22・肝試し大会、猫耳&吸血鬼注意報
注意。作者が完全に那智で遊んでいます。
階段をどうにか上りきり、私たちは三階に到達した。
奥へと続く廊下は昼間なら端まで見えるのに、懐中電灯の明かり一つでは少し先のほうまでしか見ることが出来なかった。
しんと静かだけど、いかにも「これから出ますよ。お化け出ちゃいますよ~」な雰囲気に足がすくむ。
「大丈夫か?」
再び服の袖を掴ませてもらっている私に委員長が声を掛けてくる。
「……平気」
そう答えたのは強がり半分、甘えたくない気持ち半分だった。
人に甘えるのが嫌だった。甘やかしてくれる人がいても、本当の意味では甘えちゃいけないんだ。頑固にもそう思っていた。
どうしてそう思うようになったのかは自分でも分からない。私の周りには私を甘やかしてくれる人がたくさんいる。(諒ちゃんとかお兄ちゃん、やり方はアレだけど吹雪ちゃんとかね)けど、それに浸りきってしまってはいけない、とそうたしなめる自分が常に存在していた。
(お兄ちゃんに対して甘えるのは別ね。あれは演技だもん。本当の私じゃない)
と思いつつ、ちゃっかり服の裾は掴ませてもらっている。
(ビビリで本当にすみません)
それにしても委員長が副委員長の若狭くんと順番を交代してくれて本当に助かった。
落ち着いた雰囲気でどっしり構えている彼だからこそ、ビビリながらも前に進めているのだ。
(委員長ありがとう。そして私のお守り役にさせてしまってごめんなさい)
本来なら、この頼れる委員長のペアとなるのは愛梨ちゃんだったのだ。
委員長が順番を代わってくれたとき、愛梨ちゃんもビックリしていたみたいだった。けどすぐに気を取り直して若狭くんに「よろしくね」と笑いかけていた。
(大人だよ、愛梨ちゃん。私だったらぶーぶー文句言ってる。だって相手が若狭くんだし……)
不測の事態で愛梨ちゃんのペアとなった若狭くんは、いまいち頼りにならなさそうな人なのだ。ぼさぼさのクセのある黒髪に黒縁眼鏡を掛けていて、身長はそこそこにあるものの猫背で縮こまっていてそんなに高く見えない。そして言葉はいつもどもりがち。
委員会の仕事は真面目にこなしている人なんだけど、こう醸し出す空気が頼りなさげ。
(ここまで言うと悪口になるか。でも良い人なんだよ。この間は、落ちた消しゴムを拾ってくれたし……ってそれは普通か)
たぶん私とペアになっていたら、二人して硬直して動けなくなりそう。そして後ろからやって来た委員長と愛梨ちゃんを見て、二人して「お化けだぁ!」と叫びだしそう。そんな様子がリアルに浮かんでくるくらいのイメージの人なのだ。
(いや、ホントに悪口ではないんだよ。イメージだから。……って「僕が守るよ!」なんて言ってる姿は一ミリも浮かんでこないけどね。愛梨ちゃんよりも若狭くんの方がビビッて動けなくなりそう)
出発前、自分のビビリは棚に上げて不安になった私は、愛梨ちゃんに持ってきた護符と十字架を一つずつ貸してあげた。
「役に立つかは分かんないけど、持っていて」
頼りになる委員長にペアを代わってもらったという負い目もあったけど、自分の代わりにお守りが愛梨ちゃんを守ってくれたらいいなという思いもあった。
(私の代わりに愛梨ちゃんを守ってね。代わりもなにも、私が傍にいるより何百倍も頼りになりそうだけど……)
う~っとお守りに真剣に念を送って渡した私に、愛梨ちゃんはクスクスと笑って返してくれた。
「ううん、これがあったらお化けも怖くないよ。ありがとう。使わせてもらうね」
あのときの笑顔はマジで天使だった。男の子じゃないけど、ご馳走様です。
スカートのポケットに手を伸ばして護符と十字架を取り出す。
委員長が何だそれは、という顔をして視線を向けた。
「お守り。これ持ってきたから平気」
委員長の片眉が少しだけ上がる。「さっきのあれで平気と言うか?」とそう思っているのが丸分かりの表情だった。
(いえいえ、私にもプライドというものはあるんですよ。強がりくらい言わせて!)
「強がりもいいが、無理なら頼っていい。約束もあるし」
(はて、約束?)
首を捻って、最近のことを思い出す。委員長と特に強く何かを約束した覚えはなかったんだけど、何か守らないといけないような約束なんてしていただろうか……。
(約束。約束……あれか?)
