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私が傍観者な妹になった理由  作者: 夏澄
イベント乱立編
22/63

19・肝試し大会、朝

愛梨の願い。


 白い空間にゆらゆらと揺れる銀糸の髪。

 エメラルドの瞳がイタズラっぽく細められる。こちらに囁きかける声は転がる鈴のようで、幼子のようにも魅惑的にも聞こえた。


『私に協力してくれたら、貴女の願いなんでも叶えてあげるよ? さあ、何がお望み?』


 これは契約とまではいかずとも、ある程度拘束力のある約束。頼みを聞いたらなんでも願いごとを叶えてあげるというおとぎ話のような女神との約束。 


『私の願いは――』



 時刻は朝の七時。

 うららかな春の日差しが窓辺から入り込む。眩しさに目を開けると、目覚ましの鳴り始めの音ジリリの部分でストップをかけた。

 ベッドから起き上がり、朝ごはんを食べたり歯を磨いたりの一連の動作を済ませると、着ていたルームウェアを床にはらりと落とした。

 学園の制服である白いシャツに袖を通し、皺にならないようにハンガーに吊り下げていたワインレッドの格子柄のプリーツスカートを履く。部屋の隅に置かれている姿見に自身を映し、えんじ色をベースとしたグレーの線が入ったストライプリボンをバランス良く結んだ。

 鏡に映るのはサラサラの絹の黒髪に滑らかな白磁の肌。唇はリップを塗らなくても桜色に色づいている。


 完璧な美少女。


「これが私……。私は水野 愛梨。みんなを愛する存在。みんなに愛される存在」


 鏡に額をこすり付ける。鏡の中の美少女も寸分違わず同じ動作をこちらに返した。


 この間の日曜日からの出来事を思い返す。

 海道兄弟に誘われて行った映画館では、二人が好みそうなコメディ要素込みのアクション映画を見た。大勢で見に行く分には面白い映画で、見終わった二人も興奮して「面白かった」と声を重ねていた。双子でも多少の好みの差のある二人だが、今回の映画の感想は二人して文句なしの満点だったようだ。

 帰りに送ってもらった兄の晃太と話した内容はどんな内容だったろうか。先輩は暖かくて太陽みたいで見ているこっちまで暖かい気分になる、そんな先輩は尊敬できるし大好きだ、そんなことを言ったと思う。

 他人に嫌われることを何より厭う彼への対応としては、まずまず及第点な内容だろう。

 それは功を奏し、兄の好感度はそれなりに上昇できた。少しだけ弟の星太よりも低かった好感度は、双子で足並みがそろった形となった。

 だが次のイベントに入る前にもう一度弟の方と小さなイベントを起こしたので、バランスとしてはまた弟の方が高くなった状態となっている。


 弟の星太は、そっくりな双子であることに悩みを抱いている。あまりに同じすぎて自分は眩しい晃太という太陽の影なのだと思っている節がある。演じているうちに同じであることが定着していき、自分という個人が分からなくなっているのだ。

 星太という人間は一個人なのに、周囲からは双子セットで見られるため、段々と区別が付かなくなっている。

 そんな彼には、晃太の影になんてならなくていいんだということを伝えた。これはまだ始まりなので、少しずつ双子は二人でセットだけど、それぞれが良いところを持っている一人の人間なのだと伝えていくつもりだ。


 双子はバランスが難しい。

 二人同時に接触する機会も必要だし、それぞれと接触する機会も必要だ。だからといって、一人の好感度を上げすぎても片方の好感度が上がらなくなってしまう。

 少々の差は構わないので、海道兄弟に関しては今のところ順調だと思われた。


 週明けには冬吾と写真の被写体について話をした。

 人を撮るのはあまり得意でないと言うので、今度のゴールデンウィークのどこかで写真を撮りに出掛けないかと申し出があった。

 学園の外で男の子と二人きりで会うのはどうしようかと逡巡する素振りをすると、話は結局お流れになってしまった。

 これは間違いのようで正解。

 彼は派手な女の子が好みの割に、身持ちの軽い対応をすればあまり好感度は上がらない。女神の情報なのでこれは確か。

 いずれもう一度誘われることがあるだろうから、そこで返事を返すつもりだった。


 委員長とはたまに教師から頼まれたプリント運びなどを手伝ってもらったり、逆に手伝ったりしている仲になっている。

 硬派な彼は女子に荷物を持たせるのを嫌がるが、「一緒に運んだ方が早いよ」と下心なしの好意を示せば素直に従った。裏表のない彼だから、裏のない誠意は喜ばれるのだ。

 彼の好感度の上昇は亀足並みだ。誠意を見せて、少しずつ仲良くなっていかなければならない。


 国語教師の諒一とも教師と生徒の一線はあるが、関係は概ね良好。時々、資料作成の手伝いをしたりするので可愛がられているとは思う。

 先日の鬼ごっこの一件で、ぽろりといらないことを口走ってしまったけれど、それは互いにスル―している。

 それが彼なりの優しさなのか、この身のスペックのおかげなのかは判別はつかない。

 だが、おそらく後者であることは間違いないだろう。この水野 愛梨という存在は、傍にいるだけで正常な判断を鈍らせる。人は愛梨を目の前にすると彼女がすべて正しいと思い込むようだ。女神からははっきりと言及されていないが、見当外れということもないだろう。現に初対面の相手であっても、微笑みひとつでこちらに好意を抱かせることができている。

