20・肝試し大会、開始直前
すいません、まだ直前です。
とうとうこの日が来てしまった。
本日はお日柄も良く、外はカラッと晴れて雲一つない青空。反して私の心は雨曇り。
みんながお待ちかねの肝試し大会だよ。私は待っていなかったがな!
「あー、突然天気が崩れて大雨暴風警報発令しないかなぁ」
ついつい本音が口を出る。雨の神様がいるなら、財布の有り金全て差し出しても構わない。
「今からでも遅くないので台風を連れてきてください」
パンパンと手を合わせ、自分の部屋に十個ほど吊り下げた逆さテルテル坊主に祈りを捧げた。
必死でお願いしたにも関わらず、玄関を出て見上げた青空に浮かんでいたのは白い雲が二つばかり。それは青い空に爽やかな色合いを付け加えるだけで、大きさも雨雲にも発達しそうにない小ぶりなもの。
(ちっ、せっかく十個も作ったのに意味がなかった……。後で燃やしてやる)
「那智、顔が引きつってるけど大丈夫? 気分でも悪い?」
逆さまに吊り下げられている彼らに向かって悪態をついていると、横にいたお兄ちゃんが顔を覗き込んできた。私はそれにうっとのけぞる。
最近のお兄ちゃんは何となく私に優しい気がする。見せかけの外面を装った優しさが、愛梨ちゃんに出会ってから変化してきているみたいだ。良い変化だと思う反面、普通に優しくされるとどう反応していいのか分からなくなるときがある。
熱がないか、額にナチュラルに触れてくるお兄ちゃんに違和感を感じまくる私がおかしいのだろうか。人並みの優しさを獲得したことを喜ぶべきなのだろうが、長年掛けて積み上げたお兄ちゃん観察眼が怪しい動きを察知しようとフル稼働したがってうずうずする。
(疑ってごめんね。でもクセになっててどうしようもないんだよ)
お兄ちゃんの顔は裏のない、普通に私を心配する顔をしていた。
「ううん、体調は万全だよ」
(悲しいことにね、すっごい元気だよ)
「今日の肝試し楽しみだなーって。あはははっ」
本当はサボりたくてたまらない。でも無断でサボったらお兄ちゃんに迷惑かかるし、諒ちゃんにバレた日には固く冷たい床の上で足がしびれるまで正座でお説教をくらうに違いない。
私は何とか気持ちを切り替えてにっこりと笑顔を装備した。
兄妹であるがゆえ、色々と恥ずかしい部分を見られている私だが、幽霊コワイはまだバレていない。
(階段から寝ぼけて転がり落ちたとか、カレー粉やらお茶やらをぶちまけるとか他にも色々見られてはいますがね。けっ、未熟者だから隠し切れないんだよ。色々と)
今まで家族で遊園地へ遊びに行ったことがないので、当然お化け屋敷にも入ったことがないし、テレビのホラー特集がある日なんかも「宿題やらなきゃ」と部屋に引きこもるから、バレる機会が無かったとも言える。
我が家は家族で遊園地のような子供向けの行楽地へ遊びに行ったことがない。
家族になろうという年頃の女の子と仲良くなるためにはうってつけのスポットだと思うのだが、連れて行ってもらったことは一度もないのだ。
お父さんはおしゃれな街の似合うナイスミドルだから、遊園地なんか子供っぽくて嫌だったのかもしれない。みんなで食事に行ったりすることは多々あるので、理由はそんなところだと思う。
それはともかく、私の幽霊コワイの原因は幼い頃の諒ちゃんの『厳選百物語』の読み聞かせが大部分を占めている。
金髪が目に痛い不良時代であっても面倒見の良かった諒ちゃんは、お母さんの帰りが仕事で遅くなるときなどはよく私の面倒を見てくれた。
面倒を見てもらうのは良い。大変助かったとお母さんも言っている。
けど諒ちゃんは幼子の寝物語として可愛いお姫様が登場する童話ではなく、ものすごく怖い幽霊やら妖怪やらが登場する怪談をピックアップしたのだ。