愛梨ちゃんへのイヤガラセの犯人を捕まえた日のことだろうか。自販機の前で「困ったことになったら助けてね」と言ったことを思いだす。あの約束は、犯人に何かされたら助けてほしいというものだったのに、委員長の中ではまだ有効だったみたいだ。そもそも軽いノリで出した言葉さえ守ろうとするなんて、有効範囲が広すぎだろう。
(どんだけ良い人なんだ、委員長)
「人に甘えすぎるのってダメだと思うんだ。だから頑張れるところは頑張るよ。役に立つのか分かんないようなお守りでも持っていないよりは良いと思う。だから平気って言わせて。それにさ委員長……責任感ありまくりなのは分かったけど、全部を抱え込んじゃったらそのうち押し潰されちゃうよ?」
「……」
委員長の沈黙が痛い。それほど私の強がりは痛々しいのだろうか。
「お前一人くらいだったら潰れない」
手に乗せた護符と十字架に蓋をされる。委員長の大きな手がやんわりと私の手を押した。
「しまっておけ」
自分がいるからお守りはいらない、とそう言いたいのだと思った。
鼓動が恐怖とは違う意味で鳴る。
(照れる。この人、言外に自分は頼れる男だって言ったよ。しかも何故か説得力を感じるよ。自意識過剰すぎないその自信がすごいです。男前すぎだろう委員長。兄貴って呼んでもいいですか)
私はこの胸の高鳴りを声に出して叫びたかった。言葉は決まっている。「付いていきますぜ、ア・ニ・キ~!」だ。
同学年なのにこのどっしり感は何だろう。「頼っていい」と言われて「はい、頼ります!」と即答で返せそうな人を私は知らない。
私の中で委員長の株がだだ上がりだ。「心の兄貴」に格上げです。バカだと思われるから言わないけど。
そんなバカなことを考えながらも、表面上は大人しくこくんと頷いた。安心感がハンパなかった。
握った服がピンと張り、足を前に出す。その動作の繰り返しで廊下を進み、中央階段手前の生物室に差し掛かったときだった。
バタンと扉が開いてそれは飛び出してきた。
人の背丈ほどのスレンダーなボディに暗く開いた目。「肉付きなんて言葉は我輩の辞書には載ってないぜ!」なほどに細いその肢体はカクカクと音を鳴らしている。その表面は真っ白で夜闇にうっすらと浮かび上がるくらいの光沢を放っていた。
そいつは、そのガイコツは真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
(って標的は私ぃっ!?)
ちょうど扉を過ぎた辺りだったので、委員長の反応がわずかに遅れた。
ガイコツが両手を広げて迫ってくる。顎がカクンとなって頬の横に触れた。白くて冷たくて、妙に滑らかなガイコツの腕が背中に回る。
(嬉しくない。こんなホネホネした奴に抱き疲れてもまったく嬉しくない!)
「ナッチーだ、ナッチーっ!」
あろうことかそのガイコツはあの海道兄弟に付けられた私のあだ名を連呼しやがった。
(ガイコツに知り合いはいません! お友達になるも勘弁してください!)
「やっと来たね。さっき階段で見かけたのになかなか来ないんだもん。待ちくたびれちゃった。あ、お菓子があるから寄っていかない? むしろ終わるまで一緒にいようよ! ね、ナッチー」
ガイコツの後ろから猫耳を生やしたお化けが「にゃあ」と顔を覗かせる。それは聞きなれた声を発していた。湖のような青い瞳がわくわくと煌めいていて子猫のようだった。キラキラと輝く金色の髪はフワフワとしていて、余計に猫を彷彿とさせる。
いつもなら冷静に対処できたのかもしれない。「何て格好してるんですか。女子に襲われますよ」と忠告さえしてあげたと思う。
けど突然のガイコツの強襲にプッツンしてしまった私には、その猫も可愛いどころか不快なものに映ってしまった。どんなに似合っていようが、どんなにあの人気者の双子の片割れの顔をしていようが、お化けはお化け。しかもお菓子の誘いをしてくるとか、なんだ。私を引き止めて喰うつもりか、としか思えない。
「お、お、お」
「お?」
「お断りだぁ!」
私はガイコツを思いっきり突き飛ばして走った。(もうこの場所にはいられませーん!)
背後で委員長と猫耳が私を呼ぶ声がしたような気がしたけれど、私はとにかくその場から逃げ出してひたすら走った。
「うわ~んっ」
さっきまで静かだった廊下に私の叫び声が大きく反響した。
※ ※ ※
人って、どうしようもなく混乱してしまって行き道が分からなくなってしまうと決められた道順を行くものなんだね。
むやみに走り回っているつもりでいて、私はきっちりと肝試しのルートを辿っていた。そうすればゴールはあるんだと脳が判断していたのかもしれない。ついでに言えば、壁に貼られた道順を示す矢印に思考が働いていない身体が誘導された結果とも言えるかもしれない。
窓一面に白い手がバンバンと音を立てて引っ付いてくる教室の前を通り過ぎ、こんにゃくが上から何個も吊り下げられている北階段を抜け、私は二階の廊下に辿りついたところで足を止めた。
足を止めたのは前方に人影を発見したから。
黒い男の人影がそこに立っていた。
特別棟の二階部分はそれぞれの教科の準備室に当てられている。それぞれは狭いけれど、担当科目の教師にとっては職員室よりも落ち着いて作業できる空間となっていた。
そのうちの一つ、階段を降りてすぐの物理準備室の手前にその人は立っていた。
(もしかして私の順番の前の人?)
