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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
27/63

24・肝試し大会、眼帯ウサ吉

眼帯ウサ吉のターン

   

 階段の下で泣く私の前に現れたのは、片目に眼帯を付けた巨大な眼帯ウサ吉の姿だった。下から照らし出すペンライトの光りに黒い着グルミの顔が不気味に浮かびあがる。

「や、やだっ!」

 ぬっと現れた黒い影に私はとっさに手を振り払って目元を両手で覆って頭を振った。それがどんなに優しい手つきだろうと、今の私にとっては周囲に存在するものすべてが「怖いもの」に変換されていた。

 手を涙が伝う。溢れた涙が床に零れていく。ひっくひっくと嗚咽が漏れて、

「――……っ」

 乱れていく呼吸に呼び声にならない人の名前を呼んだ。

「うぅっ。こ…声……出ない。もうやだ。家に帰りたい」


「わわっ。待って。叫ぶのなしでっ。ボクだよ、ボクっ」


 オレオレ詐欺ならぬボクボク詐欺ですか、という勢いで眼帯ウサ吉がオーバーリアクション気味で私に静止をかける。

 わたわたと頭部を外しにかかる眼帯ウサ吉。もこもことしたヌイグルミの手は親指とその他の指四本を覆い隠すミトンの形をしていた。そのためか、動かしづらそうに四苦八苦しながら首を左右にぐりぐり動かしている。その手は大きくて、片手だけでも容易に私の手を隠してしまえるほどのサイズがあった。ゴシックな出来でも一応は愛らしいヌイグルミの顔でそんなに必死になられるとちょっと可哀想な気がする。(でも手伝わない。怖いから。暗がりに巨大な黒ウサギってなんか怖い)

 そんなふうに若干引きぎみで見ているうちに、数十秒後、スポンと抜けた頭部から現れたのは海道 星太先輩の顔だった。ゴシックな黒を基調とした燕尾服を纏った着グルミの頭部で星太先輩のクセが若干ゆるい金色の髪が揺れる。


「ね、だから怖くない」


 人好きのする顔が私ににっこりと笑いかけてきた。笑うって大切な表現だと思う。相手に敵意はありませんよ、って顔一つで伝えることができるのだ。その笑顔に叫びだしそうだった私の喉は大人しくなった。

 涙で揺れる視界に映り込むヌイグルミの手がポンポンと私の腕に触れる。

「ま、ここは一つ落ち着いて」

「……は…い」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら私はこくこくと頷いた。

「なぁんか泣き声がすると思ったら、ナッチーだったんだね。どう? 歩ける?」

 震えてガタガタとする足で手伝ってもらいながらもなんとか立ち上がる。すると星太先輩はヌイグルミの腕を組んで思案顔でうんうんと思考を始めた。見知った相手の着グルミ姿に愛嬌のある動作が加わったので暗闇に対する恐怖心が少しずつほだされていく。

「ふむふむ。ナッチーはお化けが怖いんだ。それなのにペアの相手とはぐれて階段で転んじゃって泣いていたんだね」

 気持ちはほだされたが内容は心を抉るような鋭いものだった。まさにその通りなんだけど、改めて言うのはやめてほしい。高校生にもなって恥ずかしい子みたいじゃないか。実際そうだけど……。


「よし、こうしよう!」


 いかにも良いアイデアが浮かびましたと言わんばかりに星太先輩が着グルミの手をポンと叩いた。




「ちょっと、待ってくださいっ!」

 私は大きなヌイグルミの頭を被らされ、廊下を走るとまではいかないまでも歩くには早いペースの競歩で進んでいた。

 暗い廊下に大きな頭部を被った女子がいる姿ってなんてシュールな絵面なんだろう。しかもその上部には二本の耳がピョコンと生えている。長い耳はピョコピョコと左右に揺れてバランスが悪くなるため歩くのには邪魔だった。引きちぎりたい。

 良いアイデアが浮かんだとポンと手を叩いた星太先輩は、私の了解も得ずにすぐさま自分が被っていた眼帯ウサ吉の頭部をスポッと被せて歩きだしたのだ。視界が遮られて怖いものは目に入ってこないだろうというアイデアらしい。

 前が見づらいので手を引かれているのは良いけど、そのスピードは私としては物凄く早いものだった。息がきれる。

 でも待ってほしいと言ったところで、引かれた手はしっかりと掴まれていて離れそうになかった。

「えー、でも止まったらお化けが出てきちゃうよ」

 私の腕を引く星太先輩は、あははと笑って暗い廊下をスタスタと歩いていく。私は狭い視界の中、引かれるままに足を前に出した。

「こういうときは勢いで歩いていればゴールに出られるんだよ。それにその頭を被っていれば自分の足元しか見えないんだから怖くないでしょ?」

(お化けだけじゃなくて暗くて狭いところも嫌なんですよっ!)