 愛梨という肉体は、こちらに心を開かせ、少々の怪しい行動も都合良く好意へと変換させる効果がある。


 何とも便利な機能付きだと皮肉げに笑う。鏡に映る自分の顔はそれでも美しく愛らしく困ったように微笑んでいた。


 恭平との仲も、他の女子に比べれば雲泥の差。

 彼の方から声を掛けるのは、おそらく自分と彼の妹くらいではないだろうか。

 最近は二人になったときの距離が近いので、恥ずかしさで取り乱さないようにするのに苦労する。

 近いと言っても密着するわけではなく、人一人分の距離は取っているのだが、輝かんばかりの笑みを向けられるとさすがに照れる。あの顔と声はまさに自分のストライクゾーンど真ん中なのだ。照れるなと言う方が難しい。

 彼の妹の那智とも仲良くできているので、無理やりの好意を押し付けない限り彼の方から距離を取られることはないはずだ。


 妹の那智と言えば、海道兄弟と映画を見に行った日曜日のことだ。映画を見終わってから、劇場の外で彼女に鉢合わせてしまった。

 二つ括りのお下げが可愛い、自分のライバル的な存在。

 彼女は運命を引き込む才能があると思う。

 意識せず自分の起こすべきイベントにちょくちょく介入する彼女は、現に委員長に続き、双子の兄との接触が多く好感度を上げている。

 主となるイベント以外にも好感度を上げるイベントになりかねないことも起きているので、その運命の引きは才能と言っていいだろう。

 彼女の行動一つが女神の教えてくれたシナリオに大なり小なり響いていくのは、ハラハラもするが面白い。

 けれど、面白いからと傍観していると女神の気に入るシナリオに持ち込めない可能性も出てくる。

 危機感を持ち、那智の帰りの送迎を双子の弟に頼み、自分は兄と一緒に帰った。

 双子同時に帰っても良かったが、兄との仲を深めたかったし、それに自分だけ送ってもらうのは高飛車な女なようで気が乗らなかった。こんなところが女神から『もっとガツガツしようよ』と文句を言われる要因となっているのかもしれない。

 みんなから好かれるという設定は好きだが、本来の性格もあるのでこればっかりは目をつむってほしい。

 けれど目的の達成のためには、淡々とイベントをこなすより、女神の言うようにもう少しガツガツしなければいけないのかもしれない。

 弟の星太の好感度に変化がなかったので、一緒に帰らせても問題なかったのは良しとするべきか――。

 

 女神の情報では、元々那智は極度のブラコンで兄と一緒にいられればそれで良いという性格だったはずだ。諒一を除き他の異性には目もくれず、兄さえいればいいので友達も少ない。

 兄だけに盲目的に思慕を向け、肝心の兄からはそれをうとまれ、そしてうとまれていることに気付き悩みながらも自分に優しく接してくれる兄に依存して離れられない。兄は兄でそんな彼女から向けられる愛情に絡まれ、うとましく思いながらも心からの愛情に心地良さを覚えて身動きが取れない状態に陥っている。


 目に見えない歪んだ兄妹愛という糸にがんじがらめになった二人を優しく引き離すのが水野 愛梨の役割。本来であればそうだった。

 今回の彼女は違う。

 那智は兄との間に上手く距離を取っている。兄以外の異性とも普通に接することができていて、学園生活を共に過ごす仲の良い友達もいる。


 驚くべき変化だ。女神自身もこの大いなる変化には驚いているようだ。そのことに関して意見を求めると、戻ってきた答えは『分からない』だった。なにしろ前例のないことだ。どういうことかと尋ねると、どれほどの影響が出てくるのか分からないのが現状だと言われた。

 なんともあいまいな返しだ。

 アレは愛の女神と言うよりは悪魔に近い存在だと思う。彼女が望んだのは、必要な助言は行うが、あくまで見物席に座り続けること。

 よほどのことがない限り手出しはせず、見物するスタンスでいるつもりではあるらしい。

 なにせ気まぐれな女神だ。つい先日も委員長の行動を誘導したばかりだ。傍観の女神を気取りたいなら、余計なことはしないでほしいが、いらないお節介を焼きたがるのでどう出るか分からない。


 この世界は現実(リアル)。正しい選択が次に続く世界を紡いでいくリアルの世界。そして自分にとっては願いを叶えるためのゲームのステージ。


 (本当に厄介なゲームに参加させられたものね……)


 しかし虚構の身体であれど、那智は大切にしたいと思える友人だ。

 元の真性のブラコンのままだったら苦手としただろうが、現在の彼女には好感が持てる。今という時間を頑張って、兄との距離に悩みつつも前を向いている彼女の姿勢は目に輝いて見える。

 自分の力で運命を切り開く彼女を応援したい気持ちがあるのは事実。彼女の運命を捻じ曲げるつもりはないが、女神との約束もあるので、できれば彼女には介入して来ず傍観の立ち位置にいてほしい。

 

 介入者はむしろ自分だと思わないでもないが、女神が定めたのは自分が主人公の世界。


 女神は女神で目指す目標があり、自分には自分の叶えたい願いがある。


「私の目指すゲームの終わりは決して誰かが不幸になる結果にはならないから……どうか見ているだけで済ませてね」


 自分を見ている女神へ向けたものか、それとも攻略対象の一人の妹へ向けたものか、はたまた両者へ向けたものか、自分でもよく分からないセリフを吐く。


 今日は新入生歓迎会の肝試し大会。


 今は女神のくれたリアルの時間を精一杯楽しもう。特殊な状況ではあるが、女神がくれたこのリアルの生活は、毎日が充実していてとても楽しい。

 それだけで自分の願いの半分は叶ったようなものなのだが――


 気付けば、手の中にうす桃色の便箋が挟まっていた。中を開けば『楽しんでおいで』の文字。


「もちろん」


 散り散りに破った紙を宙に放って鏡に向かってにっこりと微笑むと、軽やかに制服のブレザーを羽織って家を出た。


 宙に舞った紙切れは、朝の日差しの中に透けて溶けて消えた。





少しだけ物語の核心に触れる部分が出てきました。


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