もしそうだったら一緒に行ってもらえるだろうか。だがその考えを否定するのはすぐのことだった。
(何で一人?)
その人は一人で立っていた。もしかしたら委員長みたいにペアの相手に逃げられた人なのかもしれないけれど、私以外にそんなことをしそうなビビりな女子がいるだろうか。
(何でマントを羽織っているの?)
そこに立つ人は闇色の長いマントを羽織っていた。足元まであるそのマントは闇に溶けて境界線が不明瞭。もしかしたら廊下の奥までもマントなのではないかという錯覚さえ起こさせた。
この現代社会で普通にマントを羽織っている人にはお目にかかったことが無い。それにそんなマントを羽織るような趣味を持ち合わせた男子はうちのクラスにはいないはずだ。
出発は1Aからだったから、前にいる人は確実に肝試し大会参加者ならうちのクラスの誰かなのだ。
(参加者じゃないなら主催者。……ってことはお化け役?)
背中に冷たい汗がタラーっと流れる。
(うあぁ、行きたくないよう。あ、そうだ。べつにルート通りじゃなくてもいいんじゃん! やだなぁ、バカ
だ私。このまま体育館まで直行しよう。バカ正直に正規のルートを通る必要はないんだから)
ようやくそのことに気が付いた私は、くるりと反転して中央階段ではなく北階段を目指すことにした。階段までは数歩の距離。
足音を忍ばせて、立ちふさがる彼が気が付かないようにゆっくりと。
がしっ
だけど進もうとした足は肩に置かれた手によって縫いとめられてしまった。
「行くのはそっちじゃないでしょ」
(そうだよね。あんなに叫び声を上げてドタバタ足音立てて走ってきたのに気付かないわけなかったよね。ってか離してください。離せこらっ。離しやがれぃ)
バタバタともがく身体が強制的に右向け右と動かされる。私はその腕の主を見たくなくて目を固くつむって閉じた。こうなればもう何も見たくない、というやけくその処置だった。
「目を開けて」
甘すぎない薫り高い芳香が鼻をかすめる。どこかで嗅いだことがある匂いだった。
囁かれた声は香水の匂いとは逆に、酷く甘ったるく感じた。色を付けるならピンク。蛍光色のどぎついピンクのイメージだ。
このまま目をつむっていたかったけど、本能が「ヤバイぞ、目を開けろ!」と目蓋に促しかける。どっち方面にヤバイかと言うと、八割くらいの確率で私の貞操関連に関する方面にだ。
「なぁんで見てくれないかなぁ」
「き、嫌いだからです!」
危機感はあるけどお化けの姿を目にいれたくなかった。
「ふうん」
冷たい指が私の頬を触れるか触れないかの微妙な位置を滑った。
瞬間、全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。私の震えが伝わったみたいで、頬に触れた不埒な相手がくすっと笑い声をあげるのが分かった。
「目を開けないなら食べちゃおうかな?」
再度の低く甘い囁きに私の貞操への危機感が九割五分に達した。
私の目蓋がくわっと開いた。
目に入ってきたのは楽しそうにニヤつく土屋 冬吾先輩の顔をした吸血鬼だった。
白いシャツにベルベットのベストを重ね、下はマントと同じ闇色のズボンを履いている。いつも無造作にワックスで流している髪は、オールバックに固められていた。ハルちゃんがいたらきゃあきゃあ言って喜びそうだ。そのちゃらい顔つきに似合いすぎだその衣装、と思わないでもなかったけど、問題はその表情だった。
(な、何でそんなに楽しそうな顔をしているんですか!? ちょ、そこ舌なめずりは止めて下さい。私、餌じゃない! 目を開けたんだから餌認定するな!)
恐怖やらなんやらでピシッと固まる私に顔が近付いてくる。
(く、喰われる)
ごくりと息をのんだ私の喉元を目掛けて迫ってくる顔がにたぁと口を開けた。鋭く尖った犬歯が顔を覗かせる。
私はこれからどうされるのかという不安と目の前のお化けへの恐怖にプルプルと身を震わせた。
「そんなに固くなっちゃって、可愛いな」
(恥ずかしくて固まってんじゃないよ。怖すぎて固まってんだよ。察してよ)
ガバッとマントが翻る。内側の赤は鮮血の赤のようだった。
長い長いマントが私の身体を包み、吸血鬼の牙ってこんな感じだよね、な歯が私の喉元に徐々に近づいてきていた。
委員長は責任感が強い。
猫耳は海道兄弟のどっちか。
次回はvs冬吾吸血鬼です。




