えてここまで来たんだ。

 もう少しだけ頑張ろう、と足を進めた。


「待ってくださいっ」

 特別棟の入り口を入ってすぐのところで眼帯ウサ吉の燕尾服の先を掴んで引き止める。ちょっとつんのめってウサ吉の動きがストップした。

 動悸が止まらない。バクバクとうるさい鼓動を無視して、私は言葉を発した。

「海道先輩、私の手を引いてくれたのはあなたです。道を教えてくれたのも」

 太陽のない夜の海の道を指し示すのは夜空に浮かぶ星だ。

 昼間は太陽、夜は星。海を渡る者が道を見失わないように行く先を指し示す光の名前。

 彼らの名前はそういう意味なのだと思った。二人で一つじゃなくて、どちらも欠けてはいけないのだ、とそういう意味で名付けられたのではないだろうか。

 どう伝えたらいいのか私には分からなかった。詩人でも演説家でもないので上手い言葉が思いつかない。

 でも、さっきのどちらでも構わないというような言い方はしてほしくなかった。よく似ていても海道先輩は晃太先輩じゃない。

「あなたです」

 分からない。どう言えばいいのか。だから「あなたです」と繰り返し言った。もっとかけるべき言葉があったんだろうけど、何も出てこなかった。

「分からないなんて……言わないで…」

 いつの間にか頭の中の声は消えていた。けれど、それでもまだ頭はズキズキと痛みを訴えかけていた。

 あの悲しい瞳を見てしまってから、私の中で「何か」の衝動があとからあとから湧き上がってくる。


 何かをしなければよかった。何かをすればよかった。何かをしなくてはいけない、何かをしたい――


 分からないけど、ここに来たのはその「何か」に突き動かされたからだった。

「違う、のは……あなただから……」

 言葉に詰まるのは何を言ったらいいのか分からないから、何を言ってはいけないのか分からないから。

「ごめ、…なさい」

 ごめんなさいは伝えられないもどかしさに。

 足元がおぼつかない。体が揺れる。これ以上は思い浮かばなくて、私は両方の目から雫を垂らした。


「那智、もういい」


 燕尾服をつかんでいた指にヌイグルミではない人の手が重ねられた。

「お、にぃちゃ……何で……」

 私の背中から覆いかぶさるようにお兄ちゃんが立っていた。重ねられた手と背中に当たる体温が暖かくて、夜の寒さに体が冷え切っていたんだと感じた。

「体育館でゴールする人の整理をする係だったんだけど、那智が来たのにまた戻っていくのが見えて追ってきたんだ。ほら指、離して」

 力を込めすぎて指が白くなっていた。お兄ちゃんがそれを一本ずつ引き剥がしていく。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

 呼び声に返事が返る。怖かったからか寂しいかったからか、それとも安堵したからか分からない。十分な酸素が頭に回っていないみたいでめまいがする。

 頭がふらりと揺れて体が傾いた。

 眼帯ウサ吉の息を呑む音が聞こえた。その後ろに愛梨ちゃんと委員長の姿が見えた。

 傾く体はお兄ちゃんに支えられ、子供を抱っこするように体がふわりと持ち上げられた。

 さっきよりも近くにお兄ちゃんの顔がくる。変わらない外面笑顔。私がずっと「来て」と呼んでいた顔がそこにあった。

「――んっ。お兄ちゃんっ」

 さっきまで一音も出てこなかった呼び声が音になる。私は恥も外聞もなくお兄ちゃんにしがみ付いた。

 制服の紺に涙のシミが広がっていく。それでも構わずに私は何度も名前を呼んで、離れたくないとばかりに腕を回した。


「もう帰ろうか」


 なんて魅惑的な誘いだろう。そう言ってくれたけど、私も本心では帰りたくてたまらなかったけど首を横に振ってその提案を拒んだ。

 最後まで残らなければいけないと私の中の誰かが叫んでいた。


 ※ ※ ※


 パチパチと薪がはぜる。

 校庭の中心にくべられたキャンプファイヤーの火をみんなが囲んでいる。早々に役割の終わったお化け役たちも混ざっているので、さながら百鬼夜行のようだ。

 私は校庭の隅のベンチで委員長に膝枕をしてもらいながら横になっていた。ふらつく頭を押さえていると膝を叩いて横になるよう促されたので、恥ずかしながらも頭をのっけさせてもらったのだ。愛梨ちゃんは飲み物を買いに行ってくれている。

 あの後、合流したみんなでゴール地点の体育館に向かった。そこには何故か先に着いていた若狭くんがいた。愛梨ちゃんを見るとすぐに飛んできてひたすら謝り始めたのには驚いた。「先に」とか「逃げてごめん」とか言っていたので、私と同じようにお化けにビビッて逃げ出したようだ。妙な仲間意識ができてしまい、ペコペコと謝る姿に同情心が湧いた。

 お兄ちゃんにはそのまま体育館に残ってもらった。

「本当に帰らなくていいの?」

 そう確認までされたけど、私は無言で首を振り続けた。途中で帰ることをしてしまえば、また何かしらの後悔をしそうな予感がしていた。だから乾きつつある涙を拭いて笑ってお兄ちゃんの体を押した。傍にいられると「帰りたい」と言ってしまいそうだった。