夜中に怖い夢を見て飛び起きたときなどはすぐに駆けつけてくれたが、そもそも怖い話をしなければ私も安眠できたのだ。やっぱり諒ちゃんが悪い。
「今だから言うけどな……俺の話を聞いてビビリまくる那智が心底面白かったんだ」
そう告白を受けたときには、逡巡する間もなく頭突きしてやった。
(やっぱりな。そうだろうと思ってたよ。怪談を聞いてぎゃんぎゃん泣く私を見て爆笑してたもんな)
ただでさえ子供は幽霊を怖がるのに、拍車をかけた罪は重い。
いつか彼氏が出来たときに、本気でビビる私にどん引きされたらどうしてやろうか。心の慰謝料を請求してやる。
私の怖がりは尋常じゃないので、さすがのお兄ちゃんもどん引きすると思う。もしくは笑う。
先日も昔の恥ずかしい過去を思い出して笑われたので、これ以上笑いのネタを提供したくない私は虚勢を張って「うん、本当に楽しみ」と笑ってごまかした。
私以外の生徒たちは来る肝試し大会に、ここ二、三日はずっとそわそわとした雰囲気を醸し出していた。私も別の意味でそわそわしていると、クラスメイトのハルちゃんから「今からビビってどうすんの。挙動不審すぎ」と背中をバンバン叩かれた。
ハルちゃんは肝試し大会を楽しみにしているので、色々と情報を仕入れてきてウキウキと私に教えてくれた。
「あれぇハルちゃん、キミ私の幽霊コワイを知ってるよね? 泣いて嫌がる私を無理やりお化け屋敷に連れて入ったのってハルちゃんじゃなかったっけ? 私がお化け役の人を殴った現場に貴女もいましたよね?」
「いいから、いいから。聞けば那智も楽しみになるって」
私のジト目は軽くスルーして、ハルちゃんはきゃっきゃうふふと情報を分け与えてくれた。(だからいらんわ。私の幽霊コワイは筋金入りだからな)
当日は男女ペアになって校内を回るのだそうだ。暗い廊下を懐中電灯を持って歩き、最後のゴール地点で札をもらって終了。最後は校庭でキャンプファイアーをして解散となる。
そんな情報の中で、ハルちゃんが特に熱を入れて教えてくれたのはお化け役に関してのことだった。
曰く、海道兄弟は妖怪に扮装して待ち構えているので、遭遇したら怖がる振りをして抱きついてみようかとか。
曰く、イケメン吸血鬼が現れるらしいから血を吸われたいだとか。
「ハルちゃんは彼氏持ちじゃん」
「イケメンは別腹なの! こんな機会でもないと接触できないじゃない!」
ハルちゃんの彼氏も十分格好良いと思う。別の高校にいる彼氏が聞いたら泣いちゃうような爆弾発言をうふふとのたまうハルちゃんだが、実は彼氏とはラブラブなのだ。
彼氏持ちのリア充のくせにハルちゃんはミーハーだ。ファン心理のようなものなのだろうが、話を聞く限りイケメン吸血鬼は冬吾先輩らしいので「本当の意味で喰われるから止めておこうね」と注意しておいた。
私はミーハーな気持ちはないので、ハルちゃんには悪いけど、話を聞いてもまったく楽しみな気持ちにはなれなかった。
とりあえず折角情報をくれたのだからハルちゃんにはお礼を言って、心のメモに当日は家にある護符や十字架をかき集めて持っていくことを記載した。
相手が人間でも、それらを出したらノリで引いてくれるかもしれない。
私の心臓のためにも相手の身の安全のためにも距離を取ってもらわねば……。
一年生は午後は二コマ授業を増やして勉強漬け。その間に二、三年生は肝試し大会の準備に取り掛かった。
余った時間を有効活用して授業に当てるとか、学園側のやり方としては賢いと思う。ハルちゃんから得た情報から、夜のイベント開催に関して渋る教師陣を生徒会長が「だったら暇を与えず一年生には勉強してもらえばいいじゃないですか」と提案したのだそうだ。
生徒にとって楽しいイベントの前にしっかり学力向上の機会を与えるのも学園の勤め、とゴリ押しして今回の肝試し大会を開催にこじつけたとのこと。