 そう反論したかったけど、歩くスピードが早くて声はぜぇぜぇという息に消えた。確かに視界が狭い分自分の足元以外何も見えない。周囲への怖さよりもこけないように気を使うことで私の頭は一杯になった。 

(こ、この頭見かけより重っ)

 パニック寸前で息が乱れていたのに加え、大きい割に狭い空間に頭が入っているため息がしづらい。

 どこをどう歩いているのか分からず、連れられるままに歩いているうちに、

「はい、到着」

 星太先輩が手を離して私の頭からヌイグルミの頭部を外した。中身のむわっとした空気から開放されて、夜の肌寒い空気が肌に触れる。


 気が付けば、ゴール地点の体育館入口までたどり着いていた。

 後ろの体育館の中から漏れ出た明かりが地面に黒い影を作っている。向かい合う星太先輩の顔が良く見えた。

「ほら、立ち止まらないで歩いていたらちゃんと着いた」

 星太先輩が私の頭を撫でた。ヌイグルミの柔らかい表面が優しく私の頭を通り過ぎる。

「頑張ったね」

 思いっきり引きづられていた気がするけれど、褒められたのは嬉しかった。(単純思考だな私)

「じゃあ、ボクはお化け役の仕事が残ってるから」

 立ち去ろうとする星太先輩に声を掛ける。

「ありがとうございました、海道先輩」

 一度頭を下げて顔を向けると、立ち去ろうとしていた星太先輩が動きを止めていた。困っているように見えるのは気のせいだろうか。

「そう簡単に判別されたら、ボクたちも立つ瀬が無いんだけどね」

 その言葉に私の顔からサァーっと血の気が引く。

(気のせいじゃなかった! ヤバイ。またやってしまった)

 ついこの間も簡単に言い当てて晃太先輩を困らせてしまったというのに、私というやつは学習能力がなさすぎる。さっき星太先輩は「ボクだよ」とは言ったけれど「星太だよ」とは言っていなかったのだ。

「あーっと、その、すみません」

 彼らの遊びに付き合うのが空気の読める対応だと思うのに、バカ正直に当てるとか駄目だろう。


「そんなに違うかな?」


 星太先輩がウサ吉の耳をもてあそびながら言う。それは嫌味で言っているのではなく、本当に分からないという口ぶりだった。

「ボクと晃太と何が違うんだろうね」

 いつもの明るい顔とは違い、その顔には暗がりのせいだけではない影が落ちていた。お兄ちゃんで鍛えられた私の顔色判別能力は伊達ではない。私がそう感じるのなら確かにそうなのだろう。私の何かが彼を傷つけた。

「……影にならなくてもいいって言われても、ボクには星太(ボク)が分からない」

 そう言って星太先輩はウサ吉の頭を被った。

「ね、こうしたらもう分からない」

 明るい声。さっきの表情を見ていなかったらいつも通りだと勘違いしてしまいそうなくらい、いつも通りの明るい声だった。

「海道せんぱ」

「なんてね。もう明るいところに着いたから怖くないよね」

 眼帯ウサ吉がバイバイと手を振る。声だけは明るく元気で、でも寂しげな様子で去っていく背中に何か言わなければと気持ちだけが焦る。


 でも何を言えばいいんだろう。


 そのとき、私の頭の中で声がした。酷い言葉だった。


『同じフリして気持ち悪い。まったく同じなんてあるわけないでしょ』

 記憶の片隅に哀しそうに肩を落とす星太先輩が映る。校舎のどこかで二人でいた。私はその姿に向かって心の中で謝っているようだった。


――違う。そういうことが言いたかったんじゃない。


 口をついて出てしまった言葉にもう一人の自分(わたし)が反論する。


――ごめんなさい。私……。


 

 うじうじと女々しい。過ぎたことを後悔しているようだけど、私には覚えのない記憶だった。 

「あぁ、もうっ。鬱陶しい! 今はそうじゃないでしょっ!」

 ぶんと頭を振って女々しい思考回路を追い払う。

 眼帯ウサ吉はもう姿を消していた。あの人に声を掛けるには、この暗い道を戻らなければならない。自分が歩いてきた道だというのに、体育館からの明かりとそれが届かない暗がりの差が激しすぎる。

 足が震えた。

「――け。動け。動けっ!」

 戻ることを考えるだけでガクガクする膝を叩いて叱咤する。

「今動かないといけないのっ!」

 物事には必要なタイミングというものがある。彼に何かを言うには「今」というタイミングでなければいけないと思った。後で何かをごちゃごちゃと言ったところで、何も伝わらない。

 私は怖さを抑え込んで足を踏み出した。暗がりに一歩進むごとに脂汗が浮かぶ。私にとっては救いである煌々と点く明かりが遠ざかっていった。


 ※ ※ ※


「どこまで行っちゃったんだろうね」

 岩田委員長と連れ立って三階から二階へ降りる。

 晃太先輩は置いてきた。彼らと会ってからすぐに九番目の女子が追いついて来て「きゃあ、かわいい」と飛びつかれたためだ。「ボクも行くぅ」と叫んでいたが、テンションの高い彼を連れて行くとただでさえ怯えている那智を怖がらせてしまいそうだったので「先輩はお仕事があるでしょ」と置いてきた。