「なんか……何から何までお世話になってます」

「べつに」

 短い言葉。べつに気にするなと言いたいのだろう。短い言葉はそれはそれで味があるけど、委員長はもっと言葉数を増やした方が良いと思った。

「ごめんね。置いていって」

「いや、こっちこそスマン。目を離した」

 上向きに寝転んだ視界に夜空と委員長の顔が映る。委員長の目に私を責める様子はみじんも浮かんではいなかった。むしろ目を離したことに責任を感じている様子に、改めて委員長の責任感の強さを感じた。

 夜空には星が出ている。でもキャンプファイヤーの火が意外に明るくてあまりはっきりとは見えなかった。委員長の視線は一瞬だけこちらに向けられて、すぐにキャンプファイヤーの方に向けられる。

 真っ直ぐな視線の委員長。彼から出る言葉は脚色がなくて好きだ。

「ねぇ、委員長……」

 だから聞いてみたくなった。

「私、海道先輩に酷いこと言ってなかった?」

 私に対して良い意味でも悪い意味でも優しい言葉しか返してくれないお兄ちゃんに聞くよりも、正直な感想を言ってくれそうな委員長に聞いてみた。

「べつに」

 べつに酷い言葉だとは思わなかったということだろう。やっぱり言葉が足りない。でも正直な言葉に安心して、止まったはずの目に涙が浮かんだ。委員長のごつごつした手が目元を覆う。暖かい手。その優しさにまた涙腺が緩んで涙が溢れた。

 あの悲しげなウサギに何かが届いたかは分からない。でも、かけた言葉が酷いものでなかったというならそれだけでも良かった。

(本当に前途多難だな)

 ゴールでもらった札を握りしめる。そこには上級生からのメッセージが書かれていた。

『前途多難~それでも前に進み続けろ』

 因みに委員長の分は

『言葉を交わせ~人との繋がりは大事です』

 愛梨ちゃんの分は

『願いは叶う~しかし努力は怠るな』

 メッセージというより、神社で引くおみくじ要素のノリで書かれているみたいな内容だった。


 よいしょと起き上がる。

「大丈夫か?」

「大丈夫」

 まだ少しふらつくけど、自分の足で立ち上がりたかった。

 今回の肝試し大会はこの上級生からのメッセージを胸に札を火に投下するまでが本来の最後だ。私は一応最後までやり遂げたんだ、と火に近づいて札をえいっと投げ入れた。


 ※ ※ ※


 チャリン チャリン


 自動販売機から落ちてくるおつりの小銭を拾い上げる。冷たい缶を取り出して空を見上げた。

 ここまではキャンプファイヤーの明かりは届かない。

 夜空に浮かぶ春の星がキラキラと瞬いていた。

 この学園は周囲の住宅地よりも少し高台にあるため空がよく見える。南の空に大きく広がる春の大三角を探す。しし座の二等星デネボラ、うしかい座の一等星オレンジ色のアルクトゥールス、そしておとめ座の一等星白いスピカ。

 キラキラと瞬く名前が知られている星たち。その周囲にある名前を知らない星の一つに手を伸ばす。指を一本ずつゆっくりと折りたたんでいく。だが握りこんでも星は手の平に入ってはこなかった。


 さっき確認した好感度の上昇がかんばしくなかった。


 桂木 恭平:63

 土屋 冬吾:42

 海道 晃太:46

 海道 星太:49

 岩田 蔵乃介:47

 木村 諒一:68 


 冬吾の好感度はそれなりに上がっていたが、他は横ばい状態。那智が最後まで頑張ったことは素晴らしいことだと思うが、こちらに影響が大きく出てきてしまっている。

「願いは叶う……か」

 もらった札に書かれていた言葉があまりにも各自の状況に当てはまっていて笑ってしまう。

 今回はそれぞれとの好感度がそれなりに上がるイベントとなるはずだった。結果はまずまずとも言えそうにないほどの微量の上昇度。


 好感度の情報は夕刻頃、女神の便箋にて送られてくる。誰がどれくらい自分に好意を抱いているのか、それを知るために必要な数値。その簡潔な数値にずいぶんと振り回されている。

 表示される数値に踊らされている感も否めないが、影響が大きくなるとこちらとしては邪魔をしなければならなくなる。現に委員長と那智を探しに行ったときも妨害してしまった。委員長の那智に対する好意寄りの感情を言葉でもって責任感にすり替えた。

「ずるいな……私」

 変化を良いことだと思っているくせに、いざ自分の邪魔になりそうな場面になると妨害をする。

(こんな人間が主人公なんてね)

「自分の願いのために……」


「願いが何だって?」


 物思いにふけりすぎて人の気配に気が付かなかった。

 いつの間にか傍に来ていた国語教師の木村が横を通り過ぎて自動販売機に小銭を投下した。

「先生……どうしてここに」

 彼は校庭で生徒がキャンプファイヤーにイタズラをしないように見張る役目があったはず。それに彼のファンの女子に囲まれるため抜け出すことも容易ではなかったはずだ。あくまで「はず」だが。