教師陣は昨年度のように騎馬戦をしたかったらしい。「健全な肉体の成長のため」やら「青春の汗を流して交流を云々」は建前で、「夜中まで生徒の面倒を見ていられるか」というのが本音だろう。
けれど授業のコマ数を増やすことで昼間の時間帯をみっちり勉強に当てられる、というのは生徒会顧問のお爺ちゃん先生や進路指導担当の先生には魅力的に映ったらしい。
彼らを味方に付け、各クラスの委員長達からも生徒会長擁護の声が上がり、最後は満場一致で終わらせたというので、吹雪ちゃんの手腕がいかほどか分かるというもの。
裏話を加えるとすれば、西園寺家が学園側に多額の寄付をしているというのも教師陣を納得させた理由の一つと言えるかもいれない。
吹雪ちゃんなら「権力を上手く使うのも才能のうちよ。たとえそれが親の権力であってもね」と黒い顔で言いそうだ。文句を言ったところで、「いいのよ。どうせいずれはアタシの権力になるんだから」と高笑いするに違いない。
そんな灰色な吹雪ちゃんは嫌いじゃない。使えるものは使うという姿勢は、厳しい世の中を渡っていくためには必要スキルだと思う。
でも今回に関しては発揮してほしくなかった。私は去年と同じ騎馬戦で構わなかった。「怖い」と「疲れる」どちらかを選べと言われたら、迷わず「疲れる」を選ぶ。お化け等に関しては特に。
増やされたコマの授業を受けながらポケットに入れた十字架に手を触れる。
掻き集めたお守りは護符が二つに十字架が付いたアクセサリーが三個。これらが絶対に私の身を守ってくれるとは思っていない。けど、ないよりは安心できる。
触れた十字架が重なり合い、ジャラッと音を立てた。
肝試し大会は日が暮れてからの開催となるので、お腹を空かせた生徒のため、夜食として学園側からクラブハウスサンドイッチとお茶が支給された。
パッケージのロゴを見ると“サイオン”とあったので、ここでもちゃっかり吹雪ちゃんが絡んでいることが分かった。無料で提供することで生徒達の口コミの宣伝を狙っているとしか思えない。吹雪ちゃんの高笑いが聞こえてきそうだ。
実際食べてみたそれはベーコンが肉厚でトマトもみずみずしく、レタスはシャキシャキとした食感がしてとても美味しかった。
このクラブハウスサンドイッチはサイオン系列のパン屋がメインで取り扱っているが、ファミレス“サイオン”でもお土産用に置いているそうなので、今度買って帰ってもいいかもしれない。
(はっ。吹雪ちゃんの計略に嵌っている気がする。……でも美味しい)
お腹も満たされ、勉強漬けで疲れた脳にも栄養が回った。けれど私の心は、夕暮れとなり宵闇が訪れるに連れて徐々に沈んでいった。
ウキウキ、ワクワク、ソワソワ、そんな形容が似つかわしい空気を醸し出す教室の中、私は一人青白い顔をして席に着いていた。
「静かに」
たった一言でみんなを落ち着かせるのに充分な効力を発揮する委員長から説明が入る。
「肝試し大会の概要についてだが、一年生をクラス毎に三つのグループに別け――」
一年生はAからIまでの九クラス。一クラスに四十名弱いるので相当な人数だ。
男女ペアにしたとしても多人数となるので、肝試しは校内を三つのルートに分けて行うという。
それに合わせて一年生も三つのグループに分けることになった。AからCまでが第一ルート、DからFまでが第二ルート、GからIまでが第三ルートとなる。
委員長が説明しながらルート地図を配る。
私たち一年生は講堂に集められ、それぞれのルートへ順次進むことになる。最後は体育館へ行き、ゴールした証として札を受け取って終わり。
打ち上げにキャンプファイアーがあるので、札を受け取ったら校庭に移動するようにとお達しがあった。
地図を見ると、私たち1Aが進む第一ルートは生物室や化学室、美術室などがある特別棟を進むルートとなっていた。