「さあ」

 本来ならペアの相手であった岩田委員長は、自分といることよりも怯えて逃げた那智のことを気にしているようだった。無表情だけどどことなくそわそわしている。本当なら走っていきたいところだが、傍にいる自分を気にしてそうはできない様子だった。

「岩田くん、もしかして責任を感じてる? 無理に順番を変わったのにはぐれちゃったこと」

 ピクリと動きが止まる。暗い階段で真っ直ぐに立つ彼は動物的で、孤高の野生の狼のように見えた。

「岩田くんのせいじゃないよ。相手が岩田くんじゃなかったら、那智ちゃんは肝試しのルートの五分の一も進めてなかった。那智ちゃんは凄く怖がりで、でも頑張った。それは岩田くんが一緒に歩いてくれてたからだよ」

 背中にそっと手を掛けて止まっていた体を押す。

「早く見つけてあげようね」

 笑って言うと、こくんと頷きが返ってきた。彼らしい返事の返し方だった。



 階段を下りて二階に着くと、廊下の窓際の方でうずくまる吸血鬼の姿を発見した。

「冬吾先輩っ」

 駆け寄って抱き起こす。

「うぅっ。二つ括りの凶暴な人間に……」

 顔が青白く見えたけれど、それは薄く塗られた化粧のせいだったらしい。この様子ならここに二人も残る必要性はないだろう。自分だけでなく岩田委員長もそう判断したらしい。視線がすでに吸血鬼から逸らされて廊下の奥に向いている。

「岩田くんは先に行って。冬吾先輩が落ち着いたら私もすぐに行くから」

「分かった」

 躊躇する間もなく先へと進む背中を見送ると、うずくまったままの冬吾先輩に大丈夫かと顔を近づけた。けどすぐにそれは失敗だったと悟る。

 その口元がにんまりと笑みを形作っていた。


「一人になって良かったの?」


 やんわりと頭を押さえられる。それは力ずくで振りほどけば逃げられるくらいの力加減だった。


「それともオレと二人きりになりたかった?」


 目が怪しく光っているように見えた。本物の吸血鬼だったらその目で魅了させられたかもしれない。それくらい惹きつけられる目だった。

(誘惑、されているのかな。この場合)

 でもこれはただの誘惑ではない。試しているのだ。簡単に引っかかるような女であるかどうか。彼は遊びのように軽い調子で人を引っ掛けるところがある。今自分はその罠に引っかかってしまったウサギだ。もがけばもがくほど逃げ出せなくなる。

「そういう冗談が言えるなら大丈夫ですね。私はもう行きますよ」

 つとめて冷静な声で返す。少しだけ怒ったように頬を膨らませて体を引くと、離した手を絡め取られた。

「オレがあの子に何をしようとしたか気にならないの?」

 獲物を得たと目が笑っていた。きっとこのまま彼に靡けば、彼の自分に対する興味はとたんに消え失せてしまうのだろう。

「気にならない、とは言いませんが今は那智ちゃんが心配なので。それに何をしようとしたか、ってことは未遂ですよね。その言葉が聞けたので逆に安心できました」

「いいね。キミのそういう賢いところ嫌いじゃない」

 ゆっくりと顔が近付いてくる。自分のものとは違う香りの良い匂いがふわりと漂う。彼らしい甘すぎない異性を誘う香りだ。

 唇に触れそうになったところで持っていた十字架を掲げた。冬吾の唇に十字架が触れる。自分の顔のギリギリ五センチの距離だった。

「吸血鬼が狙うのは首筋で、唇じゃないですよね」

 触れた十字架で彼の顔を押し戻す。「残念」という顔で引き下がる彼に分からないようにほっと息を吐いた。

「ダメですよ。女の子にそう簡単にせまっちゃ。先輩はそんなに安い人間じゃないでしょ」

 立ち上がると後ろを見ないようにして歩き出した。これ以上のポーカーフェイスは無理そうだった。




「カワイイの。強がっちゃって」

 去っていく背中に苦笑する。無理して冷静な顔を作っていたようだが、耳が赤く色づいていたのを見逃さなかった。ああいう賢さが彼女を好む理由だ。簡単に落ちないのが良い。いきなり人のみぞおちを殴らないところも。

 涙を浮かべた顔がよぎる。自分が泣かせてしまった。女の子を泣かせることはよくあるけれど、アレは特殊なケースだ。

「十字架……って流行ってんの?」

 床に忘れ去られた十字架を拾いあげてかざす。

 黒いリボンを髪に括った後輩が泣くまいと必死に押しとどめた末に落としてしまった涙のように、銀の鎖がキラリと光った。




 

次回、那智は悲しみのウサ吉に何を伝えるのか。

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