 落ちてきた缶コーヒーのプルタブがプシュッと開けられる。

「喉が渇いてな。ちょっと抜け出してきた」

 彼は時々イタズラが成功したときのような少年の顔をする。普段の教師然とした態度とのギャップがまた女子生徒の心をくすぐる要因となっているのだが、彼はきっとそんなことは気付いてもいないのだろう。誰かに特別に見せる顔というわけでもなく、自然と出る顔のようだった。

 自分もそんな表情を好ましいと思うけれど、情報にないときの対応には頭を悩ませてしまう。しかも誰もいないと油断して素に戻っていたところに来られたのだ。どう言えば正解なのかが分からない。

「で、願いって?」

 彼はしつこく聞いてくる。そんなに自分に興味を持ってくれているのかと思うと嬉しいが本当の願いは口にできない。

「星が綺麗で……手に入らないかなって思って」

 握っていた手をグッパーと数度開いて閉じた。

「でも手に入りませんでした」

 言って胸の痛みに気付く。自分は手に入らないようなものを欲しているのか。手に入らないものと気付くと余計に渇望が湧く。焦がれて焦げ付きそうだ。

 

「なんだ、水野は星が欲しいのか」


 空っぽの手が引かれて手の平を上に向けさせられる。彼は飲みかけの缶コーヒーを地面に置いて、ガサゴソとスーツのポケットから何かを取り出した。出てきたのはファンシーな柄のナイロンの小袋に入った金平糖だった。

 木村は女子からはもちろんが、男子からも好かれている教師だ。彼はまんべんなく生徒の様子を見ることができる目を持っている。

 気配りのできる教師で、生徒の悩み相談なども積極的に請け負っているらしい。相談に訪れる生徒向けにまれにスーツに忍ばせているお菓子を振る舞うこともあるそうだ。


「本物じゃないけど、やるよ。これで我慢してくれ」


 今日はたまたま持ち合わせていた日だったようだ。

 開かれた小袋の口から小さな星が手の平にこぼれ落ちる。ピンクや白、水色といった星たちが手の平に小山を作る。

「教師の給料じゃ星はやれんからな」

「星と言われれば星にも見えないこともないですけど……」

「文句は受け付けないぞ」

 缶コーヒーが飲み干され、ゴミ箱にカランと転がった。


 手の平の星を口に放りこむ。それを噛み砕くと甘い匂いが口の中に広がった。一つ、また一つと租借する。

 甘さが喉の奥に消えていく。

 自分のために用意されたものではないのに、わざわざ「星」と表現してつまらない感傷に付き合ってくれる優しさが嬉しかった。優しさが嬉しくて、目頭が熱くなる。

 すべてを飲み込むと胸の痛みは薄らんで小さくなっていた。

 いつもならそうはしなかったが、彼を囲む女子生徒のようにその袖口を握って少しだけつんと引っ張った。微弱な力なので腕はちらとも動かなかったが、それで構わなかった。


「星、もうなくなっちゃいました。またくださいね」

 

 これは自分と彼との約束にはなりえない。

「じゃあ、いつでも要求に応えられるように常備しておかないとな」

 わしゃわしゃと髪をなでられる。乱雑な扱いだが、それでも胸が震えた。嬉しくて涙が出そうで、だから数歩離れて振り返った。暗いところならこれで表情も分からないだろう。

「約束ですよ。星が欲しくなったら、また」

 これは愛梨と彼との約束だ。それが少しだけ寂しかった。


 ※ ※ ※


 誰も来ないような暗がりで、一人どこかへと電話をかける男子生徒がいた。

 ほっそりとした肢体をフェンスに寄り掛け、視線を先に見える明るい火へと向けている。首のネクタイがだらしすぎないほどに緩められた。


「――とまあ、こんなことがあったんですけどね」

「――っ」

 電話の主が声を荒げて何かを言っているが、耳に当てていると鼓膜に響いて痛いので携帯を遠くに離して終わるまで待った。

「愛梨と木村も情報になかった接触をしてたみたいっすよ。どうせ姫さんに勝ち目はないんだから監視なんて無駄っすよ、無駄。俺もう家に帰りたい」

「――っ」

「全部終わるまで帰ってくんなって? あとはもうみんな帰るだけで、って……あーあ、切れちゃった」

 プツッと途切れた携帯を見つめる。

 かけなおそうとも一瞬思ったが、出てもらえない可能性の方が高くて溜め息をついてポケットにしまいこんだ。

「あー、もうホントにわがままなんだから。付き合わされる方の身にもなれっての」


 肩をすくめて空を見上げる。


「あ、流れ星っ」


 白い小さな星の欠片が夜の空を横切る。少しだけ体勢が変わったことで光を受けて制服の胸ポケットにしまいこんだ眼鏡がキラリと光った。






最後に兄登場。

監視人も出てきてごっちゃになりそうです。

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