生物室にはカエルのホルマリン漬けや人体模型が置かれていたはずだ。夜の学校というだけでも嫌なのに、そんなものと対面しなければいけない自分にぞっとする。
「ねぇ、今から転校って、どうやったらできるかな」
隣の席に座るハルちゃんにこっそり聞いてみたけれど、返ってきた答えはすげないものだった。
「無理だって。いい加減諦めな」
(他人事だな、おい。そうか、親友だって思ってたのは私の幻想か? ちょっとは慰めてよ)
ハルちゃんは手こそ私の頭をよしよしと撫でていたが、目線はルート地図に向けてウキウキとしていた。
「へぇ、見てみなよ。第二ルートは図書館と音楽堂だって。あそこは広いから色々と仕掛けができそうで楽しそうだよね。あ、第三ルートは部室棟かぁ。あそこってなかなかのいわく付き物件だったはずだよね。いいなぁ、そっちも行ってみたかった」
第二ルートに組み込まれている音楽堂は吹奏楽用に作られた音響の良いホールだ。学園の吹奏楽部は昔から人数も多く、大会でも必ず優勝もしくはそれに近い順位を維持し続けている強豪部。彼らがメインで使用している音楽堂は、以前のOBが寄付を募って建てられたものだと聞いている。
そして図書館は音楽堂の横に建てられているレンガ造りの二階建ての建物。一階が自習室で二階が図書室という贅沢な造りとなっている。自習室は広く、個々の席も教科書や参考書を広げても狭いと感じないスペースを確保している。
狭くて暗いところを移動するのも怖いが、広い空間をたった二人で進んでいくのもなかなか怖いと思う。「誰もいないね」とか言いながら進んでいて、いきなり物陰からバァッと飛び出されでもしたら……
(殴る。絶対殴る自信がある)
第三ルートは部室棟。
これは木造建築の古い建物で、その古さは床を歩くとミシミシと音がするくらい。
明るい日中でもどことなく薄暗くて怖い。風の噂で、部活動で遅くなった子が幽霊を見たと聞いてからは絶対に行かないと心に誓った。
新入生の勧誘も狙っている部がそれぞれお化け役に志願したので、部室棟は三ルート中一番お化けが出没するルートなのだとハルちゃんが教えてくれた。
(一歩進むごとにお化けが出るとか何それ)
それを思えば、私が進むルートはまだマシなのだと思えた。
「ねぇ、気分が悪いから保健室に行ってきてもいいかな」
他のルートよりマシとは言っても、嫌なものは嫌だった。
「あんたのは気分が悪いじゃなくてただのビビリだから。せっかくの男子とのペアなんだし、ドキドキイベントだと思って楽しみなよ」
「無理」
「ほら、クジ引きが始まったよ」
ハルちゃんが机にへばり付く私の腕を取って立ち上がらせた。
みんな楽しそうにクジの入った箱に手を入れていく。男女ペアとなるので、箱は二つだ。
無駄な抵抗としてグズグズしていた私は最後に並んで箱に手を入れた。
クジを引いた子が銘々に自分の番号を口にしてペアを確認していく。私の紙には七番と書かれていた。ハルちゃんは十五番。
「何番だった?」
愛梨ちゃんが近寄ってきて番号の書いてある紙を見せてくれる。八番だった。
「私は七番。男子の七番は――」
誰だろう、と声を上げようとしたところで、委員長が動いた。
「俺だ」
委員長の横で副委員長の若狭くんがオロオロとしている。愛梨ちゃんが目を丸くしている。
委員長は自分が持っていた紙を若狭くんに押し付けて、おそらく彼から奪ったのであろう紙を見せ付けてきた。
「ほら」
「いや、ほら、と言われても……」
「七番」
(そうですね。その紙にはどう見ても七番と書いてありますね)
若狭くんの手から無理やり引っこ抜いたのだろう。委員長が持つ紙に書かれた七の数字にくしゃりと皴が寄っていた。
「じゃあ、僕は八番」
若狭くんが小さくこぼす。
愛梨ちゃんが引いた番号だった。
委員長が動いたぁ!
で次回に続きます。




